正しい春分の日の過ごし方

改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 )

土星の超巨大墓苑の大型露天駐船場にて

「よ。この辺の位置かな。サッキー、そっちはどう? 隣の宇宙船にぶつからないよな」


「大丈夫だと思う。そのまま垂直に下りて」


「んー。難しいな。よーし、よし。こうだな。うまくいった。はい、着陸完了」


「もう。オート駐船機能を付けてよ。今時、手動で駐船してるの、ウチだけよ」


「そうだな。買うか。それにしても、やっぱりお彼岸だなあ。すごい混んでるなあ」


「土星の墓地に太陽系中からお墓参りに来るんでしょ。そりゃ、混むわよ」


「まあ、確かになあ。俺たち兎はお墓も小さいからいいけど、牛さんとか、寅さんとか、馬さんは、お墓のサイズが大きいから、掃除するのも大変だよなあ」


「何言ってるの。それぞれの体の大きさに合わせたサイズなんだから、みんな同じよ。そんな事より、早く準備してよ。まず、ウッキーはユウナとマイメとピーターを起こして」


「うん。サッキーは?」


「私は地球のおじいちゃんの所に行ったハルカとウサジとバグスの方に量子電話してみる。おじいちゃんと一緒にちゃんとお墓参りに行ってるか確かめないと」


「大丈夫だって。おーい、ユウナ、マイメ、起きろ。着いたぞお。ピーターも。お墓参りにいくぞお」


「――あ、もしもし、ハルカ? ママだけど……ちょっ……何で切るのよ。何かあるわね」


「電波が悪いだけだろ。この時期は太陽風が火星の横を通るから。よし、起きたな。ユウナ、マイメ、墓参りに行くぞ。ピーター、窓を開けるな。ここは露駐だから外は真空だ。死ぬぞ」


「――もしもし。ウサジ、ママよ。今どこなの」


「はい。ちゃんと宇宙服に着替えたかなあ。ユウナ、マイメのヘルメットが後ろ前だ。前が見えなくて、さっきから壁にぶつかってるだろ。お姉ちゃんなんだから、ちゃんと着替えを手伝ってあげなさい。ピーター、浮き輪なんてしなくていいんだ。お墓は遊ぶ場所じゃない」


「――はあ? なんでそんな所にいるのよ。鳥取砂丘はウチのお墓とは逆方向でしょ。ちょっと、おじいちゃんと替わって!」


「よし。全員、ちゃんと宇宙服を装着したな。チャックはちゃんと閉まってるか? 隙間が空いていたら、外に出た途端、体がパンッてなって、死ぬぞ。おい、ピーター、なんでパパの宇宙服のチャックをこっそり開けているんだ。危ないだろ!」


「ちょっと、父さん。どういう事よ。今日は春分の日で春のお彼岸だから、子供たちにお墓参りさせるんでしょ。だから、宇宙シャトルバスでハルカたちを行かせたのよ。なんで観光地の方に向かうわけ? ――はあ? 昔の車じゃないんだから、運転中でも通話できるでしょ。――補聴器を忘れた? じゃあ、なんで、さっきの私の話には返事できたのよ!」


「よーし。それじゃあな、墓参りに必要な物を準備するぞ。まず、何が必要かな。分かったら、挙手。はい、マイメ、何かな。――そう、お花だね。いや、薔薇バラはあまり墓には飾らないね。向日葵ひまわりも。うん、それだ。菊とか、そういうやつだよね。他には、はい、ユウナ。――そうだね。お線香。いや、それは違う。そのぐるぐるしたのは蚊取線香だ。それをお墓にお供えしちゃ駄目。そう、それ。そして、火をつけるから……そうだね。ローソクが……ユウナ、それを何処から持ってきた。パパとママの寝室には入るなと言ってるだろ! それはだ! ゴホン。ここは土星の真空墓場だからね。無酸素でも点火する宇宙用ローソクじゃないと駄目なんだよ。お墓用のヤツ。そう、それだ。じゃあ、他に必要なのは……おい、ピーター、大丈夫か。顔色が土色だぞ。土星だからか? バカ、酸素ボンベのバルブが『閉』になってるじゃないか! 今開けたぞ! よし、息をしろ。ゆっくりだ、ゆっくり吸え。ゆっくり」


「――そんなのは、父さん一人で行けばいいでしょ! ――絶対に負けられない? 知らないわよ! なんで老人会のパターゴルフ大会に孫を連れて行くのよ! ――威勢がいいって、あのね、殴り込みか何かに行くつもり? 今日はお彼岸の墓参りでしょ! おじいちゃんがそんな事してたら、子供たちに示しがつかないじゃない! ――うん。だから、おじいちゃんが一緒に行って、お墓参りの作法とかやるべき事とか、ちゃんと孫たちに見本を見せてくれないと。あの子たちだって、いつまでたっても成長できないわよ」


「いやいや、ユウナ。たしかにプラズマエンジン式のジェットノズル洗浄機なら何でも高圧水流でシャーってやって奇麗にできるよ。ウチのマンションの壁とか、やってるよな。でもな、ここは亡くなった先祖が眠るお墓だ。みんなの想いがこもっている場所だし、うやまわないといけない場所なんだ。宗教に関係なく。ジェット水流でシャーは駄目だ。束子たわしで丁寧に手洗いしよう」


「――こっちも、そろそろ行くから、切るわね。ちゃんとお墓に連れてってよ」


「よし。じゃあ、行こうか」


「あ、待って。コニマルを見てくれてるお義母さんにも電話するから」


「はあ……」


 ウッキーは手桶を提げたまま項垂れていた。



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正しい春分の日の過ごし方 改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 ) @Hiroshi-Yodokawa

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