剣喰らいの邪剣使い

セントホワイト

剣喰らいの邪剣使い

 戦場でそれを見たとある男は後に語った。

 兵士として幾つもの戦闘を経て、部下たちを纏めるにまで至った男は隊長として昇格し戦争に参加することになった。


魔技皇国マギスフィアの兵士たちに負けるなっ! 奴らに我らの大地を絶対に踏ませるなよっ!」


 目の前から津波のようにやってくる魔剣によって支配された皇国の兵士たちの剣を受け止め、斬り返しては戦線を押し返すため突き進む。

 返り血を浴びながら、同じく部下たちもまた敵国の兵士を斬り殺しながら付いてくるのを確かに背に感じながら前進する。

 向かってくる敵兵は手練れもいれば新参者も混在し襲いかかってくるが、その誰もが皇国特有の武装で一糸乱れず強制的に戦えている。


「聖教国の兵士がっ、我々に刃を向けるかっ! 貴様らなど本に読み耽っていれば良かったのだ! 聖剣に惑わされた愚か者どもが!」

「それはこちらのセリフだ! 皇国の兵めっ! 貴様らこそ魔剣などに誑かされた愚か者だろうが!」


 剣と剣がぶつかり合う。主張と主張がぶつかり合う。鎧と鎧がぶつかり合う。

 顔の細部まで分かるほどに肉薄し、鬼気迫る表情で剣を叩きつけるのはこちらも同じだ。

 一歩とて退く訳にはいかない。戦場のあちこちで仲間たちが戦っている。

 そして何よりも、最前線にして戦場の中央では我らが御旗にして聖剣の主、【戦機卿】という戦場の最大戦力である聖女が戦っているのだから。


「はぁああああああ!」

「ハァアアアアアア!」


 二つの女性の裂帛の気合が入った剣は、まさに世界を別けるに足る一撃が戦場にぶつかり合う前兆だった。

 白き閃光と黒き閃光が戦場の中央で壁のように攻めぎ合い、対等の力は螺旋となって上空へと逃げていく。

 その凄まじい戦いは戦場の何処を見渡しても最も苛烈にして神聖。世界の命運を左右する決戦場だ。

 常人が立ち入るのは不可能なのは敵国の兵でも同じだ。彼らもまた魔剣の主である戦いを補佐することも出来ない。

 世界に唯一無二の聖剣と魔剣。国家を支配し世界を導く一振り。神と悪魔が作り上げたと言われる古からの武器。

 この剣に認められた者こそが聖女を名乗り、また魔女を名乗ることが許される。


「ファング……ファタリアぁあああ!」

「フォワ、クレイラぁあああ!」


 互いの名を叫びながら打ち鳴らされる剣戟音は一手違えばどちらかが死する舞踊にも見えるほど激しく、そしてどこか神々しい。

 聖戦として国を出て、聖女に付き従って戦場に来た、自身を含めた全兵士が誇りに思うほどの戦い振りに鼓舞されて握る剣に力が入る。

 所詮、自分たちが持つのは鍛冶屋で作られた鋳造品。伝説の武器である聖剣や魔剣には到底及ぶことはない。

 しかし彼女たちに及ぶことはないとしても、例え間接的であっても彼女たちの力になることは出来ると思って剣を握り締めた。


 戦場に、ひとつの流星が落ちるまでは。


 白とも黒とも言えない奇妙な玉虫色の線を空に描き、それは戦場にいた兵士たちを肉塊に変えて落下した。

 爆風とも言える余波が中心地にて巻き起こり、兵士たちが持っていた剣や槍などが周囲に飛んで被害を加速させてしまう。

 聖女たちから離れていた男たちの隊にまで被害は拡大。敵国の兵の上半身が何処かへ消えてしまい、男もまた剣を握っていた利き腕が切断される重症を負った。


「ぐっ! うっぐぅぅうう……っ!」


 痛みは唐突に、あとから追いかけてやってくる。

 戦場で無数の傷をつくりながらも致命傷を避けられ続けた幸運は、部下たちを犠牲にしながらも男を戦場に残すだけの余力は未だにあったらしい。

 奪われた腕を押さえながら何が起きたのかを確認するために、そして爆心地の中央である聖女が無事かを確認するため顔を向けた。


 そしてそこに、ひとりの禍々しい剣を持つ少女を視る。


 少女が持つ剣から伸びた触手が戦場に落ちた剣を貪っては「美味い美味い」と喜びながら、その凶悪な刃を光らせる。


「邪剣使い……」

「ゼット、さん……」


 魔女と聖女は剣を下ろすことなく、油断なく視線を戦場に現れた少女を見遣る。

 無言で戦場に降り立った少女は、その失われた片方の眼窩に黎い炎を灯して二人を見返す。

 性能だけを求めたチグハグの防具は少女が何処にも属さない流浪の剣士であることを示し、また戦場に立つ者がその少女の悪名を知らないはずもない。

 聖剣と魔剣に並び立つ、例外の剣士。

 邪剣の担い手にして混沌の戦場を生み出す者。

 あらゆる武器を邪剣に喰らわせて己の武器である邪剣を育てる者。


 邪剣使い、ゼット。


 その少女が望むのは聖剣と魔剣。

 そのどちらもであり、そしてその先に待っている混沌の世であろう。

 夢にまで見る少女の悍しき姿に、ベッドで震えながら男はそう語ったのだ。

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