第7話 交流

 2日目、クァム時間7時。ホライゾン並びにキマイラ入港。

勇仁・忠美と数人で停泊中のホライゾンに乗り込む。装備品の確認と予備品を受け取るためだ。

 多目的輸送艦ホライゾン:上甲板じょうかんぱんはVTOL機用(垂直離着陸機すいちょくりちゃくりくき)の飛行甲板、ウェルドック(開閉式格納庫)を船尾に設置。キャビン(船室)は船首から順に居住区画、車両・装備品の搭載区画などが設けられている。兵装はなく。CIC(戦闘指揮所)を島内拠点ができるまで調査指揮所として使用する。

 ブリッジで艦長に挨拶を済ませると忠美と数名は確認作業に入る。勇仁は下船するとギデオンと打ち合わせをするためキマイラのブリッジに向かった。


 施設内、調査隊宿舎。

 朝早くに目が覚めた。カーテンの隙間から薄暗いが光が漏れている。もうすぐ日の出の時間だ。パーティションの外から誰かの寝息が聞こえる。もう一度寝ようと目を閉じたが寝れそうにない。SWに目をやるとスケジュール更新通知が来ていた。確認する前に昨日食堂を出る際に支給された作業服とブーツに着替える。パーティションの外からカーテンを開ける音が聞こえたので覗いてみた。

「おっ、司か。おはよう。よく眠れたか?」

「うん、おはよう。ジョンは?」

「時差の事考えて睡眠薬飲んで寝て正解だったよ」

 ジョンはニヤっと笑うとサムズアップ(Goodポーズ)をした。次いでルーカスも起きてきた。

「ジョン、余分があったら俺にくれないか?」

「あぁ多めに持ってきてるからいいぞ。ほれ。後はカドリか、まっもう起こすか」

 カドリを起こしたあと共同洗面所で顔を洗った。


 今日のスケジュールは健康診断からだ。指定された部屋に行くと白衣姿の姉ちゃんが採血を採っていた。自分の順番が回ってくるとボソっとおはようと言ってきた。採血が終わると食堂にいって朝食を済ませた。後は日帰りの人間ドックと同じ様な内容だ。最後に問診を受ける為、問診室の入り口で待っていると自分の名前が呼ばれたので中に入った。中性的な顔立ちの医者が座っていた。

聴診ちょうしんするから上脱いで、じゃあ今度は後ろ向いて…おっ?ちょっと両腕上げてみて、いい広背筋こうはいきんしてるね」

 冷たいダイアフラム(振動板)が背中に当たった後、広背筋を押された。

「はい、じゃあ口あ~んして。フムフム…あっ」

 口を開けたまま視線を下すと医者と目があった。口を閉じたあと先生は真剣な顔をしてこちらを見た。

「君は…霊感と言うかスピリチュアル的な事って信じる?す~なんて言えばいいのか、こう~ふとした時に色々な物が見える体質なんだよね。僕って」

 先生はそう言うと遠くを見るように薄目にすると俺の顔をみた。

「君の後ろに年配の男女が見える。それから中年の男性…それと若い女性も見える。後は犬かな?猫かな?みんな顔立ちが似てるような…ご家族かな?」

 突然言われたのでドキっとした。さらに先生は肩を小刻み震わせながら言った。

「みんな君を見守っているよ。特に若い女性の方はね。彼女に日ごろの感謝の気持ちを物で伝えるといいよ…ぷっ」

「ぷっ?」

 続きが気になった俺は聞き返すと先生はさらに肩の揺れがひどくなった。

「ぷわっははっ、ごめんごめん。霊感なんて嘘だよ。冗談冗談。君のお姉さん陽子の同僚だよ。勇仁と陽子から君の事は聞いてたんだけど普通に挨拶するのも面白くないかなって、つい。添田そえだハンナだ。よろしく司君」

 ハンナはデカい声で笑いながら言った。隣の診察室で物が落ちる音が聞こえた。


 昼食をすませるとハンガーで調査隊A~Dチームで集まり打ち合わせが行われた。ハンガーに入ると中央にホークリフトとスクリーンが付いたデカいコンテナが目に入る。その手前に人数分のサイドテーブル付のパイプ椅子いすが置かれていた。チームに別に椅子に座って待っていると島津隊長補佐と装備部の人が入ってきた。

「挨拶は先日済ませたが改めて自己紹介をしよう。この調査隊の補佐を担当している。島津 忠美だ」

堀石ほりいし 尚美なおみです。ヒューナレッジインダストリー・メカトロニクス事業部で主任を務めています。今回は調査隊の装備部に出向しゅっこうと言う形で皆さんお手伝いをさせていただきます。宜しくお願いします」

「ジーザス」

 尚美の挨拶がわると誰かが茶化す様に言った。俺もすぐに理解できた。ネイティブだとホーリーシットに聞こえると思った。突然、島津隊長補佐の顔色が変わるとこちら側に向かってくる。サムエル プリンスの前に立った。

「全員起立!貴様、誰が喋っていいと言った。貴様は私の上官か?人の苗字に対して失礼とは思わんか。貴様名前は?」

「サムエル プリンスです」

「プリンス兄弟の身内が来るとは聞いていたが貴様か?あの兄弟には色々と因縁せわになっているからな。貴様には調査期間内にいいニックネームを考えてやろう」

 島津隊長補佐はそう言うとチャーリーチームの方を指した。

「そこ。なぜ立たされているか理解できるか?」

「理解できません!」

「諸君らは一人の身勝手な行動が原因で全員が被害を被っている状態だ。状況が状況なら死んでいるとは思わんか?諸君らそう思わんか?」

「思います!」×人数分

「だそうだ。サムエル。今後この様な事がないように肝に銘じておけ。それから全員彼女の事は親しみを込めてファーストネームで呼べ。わかった物から座ってよし!」

 島津隊長補佐は元の位置に戻ると尚美に対しうなずいた。尚美はコンテナに近づき側面に着いているパネルを操作した。


「今回の調査においてみなさんをサポートする機材と装備をご紹介します。説明するよりご覧頂いた方が早いでしょう」

 コンテナが開き中から巨大な蜘蛛が出てきた。周りから驚く声が聞こえる。尚美の所まで歩いてくるとお辞儀をした。尚美の身長より大きい。

「これが各チームに配備されるサポートユニット、スパイダーです。災害現場や人の立ち入りにくい場所を想定して設計されており、基本操作はササエルが実行しますが、細かな判断は私と島津隊長補佐が決定を行います。スペックは、

 通常の可視光は勿論もちろんのこと第4世代暗視システムとサーマル・デジタルカメラを搭載、各所にレーダーも内蔵されています。これらを合わせて平面・立体的な地図を作成できます。取得した情報を各SWとのリンクも可能です。

 頭胸部とうきょうぶ付属肢ふぞくし…簡単に言うと目玉の前の腕ですね。ロボットアームが4本ついており、今回はそのうちの2本を火器専用として、フルオートショットガン・SG-12にゴム弾を持たせます。頭胸部とうきょうぶ下部にウィンチが付いており、ゆるやかな傾斜けいしゃを登れます。

 腹部ふくぶの歩行部前後の脚部にはサスペンション内蔵のホールインモーターの車輪を搭載。比較的平坦な地面は車輪で走行。悪路では足で歩行します。

 骨格は特殊軽量合金を採用し外装表面は複合FRP(繊維強化プラスチック)に強化保護塗料で仕上げてあります。素材テスト上ですが現行普及しているライフル弾には耐えました。そして最大の特徴は、腹部(一番後ろのお尻の部分)の一部が脱着可能になっており、用途に応じて装備の変更が可能です。なお装備は現在開発中ですが今回はケーブルリールと建築用3Dプリンタを搭載します。

 明日演習を予定していますので実際に体験した方が理解が深まると思います。簡単な説明ですが以上になります。何か質問はありますか?」

 尚美は話終わると一同を見まわした。


「デルタのジョン マクレガーだ。スパイダーは今回が初投入ですか?」

「いえ、第4次調査後半から1機試験的に運用しています。詳細は後ほど島津隊長補佐からご説明があると思います。他には?」

「はい、同じくデルタの司 星守です。人がスパイダーに乗っても問題ありませんか?それからジャンプしたりできますか?」

 説明しているなか頭に思い浮かんだ事を伝えた。

「100㎏位なら問題ありませんが、固定器具がないので乗っても落ちる可能性があります。ジャンプは残念ながらできません。

 他には質問ありますか?無い様でしたらスパイダーの説明を終わりにします」


「ありがとう尚美君。次に各隊員に官給される装備だが、現地は日本の領土だ。政府クライアントの協議の結果、武器はM890 MCS(ショットガン)にゴム弾、麻酔銃。特例としてM19拳銃。それ以外いつも通りだ(アメルカ陸軍同等の装備)。但し今回は新しいコンバットヘルメットを官給かんきゅうする。詳しい説明は尚美君から…簡潔に頼む」

 スパイダーがヘルメットをかざすと尚美に渡した。


「各隊員に使用していただくコンバットヘルメットはMR(複合現実)ヘッドセットとの一体型になります。通称アルマジロです。アルマジロの甲羅が状況に応じて伸縮しんしゅくする様に頭頂部とうちょうぶから耳介じかい(耳の外に出ている部分)を個人の頭にフィットするよう設計しています。細かなフィット感も顎紐あごひものダイアルで調整できます。これは新技術素材の採用と空気圧によって実現しました」

 尚美はSWの個人チップを外すとのアルマジロの後ろの内側にセットした。アルマジロを被り顎紐を付けダイアルを回す。アルマジロは尚美の頭を包み込むように縮まった。

「さらに従来個別に着用していた追加装備を全て標準装備。MRゴーグルは前頭部ぜんとうぶに収納可能なスライド式になっています。ササエルの情報はゴーグルに表示され先ほどご説明したスパイダーとリンクしているので、取得した情報を共有し状況に応じて着用者にストレスなく表示します。

 そして一番のポイントは着用者のストレス軽減です。着け心地、首・肩の痛みの軽減、通気性、耳介の圧迫軽減、それから…」

「尚美君、その辺で、後は着用時に説明しよう」

「はぃ」

 尚美の表情はゴーグルで見えないが残念そうな声色だった。

「説明は以上、なお装備品はホライゾンにて保管中、明日艦内にてアルマジロとスパイダーの模擬演習を行う。これより10分の休憩後、調査の概要を説明する」

 スパイダーはアルマジロを受け取るとこちらにお辞儀をした。コンテナの所定の位置に戻ると尚美がパネルを操作する。コンテナが元の状態に戻った。


 同日、14時過ぎ。勇仁は宿舎施設内の敷地に接する幹線道路の定点カメラをSWで見ていた。さらに敷地を巡回するドローンの映像をチェックする。クリーンピースの抗議デモの様子が映し出されていた。規模は300人程、集団の先頭は横断幕を掲げて行進している。横断幕には“八岐島の調査を中止せよ!独立した島は地球のものだ”と書かれている。メディアの姿も確認できる。

「ササエル。クァム内でのデモ活動報告は?」

「現在、確認出来ている抗議活動は1件のみです。なお9時頃クァム国際空港近くのビーチでも同集団の活動が行われたようです。明日の食料物資の搬入に影響が及ぶ可能性があります」

「ササエル。調査隊の明日のスケジュールを一部変更。ギデオン部隊長に人員30名を要請。調査隊の手の空いている人をミーティングルームに集めてくれ。俺は資材を集めてくる」

 勇仁はSWを閉じると施設の倉庫に向かった。


 医務室

 昼食を済ませた陽子とハンナは医務室のバックヤードで健康診断のカルテをまとめていた。ハンナはカルテを見ながらニヤニヤしている。気になった陽子はカルテを覗くと司のカルテだった。

「あ~先輩酷いじゃないですか。隣の診察室まで聞こえましたよ。しかも私の時と全く同じじゃないですか」

「ぶっ、わっははっ、するつもりはなかったんだけど、司君の顔見たら、つい。しかも兄弟そろって同じリアクションだったんだもん。あ~お腹痛い」

 ハンナはお腹を押さえながら涙をぬぐった。陽子の少し赤らめた顔をみるとさらに大声で笑った。陽子は耳まで赤くなった。

「ごめんごめん。もうしないから、今度埋め合わせするから機嫌直してくれよ。ところで今回のマルチワクチンこっちに届いてる?」

「はい、ここに」

「私はカルテ纏め終わったから、先に採血のアレルギーテストやっておくよ」

「すみません。もう少しで終わるのですぐに手伝います」

 ハンナのSWが鳴りメッセージが表示された。“星守隊長からのメッセージ:仕事が片付いた方はミーティングルームに集まって下さい”

「なんだろうね。急用かな。陽子君カルテ纏め終わったらミーティングルームへ行ってみてくれる?ワクチンを採血検査機にけるだけだし私がやっておくよ。機械に掛けたらすぐに向かう」

 陽子はカルテを纏め終わるとミーティングルームへ向かった。


 ハンガー内

 休憩後コンテナ側部のスクリーンを使って概要が説明された。現在の八岐島の地図が表示されると島津隊長補佐が説明を始めた。

「八岐島は現在80~100m程海抜が上昇。比較的穏やかな海岸になっている八岐港側からLCAC-2《読:エルキャクツー》(ホバークラフト)で上陸。

 アルファは上陸後先行してスパイダーに搭載とうさいしたインフラケーブルリール(電気・通信線をまとめた直径1円玉位のケーブル)を敷設ふせつ。同時にマダニの駆除剤を散布。先行投入したスパイダーが除染した道路を進み八岐島空港を目指す。

 スパイダーの搭載容量に限界があるためブラボーとチャーリーのスパイダーでケーブルリールをリレーする形になる。なお両チームは進行時道路の補修箇所、目視範囲内の行方不明者の状況を把握。

 空港に到着後、アルファ・ブラボーは周辺現状を把握はあく及び調査を開始。チャーリーは上陸地点に戻りスパイダーの装備を建築3Dプリンタユニットに換装かんそう後、道路の補修を開始。空港の確保が完了次第。滑走路の補修箇所の洗い出し。

 デルタは上陸地点で持ち込み資材の荷卸におろし。同時に建築3Dプリンタユニットで指定したポイントに拠点を設営。そのご簡易ヘリポートの設営作業に取り掛かる。拠点完成後ヘリにて小型モジュール原子炉を拠点に設置。

 ここまで上陸後3日間の予定だ。とにかく空港の確保と拠点が最優先。順次遂行後、次の目標地点の八岐島発電所へ向かう。

 

 除染したルートは白いマダニの駆除剤くじょざいかれている。上陸前にマルチワクチンを打つがルートから絶対に外れるな。無人調査では犬・猫・イタチ・野鳥の野生生物が確認されている。それから空港の管制搭は渡り鳥が多数確認されているため衛生面の考慮により調査は後回しにする。

 最後に…これは立入禁止になる前に避難活動をした際の記録だが、救助者の数名が不審生物の証言をしている。証言内容は食い違うものの人間に酷似した生物の目撃情報だ。無人調査ではその様なものは当然確認されていない。

災害時の人間性、極度の危機的状況下でのモラルの崩壊。それらが生み出した心の傷だと私は推測すいそくする。

 兎も角、ようやく足を踏み入れる事が出来るようになった。被災者、政府クライアント、島に関わっている全ての人の代表だと思って調査にあたって欲しい。以上だ」

 島津隊長補佐と一瞬目が合った気がした。自分の鼻息が大きい事に気が付いた。頭が脈打ち首と肩の付け根が少し痛い。手の平も少し汗ばんでいる。ひょっとして説明中こんな状態だったのかと思い緊張をほぐす様に深呼吸をした。


 医務室、夕方。

 ハンナは一人で医務室に戻ってきた。検査機の結果を確認する為だ。結果を

カルテに纏めていると作業が止まった。勇仁に連絡しようと思ったが、先にカルテを纏めた方がいいと判断して急いで作業を終わらせた。

 そして急いでミーティングルームに向かった。

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