第9話 濁流

施設内 調査隊宿舎敷地及び幹線道路 10時

 勇仁はクァム国際空港近くのビーチの抗議活動の様子をSWで見ていた。現地の3SKディフェンスの社員に追跡を要請していた。集団が向かう際は連絡をもらう手筈だ。先日の行動と同じなら昼過ぎにこちらに来るはずだ。対応準備に取り掛かる。

 幹線道路と基地入り口の簡易ゲートにパトカーを2台、警察官4名を地元警察に要請した。基地内の道は、

 敷地フェンス・歩道(緑地帯)・2車線道路・歩道(緑地帯)・敷地フェンス

となっており、宿舎側の歩道と道路に三角コーンを置いて等間隔とうかんかくに誘導員を配置。準備も含めBS部隊に要請した。もちろん装備はなく作業着だ。サムソンから手持ち無沙汰ぶさただと指摘を受けたので誘導灯を用意した。

 

 勇仁は抗議集団とメディアを宿舎敷地内に誘導し、署名を集める予定だった。当然集めた署名は政府クライアントに提出し後日回答をもらう。これで活動が止まれば基地内にも迷惑を掛けずに済む。入り口を封鎖したり搬入予定の食料物資がはばまれる事は避けたかった。

 現場をサムソンに任せると自室に戻り調査隊の人員変更の件と合わせて浅沼に連絡取り説明した。

「人事異動って解釈なら問題ないだろう。現場判断を重視する。上司には段取り変更で上陸の順番が一部変わったと伝えておく。

 署名の方も問題ないだろう。お前の事だから回答も幾つか用意してあるんだろう?俺も優秀な上司の下で働きたいよ」

 

 突然ササエルが会話を割って入ってきた。

「非常事案が発生しました。レベル4以上になります」

 音声と共に“人払いをして下さい”と勇仁のSWにメッセージが表示された。

「かまわん。クライアントの担当者だ。島津隊長補佐にもチャットでつないでくれ」

“ホライゾンのCIC(戦闘指揮所)から参加します。進めて下さい”

 と忠美からメッセージが届いた。

「承知しました。衛星が北マリヤナ諸島ダイパン島沖合で不審船を3せき発見しました。2隻は地元の漁船と判明、もう1隻の船舶の照会結果、船舶名:HELL・SEA《ヘルシー》号。名義はアースアンバサダー(地球の大使)。実力行使抗議活動集団を名乗っており、世界市民連合を2か月前に脱退しています。代表は(自称)地球特命全権大使ノア・トゥーレソンです。船舶は今朝7時頃出港しており、現在の船脚ふなあし・航路より推測すると八岐島付近に15時頃接近するものと思われます。対応をお願いします」

「「「なにぃ!!!」」」

 勇仁と忠美のSWに3隻が並んでいる衛星写真とノア・トゥーレソン(男性)のプロフィールが表示された。勇仁は確認するとササエルに指示を伝える。

「衛星は3隻の追跡を継続、鮮明な視覚情報が欲しい。順位の低いタスクは後に回せ。アースアンバサダーとノア・トゥーレソンに対象捜索プログラム(あらゆる手段をこうじて最新の情報を集める追跡システム)を使って情報を可能な限り集めろ。

 最優先事項は3隻の乗船者全員の詳細と危険物所持の有無だ。収集情報は30分後に1度報告。

 それとギデオン部隊長にBS部隊員の採血を要請、マルチワクチンの在庫の確認、調査隊分とは別に30人分集めてくれ。ホライゾンの官給品変更の準備…の段取りだけしておいてくれ」

 勇仁は真剣な面持おももちでディスプレイ上の浅沼を見た。

「浅沼。状況によっては調査委託契約の特記事項とっきじこうを適用する事になる」

「特例(護身用)以外の武器の持ち込みか…上をどう納得せるか」

「「特約事項第5条の適用。八岐島に対する周辺諸国を含む外的脅威要因がいてききょういよういん及び安全管理の義務」」

 勇仁と忠美は同時に声を上げる。驚いた浅沼は慌てて契約書の写しを開いた。

「おう、これなら行けそうだな…俺もそう思ってたんだよ。一難去ってまた一難か、これから対応に追われるんだろ?立場上この位しか言えんが俺は大学からの親友を信頼している。連絡は何時でも取れる様にしておく。それと、自転車ありがとな。じゃぁな」

 浅沼と通信を終えると勇仁と忠美は今後の打ち合わせを行った。クリーンピースを追跡している社員から連絡が入っていた。同集団は滞在先に戻っているとの事だ。昨日と同様、昼食を済ましてからバスでこちらに来るだろう。

 勇仁は非常事案の対応、忠美は抗議活動の対応と役割分担する事にした。


施設内 調査隊宿舎 13時 

 俺達は午前中のメンバー(調査隊員)で昼食を済ました後、ミーティングルームに移動した。部屋には添田先生と姉ちゃんがワクチン投与の準備をしていた。姉ちゃんは何度かこちら側を向くが意味がわからない。島津隊長補佐がホワイトボードに前に立つと説明が始まった。

「これより諸君らには、マルチワクチンの接種と抗議活動の対応に当たってもらう。早朝説明した通り現在6台のバスで抗議集団がこちらに向かっている。対応の趣旨は署名活動により抗議を終結及び搬入物資妨害の阻止そしだ」

 ホワイトボードには宿舎施設の配置図が表示されていた。敷地入り口から大小の逆Uの字状の囲いと通路が書かれていた。外側は三角コーンで区切られた警備用、内側は二列のロープパーティションで区切られ抗議集団用と書いてある。折り返し地点に複数の記入用テーブルと回収BOXが配置されている。

「アルファ、ブラボーは外周のこの位置に展開、立ち位置にはチームのイニシャルと番号を振ってある。チャーリーは添田医師と共に簡易ゲート前で誘導と署名用紙の配布。デルタは署名の記入テーブルと署名回収ポイントで集団の対応。私は屋上で指揮と情報を収集する。

 ワクチン接種をする前に、突然だが隊員の配属変更を行う。理由は隊員の中から1名ワクチンテストにて拒否反応が出た。先日夕方判明した。ここにいたって不測の事態だが現状で最善の手段を模索した。チャーリー脇谷隊員前へ、星守研修医こちらへ」

 姉ちゃんの名前を聞いた瞬間、心臓の鼓動が早まった。俺の方を姉ちゃんと島津隊長補佐が曇った表情で見ている。俺はどんな表情をしているのかわからない。

「両名に移動を通達する。星守研修医は接種作業が完了後、堀石主任とホライゾンにて装備の確認。脇谷隊員は2人に同行、官給武器の使い方の説明を頼む。なお明日からは添田医師と共に業務に当たってくれ。

 星守研修医には調査作業に従事じゅうじしてもらう事になるが、経験が不足している。各隊員は十分に配慮するように、また隊員に同じ苗字がいるため以後ファーストネームで呼ぶようにする。陽子隊員並びに司隊員はワクチン接種後、ここに残る様に、以上」

 ワクチンは添田先生に打ってもらった。全員で片付けを済ませると3人が部屋に残った。

「司隊員、昨日隊長から連絡は?」

「いえ、特に何も」

 島津隊長補佐は少し間を開けて話だした。

「そうか、詳しくは今話せないが状況が二転三転している。隊長が説明すると言っていたが…いや、私の配慮が足りなかった。言い訳になるが状況を理解して欲しい。顔が少し赤いが大丈夫か?」

「大丈夫です。いきなりだったんで、ちょっとビックリしただけです。大丈夫です。配置につく前に顔を洗ってきます」

 取り繕うような言葉しか出なかった。

「あまり体調がすぐれない様なら後で医務室に行きなさい。それから陽子隊員、レクチャーが済んだら私に連絡するように、二人とも行きなさい」

 共同洗面所に行くと何度も顔を洗った。鏡を見ると耳も赤いので耳も濡らした。理由が分からないが何か釈然としない。一旦いったん忘れようと思い再度顔を洗って持ち場に向かった。


施設内 調査隊宿舎 14時

 勇仁はSWでホライゾン、キマイラ両艦長とギデオン達と打ち合わせをしていた。忠美からメッセージが届く。勇仁は確認すると小さく口を開けた。司に陽子の事を伝え忘れていたからだ。勇仁は取りあえず忘れる事にした。

 エイデンにはほどんど場合事後報告になる。エイデンが介入する時は適任者を送ってくるか事が進んだ後に連絡が入ってくる。なお拒否は絶対に出来ない。

 クァム島からダイパン島の距離はおよそ220km離れており会社の人間はいない。情報収集の第一報告の結果、2隻の漁船は地元の船だった。1隻は暁新聞の関連会社がチャーターしたもので八耳と以前ホテルにいた不審人物の乗船を確認した。もう1隻は持ち主から2日前に盗難届が出されておりダイパン島から北にあるオマエハン島手前で停泊、その後ヘルシー号と合流している。

 勇仁が危惧するのは盗まれた船が危険物を調達しアースアンバサダーに渡る事だ。八耳の乗る漁船は港に戻ってくる可能性が高い。港に戻ったところ身柄を押さえて情報を引き出したい。取り急ぎギデオンに調査隊用の武器をホライゾンに移動する手配と採血の状況を確認する。加えてヘリでBS部隊10名にダイパンに行って調査をするよう要請した。1日予備日を設けていたが状況によっては明日出発する事を艦長に伝えた。


 まもなく予想した時刻になる。

「只今、アースアンバサダーから犯行声明がオフィシャルサイトより出ました。

“島は自ら意志で独立した。島は何処にも属さない。我らの手で保護する。はばむものは実力を持って排除する”との事です。なお現在身代金の要求はなされていません」

 ササエルの一報の後、八岐島のもう一つの港、神湊港こうのみなと側沿岸から4隻のボートが八岐島に向かう衛星写真がSWに映し出された。1隻の漁船は他の2隻より離れた位置にいる。恐らく八耳が乗っている漁船だ。

 島に3海里(5.556km)以内近づいた船舶は特約事項第5条の対象になる。これはクライアントが災害時から周辺国に通知している。

「ササエル。団体のオフィシャルをパンクさせろ。一時的で構わない。通信事業者を特定しておいてくれ。

 聞いての通りアースアンバサダーが八岐島に上陸しました。特約事項第5条を適用します。キマイラ並びにホライゾン艦長・ギデオン部隊長、明日の日の出と共に出発します」


「星守隊長、自分・両艦長おれたちは特約事項の内容を知らない。BS部隊こちらも全力で対処したい。簡潔に説明を頼む」

 ギデオンが口を開くと両艦長もうなずくと勇仁に説明を促した。

「特約事項第5条は、八岐島に対する周辺諸国を含む外的脅威要因がいてききょういよういん及び安全管理の義務、と言う条文です。元々クライアントが島の危険性(放射線とマダニ)を周辺諸国に対して周知し立入を禁止するものでした。

 また今回の様なケース、島に対して不法上陸や海賊行為に対応する防衛隊マニュアルをクライアントが定めていました。それを我々が契約を機に継承したものです。適用は調査隊員のみです」

「上陸した連中の錬度は知らんが、武装した1個小隊(30名)規模なら厳しいぞ」

「もちろん、クライアントのトップに直接掛け合います。対策もその時に協議し詳細は追って連絡します。間もなく連絡が取れる時刻になるので、ここで打ち合わせを終わります。各々おのおのは出発準備をお願いします」


 勇仁は通信を切るとクライアントに状況を伝えた。

「ササエル、総合海上政策推進事務局の浅沼氏と本部長(島津官房長官)につないでくれ。どちらか一人でもいい話を進めたい。それと収集した事の経緯と映像、さっきの打ち合わせの議事録も二人に送ってくれ」

 勇仁はササエルに伝えると特約事項の条文を読み直した。浅沼から連絡がくると程なくして島津にも連絡がつながった。

「官房長官、お忙しいところ申し訳ありません」

「先ほど本会議が終わったところだ。資料には目を通した。それにしもて賊が上陸したとは…タイミングが良過ぎる、目的は何だと思う。君の意見を聞きたい」

「目的は島の不法占拠ふほうせんきょしくは身代金の要求と思われます。アースアンバサダー《だんたい》は世界市民連合から2か月程前に脱退しています。経緯は不明ですが脱退後、構成員の減少と活動拠点を失った様です。

 犯行声明の“島の保護”と言う言葉から推測すると後者(身代金)より前者(不法占拠)の方が目的だと判断します」


「なるほど…その狙いは?」

「活動拠点の確保した後、弱体化した組織規模の回復と拡大。団体の思想受け入れを条件に素性を問わず人を集めれば組織は拡大します。最終的には独立国を宣言すると私は考えます」

「して、有効手段は?」

「団体の速やかな排除。現状上陸していますが、部外者が島に3海里かいり(5.556km)以内の海域に侵入した場合同様、特約事項第5条に基づき島の安全確保のため武器を使用し排除します。しかし問題があります。

 上陸人数は確認中ですが、ヘルシー号の規模からすると30名前後が上陸すると思われます。武器の所持は確認していません。ですが団体は以前に天然資源採掘企業の子息誘拐未遂事件を起こしており、そのさい激しい銃撃戦がありました。上陸予測人数・団体の事前行動から現状調査隊の対応力では荷が重いと判断します」


「問題の解決策は?」

「その為に特記事項5条2項3号に記載されている“調査隊に付随する機能”の文言もんごんの解釈を拡大し契約者双方の一致を図りたいと考えています」

 流れる様なやり取りが一旦収まると浅沼が口を開いた。

「星守隊長、その…つまり?」

「同行している護衛艦も調査隊の機能に含むと解釈し、排除に加担する事です。幸い輸送艦と護衛艦は待機中、ジェットパックユニット(ジェットターボエンジンバックパック)の演習を予定しているため対応可能です。新たに上陸する人員のワクチンも手配済みです。差し迫った状況以外はクライアントの希望通り調査隊われわれで対応します」

「わかった。その案でいこう。今の議事録を私に送っておいてくれ。ところで島津隊長補佐の姿が見えないが?」

「はい、対メディア用に補足資料も追加してお二人にお送りします。島津隊長補佐は現在私の代理で別件を対処中です。お蔭で事態に冷静に対応できました」

 浅沼は二人と言う言葉を聞いてホッとした顔をした。

「そうか、それなら結構。他には?」

 島津は事情を知ると満足そうに頷いた。

「1日予備日をもうけてましたが、明朝出発します」

「わかった。では、健闘を祈る」

 勇仁は通信を終えるとキマイラとホライゾンの艦長、ギデオンにクライアントとの打ち合わせの議事録と補足を着けて送り、ギデオンにワクチンテストを要請した。送り終わると上陸の段取りと調査隊のスケジュールの見直作業に取り掛かった。

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