第8話 急流

ミーティングルーム 夕方

 勇仁は明日の抗議活動の対応準備をしていた。手の空いているメンバーが交代で手伝ってくれたので思ったより早く終わった。西日が差し込む部屋には勇仁と陽子だけだった。陽子はダンボールを持ったまま勇仁の横に立った。

「勇仁さん…」

「遅くまですまなかったな。おかげで助かったよ。もう後は1人で充分だ。早く医務室に戻りなさい。先生にも宜しく伝えておいてくれ」

 勇仁は陽子の話をさえぎり持っていた段ボールを受け取ると下に置いた。陽子を入り口の方にうながした。陽子は口を開きかけたが勇仁は首を横に振った。

「もう充分だ。早く医務室へ行きなさい」

「うん、わかった…無理しないでね」

「勇仁っ」

 少し声が裏返った声とともにドアが勢いよく開く。カルテのコピーを持ったハンナが慌てて入ってきた。

「検査結果だが、調査隊員から拒否反応が出た。例のマダニに引っかかった」

 コピーを勇仁に渡す。勇仁は内容を確認すると一瞬顎の付け根が盛り上がった。

「急いで知らせてくれてありがとう。ハンナ、方針が決まったらメッセージで連絡する。さぁ二人とも勤務時間外だ。ご苦労様」

 二人に礼を述べて別れたあと忠美にSWで連絡した。急いで残りの資材を片付け自室に戻ると隊全員のカルテのコピーを見直すとBS部隊と交代予定の次の調査メンバーのスケジュールを確認した。スケジュールはササエルで管理されているので全員埋まっている。

-ギデオンに頼むか?同じシステムで管理しているので結果は同じだろう。出来たとしてもメンバーの差し替え申請を浅沼にも頼まないといけない。父さんと母さんとの約束が頭をよぎる。もっと早くにワクチン検査が出来れば…-

 考えても仕方なかった。

 

 勇仁はSWでメッセージを送った後もカルテを暫く眺めていた。暫くするとノックの音が聞こえる。SW越しに忠美の声が聞こえると部屋に入ってきた。

「隊長、隊員の補充ほじゅうは…」

「先ほど要請した。程なくここに来る。物事ってのは上手くいかないもんだな」

 程なくしてノックの音が聞こえた。忠美がドアを開けると陽子が立っていた。陽子を椅子に座らせると勇仁は淡々と状況を説明した。

「先ほどメッセージを送った通り、調査隊の衛生隊員。チャーリーの脇谷わきや隊員と星守研修医のポジションを変更したい。

 君は研修医だがヒューナレッジ総合病院の特別プログラム制度の公募選出で調査に参加している。期間は研修通常ローテートで残り約3週間、状況に応じて延長されるが私は今のところ考えていない。医療従事者は拠点の安全を確保したエリアで勤務予定だが了承すると調査隊員同様エリア外で作業をしてもらう事になる。

 変更予定のチャーリーの隊員は全員日本人。もちろんチーム全体でサポートする。また進捗状況を踏まえてチャーリー・デルタ間で再編成を考えている。

 期間は必ず守るが現段階で交代要員の目途めどは立っていない。私の都合を君に押し付けているのは充分に理解している。そして君には当然断る権利がある。以上だ。何か質問は?」

 陽子はまっすぐ勇仁の顔を見ながら話を聞いていた。忠美の方を少し見ると丁寧ていねいな口調で言葉を選ぶように話し出した。

「星守隊長。少し私の話を聞いてもらえますか?私と弟は八岐島災害で父と母と離れれなりました。未だに行方不明扱いです。私と弟が今いるのは祖父母そふぼ叔父おじのおかげです。

 被災当時の私達は何もわからず無茶を言って祖父母と叔父にはすごく迷惑を掛けたと思います。叔父が祖父母を説得して弟と私に約束してくれた時の事は今でもハッキリと覚えています。そのあと弟が大きくなってから一度揉めましたけど…それも私達を気遣っての事だと理解しています。

 両親の事は心の中で整理を着けています。でもどんな形になっても会いたい気持ちは今も変わりません。弟とは最近話しをしてないですけど同じ気持ちだと思います。 

 ただ物事が分かる歳になるにつれて私達との約束が叔父の重荷おもにになっている様な気がしてなりませんでした。そんななか職場のある先輩から偶然叔父の昔話を聞きました。私達の為に無茶をして欲しくないと思いました。ですが今、弟と私がこの場にいるは叔父のおかげです。ずっと叔父の助けになる事があれば答えたいと思っていました。

 話が長くなりましたが変更の件、了承りょうしょうしました」

 陽子は少し視線を下げ話していたが、思いを伝えると前を向いた。


「ありがとう…星守隊員と添田医師には私の方から伝える。正式な交代は明日みょうにちミーティングルームにてマルチワクチン接種後に通達。以降は島津隊長補佐の指示に従ってくれ」

 話が終わると忠美はドアを開け陽子は部屋を出て行った。

「チャーリーの浜田はまだ小隊長と脇谷わきや君には私の方から、今全員宿舎に居るのでチーム全員に説明してきます」

「すまない。頼む」

 勇仁は短く答えると忠美にカルテを渡した。忠美が部屋を出たあと椅子に座ると人差し指で下まぶたをぬぐった。ハンナにはすぐにメッセージを送ったが司に送る文章が思い浮かばなかった。


3日目、施設内 調査隊宿舎 朝6時30分

 ササエルの振動アラームで目が覚めた。スケジュールを確認すると身支度を済ませ顔を洗いに行った。みんな支度が終わると施設の外に集まった。集合場所にはマイクロバスが一台止まっていた。

 その手前に島津隊長補佐と尚美がゴミ袋を持って待っていた。各チーム整列するとラジオ体操が始まった。英語バージョンだが初めてラジオ体操をやる隊員はぎこちなく対面した島津隊長補佐のマネをしていた。

 ラジオ体操が終わると一か所に集まる。小隊長にゴミ袋が配られた。

「諸君らはこれから各チーム別に幹線道路のゴミ拾いをしてもらう。範囲はササエルが教える。時間は40分だ。始め」

 

 クァム島は地図で見ると瓢箪ひょうたんの様な少しいびつ落花生らっかせいの殻の様な形をしている。殻のくびれの下側部分が三角状に突き出していて北側一辺がえぐられて入り江になっている。その三角部分に合衆国軍基地が集中し、入り江は港になっている。俺達の泊まっている宿舎は基地区画の一番手前側だ。

 幹線道路に出る。広いスペースを確保した両サイドには様々さまざまな街路樹が植えてある。100m程歩くとゴミが結構落ちている。落ちていた帽子を拾った。

「昨日なんかイベントでもあったんですか?」

「いや、昨日八岐島調査に対する抗議活動があってな。今日も恐らく…その帽子は私が預かっておこう」

 ゴミを拾い終わると朝集合した場所に戻った。

「全員ご苦労だった。これより本日のスケジュールを通達する。この後全員で食堂に向かう。朝食後その足でホライゾンに乗船、装備品の模擬演習を行う。

 先ほど一部の物には説明したが、先日我々に対して抗議が行われた。午後はこれの対応にあたる予定だ。詳細は追って指示する。以上」

 朝食を済ませるとマイクロバスで港に向かう。入り江が見えてくると灰色の巨大な壁の様な船体が幾つも見えてくる。思わず胸が高鳴った。


北マリヤナ諸島 ダイパン島 ダイパン空港 朝6時過ぎ

 八耳文雄やつみみふみおはダイパン空港のロビーにいた。

「お待たせ、遅くなってごめん」

始金井しがないちゃん、撮影機材大丈夫だった?冷や冷やしちゃったよ」

 八耳が話しかけた男は以前、勇仁にアポなし取材をした時にいた不審人物だ。

「問題なし、流石にちょっとあせったけどね」

「始金井ちゃん、抜き打ち検査に引っかかるなんて強運ってるね~。いい絵撮れるよ。きっと。うし、それじゃあ行きますか」

 二人を乗せたタクシーは港の方へ走り去った。


基地内 多目的輸送艦ホライゾン 8時過ぎ

 乗船すると艦長と副長が挨拶をした。副長の案内で船首のキャビンに向かう。船内は想像いてた以上に狭くごちゃごちゃしている。はぐれれたら絶対に迷子になると思った。ロッカーが並んでいる部屋に案内されると官給品の確認を行った。

 島津隊長補佐のSWが鳴った。メッセージ内容を確認すると慌てた様子で尚美に耳打ちをして出て行った。武器以外の装備を着用しアルマジロを被り顎紐を閉めるダイヤルを回す。頭に張り付くようにフィットした。想像していたよりずっと軽い。辺りを見渡すとカドリと目が合った。見た目が虫っぽい。カドリはバッタの様なマネをするとエアクォーツ(ゼスチャー)をした。


 尚美は全員装着するのを確認するとレクチャーを始めた。

「アルマジロはSWを使用するのと同様、基本は会話形式で行います。顎紐にマイクが付いているのでかなり小声でも通じます。みなさん小声でゴーグルとつぶやいて下さい。ここを押せば手動でもできます」

 感動して思わず声が出た。他の隊員からも聞こえた。

「それではこれから2班に分かれてテスト用の疑似データを使って内蔵装備(暗視、サーマルなど)の説明をしながらウェルドックに向かってもらいます。

 なお、ゴーグル内の表示はアイトラッキング(瞳孔どうこう検知システム)で個人のくせに合わせて調整されます。それではアルファ、ブラボーのみなさんウェルドックへ指示に従って向かって下さい。副長、最後尾をお願いします」

 ふと小学校の遠足の事を思い出した。尚美の口調と声色のせいだろうか。程なくして俺達もスタートした。FPSゲームの画面の様に左下に艦内マップが表示されてルートを指し示す。途中部屋に入ると部屋の電気が消えた。ライト・暗視・サーマル・光学補正の順に切り替わる。尚美が小声で説明らしいが普通に聞こえる。機能の説明が終わるとウェルドックに到着した。


 少し海水の匂いが残るウェルドックには大きなホバークラフトがあり昨日見たスパイダーのコンテナが3つ、他にも荷物が乗せてあった。Dと印が付いているコンテナとフォークリフトが手前に置いてある。全員集まるとコンテナの側面が開いた。Dコンテナには建築用3Dプリンタを搭載したスパイダーが入っていた。搭載ユニット脱着の作業が終わると装備をロッカーに戻した。尚美は時間を確認すると喋り始めた。

「ここまでで何かご質問はありますか?」

「尚美、アルマジロについてなんだが、装着時に濡れたり水の中に入ったらどうなる?」

 ジョンが手を上げながら質問すると、尚美は思い出した様に手を叩いた。

「忘れてました。丸洗いできます。水深10mはテストで実証済みです。自身の実践を想定した着用テストで1日海に入って色々と試しましたが不具合は起きませんでした。但し防水素材の経年劣化は起こるので半年に一度点検を予定しています。

 それから着用入水中、泳ぐ事が困難な場合ヘルメット内の新素材が膨張ぼうちょうし浮く様になっています。他にご質問が無ければ終わりにしたいと思います。島津隊長補佐からは何かありますか?」

 いつの間にか島津隊長補佐は合流していた。副長に挨拶を済ませるとマイクロバスで宿舎に戻った。

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