第18話 賢さは万民の幸せのためにある


 こうして魔王を倒した吉弘嬢は約束通り異世界を手中にした。



 その後…


 ※


「私物転移。更に岩とか転移。はい。今日はここの土地を耕してください」

 オキダ国の地平線まで広がる大地。

 その土がごっそり消えたかと思ったら、2m程上方から落下してきた。

 そして中に含まれていた石や雑草などが取り除かれて土が砕ける。

 私物転移を利用した耕作地作成法である。

 そこへ並みいる魔王軍の兵士や魔物がクワを片手に畝を作り、土をさらに細かく耕していく。


  ※


 あれから降参した魔王は、吉弘嬢から『城内にいる部下たちに、私の私物になるように告げなさい』と伝えられた。

 部下たちを奴隷にでもするのかと思い、始めはためらう魔王だったが、今の状態から城外に出るには彼女の私物転移に頼るしか方法がないと言われたため、しぶしぶ部下たちにその事を伝えた。

 そして志願兵が数体「勇者の私物になる」と宣言し、無事外に出たのを確認すると、一部の幹部を残して全員が脱出に成功した。


『魔王様!外に出られました!』

 と、トランシーバーより声が聞こえる。


「どうやら彼女は、約束は守ってくれたようだな」


 勇者は傲岸不遜で無礼で、血も涙もない悪魔のような人間だと魔王は思っていたが、無駄な殺生は好まないのかもしれない。

 それどころか、もしかして最初からこのように物事を進めようとしていたのかもしれず、最後まで自分は彼女の掌の上で転がされていたのだと思うと、不思議と怒りもわかなくなった。

 むしろ自分だけを倒し、他の部下たちの命だけは助けてくれる事に感謝すべきかもしれない。

 あとは、ここで自分だけ餓死するか、魔力が尽きて上空を漂う瓦礫の山に圧し潰されることで決着はつく。

 エンジョウの時と違い、今回は猛毒入りの液体まで入っているのだ。

 衝撃には耐えられても、体がもたないだろう。


「ここまで完敗すると、いっそすがすがしいな」


 中には最後まで魔王に従い、殉死しようとする幹部もいたが、魔王はそれを断った。残された魔族たちは人間に差別されるかもしれない。

 それを護り、一部の部下が暴走しないように統率するのは貴君らの役目であると説得して。


「これで、最後か。誰もいない城と言うのは不思議なものだな」

 

 先ほどまで決死の表情で立て籠もっていた部下たちの姿を思い出し、魔王は誰もいない城内で静かに最後の時を迎えようとしていた。




 しかし




「では、最後に魔王さん。


 ふいに聞こえた声に魔王は耳を疑った。


 聞き間違いだろうか?

 彼女が倒すように言われた魔王さえも私物にしようとしたように聞こえた。

「あら?聞こえませんでしたの?魔王さん。

 再び声が聞こえる。

「馬鹿な!予を倒さねばそなたとの戦いは終わらぬのだぞ!!!」

 彼女に課せられた最終目的は魔王退治。

 つまり自分の殺害だったはずだ。

 だが、吉弘嬢は不思議そうな声で

「でも、それってこの世界の人の王、または神が勝手に決めたルールですよね?」

 つまり、彼女個人としては降参するなら殺害まではしなくても良いのだと言った。

 その周囲で魔王の部下たちも驚きの声を挙げたのがわかる。


『一体、彼女は何を言っているのだ?』


 人間は魔物を憎み、殺したいと思っている。

 それが常識な世界で魔王は異世界から来た異世界人の思考が理解ができなかった。

 そう思った時に、気が付いた。

 彼女はこの世界の人間ではない。異世界人だったのだ。

 その意を察したのか、吉弘嬢は魔王に語り掛ける。

「私は敵意を向けられない限り、貴重な労働力を失いたくないしですし、殺生もしたくありませんの」

 何の遺恨もない異世界人だからこそ、言える綺麗ごとであった。


「それに」


「あなたを倒したら、この便利なスキルも消えてしまうかも知れないじゃないですか」

 その言葉に、勇者の仲間と魔物たちは

『台無しだ…』

『…むしろ、そっちの方が大事な理由なんじゃないか』

 と、それぞれ思った。


  ※


 かくして魔王が消え去った事で魔王城の障壁は解け、後には瓦礫とそれに圧し潰された城跡だけが残った。

 吉弘嬢が所有する99%の領地から外れた、魔王が唯一所持する事を許された、最後の領地である。

 そこはもう誰も近寄れず、数万年後まで占領される事はないだろう。


 なお、人間の王はこの世界を吉弘嬢が所有する事に抗議したが、統治はそのままで、それどころか国の発展を援助する事。

 吉弘嬢が仲立ちとなり、魔族が人間を襲わないよう魔王に命じさせること。

 それでも納得できないなら、勇者は魔族と共に人間を支配すると言われて、王様は魔族の共存を選ぶしか道は残されていなかった。


 魔王は今日も生きて、勇者と共に戦っている。




「【私物転移】」


 地球の中東、難民キャンプに一日分の食料が現れた。

 先進国で廃棄処分にされた食べ物たちだ。


 あれから元の世界に戻った吉弘嬢は自分の能力を公表した。


 こちらの世界の問題は、輸送コストと時間に関わる事が多い。

 難民に先進国の余った食料を腐る前に送れたら。

 乾燥地帯で水不足や暑さに悩んでいる国に洪水地帯の雨水や、南極の流氷を送れれば。


 逆に寒波と熱波を入れ替えるだけでも、人の生活はもっと楽になるだろう。


「それ故に、私の能力を最大限に活かせる仕組み作りを各国の代表の方にはお願いしたいのです」


 災害的な雨が降った際の水の所有権の一部譲渡。

 廃棄される予定の食料を彼女に譲る仕組み。

 また、大火災の時の消火用に海の一部も譲渡された。

 そして、そこで得られた物資や人材の一部は異世界へと送られた。

 それは異世界の文明レベルを飛躍的に上げるには十分すぎる量だった。



   ※


「あら、やっぱり魔王さんは長生きですのね」


 人間と魔族の棲み分け場所を語るための会議の休憩中、お茶を飲みながら吉弘嬢は魔王と人間の王との雑談中にそう語り掛けた。

「ああ、我は1000年は生きる。人間の寿命は50年程度だったか」

 あくまでエレガントな服装に身を包んでいるが、こう見えて先ほどまで魔物たちの住居を作って大工仕事をしていた魔王が言う。

「そうですぞ、勇者様。このままでは寿命であなた様の方が先に亡くなられてしまいます」

 と人の王は言う。

 とはいえ、彼女が呼び込んだ『ギジュツシャ』と『カガクシャ』なる人種のおかげで大量の食糧が生まれたため、魔族が人間を襲うメリットはほとんど無くなった。


 過去の遺恨は残るものの、同じ上に立つ者として、そして勇者にふりまわされている被害者として王と魔王の2人は仲間意識すら生まれている。


「あらあら、それは困りましたわね」

 まったく困ってない様子で吉弘嬢は言う。

 そして


「神様、お聞きになられました?このままだと私、寿命のために魔王様に負けてしまうことになりそうですの」


 と、天に向かって告げた。


「…………………」

「…………………」


 まさか、この女。と二人の王は思った。


「ええ、私としましては人としての寿命を全うするだけですから、まったく困りませんの。でも、神様が私に課された『魔王様を退治する』という試練を成し遂げるためには少なくともあと千年以上は生きないと負けそうですの。この若い姿のままで。ええ、この若い姿のままで。でなければ、こんなか弱い私では魔王様退治なんて無理ですわ」


 どの口が言っているのだ。と白々しい大根芝居を見つめる王と魔王と魔族と人間たち。

 そんな事はお構いなしに吉弘嬢は、誕生日にドレスをおねだりするような口調で


「なので、あと1500年はこの姿のままで生きられるように、スキルを追加でいただけません事?」

 可愛らしいお嬢様は、可愛らしい声で、全然かわいくないおねだりをした。


「ついには人間の王や魔王だけでは飽き足らず、神まで脅迫しやがった…」

 呆れた声でソーカが言う

「というか、これが目的だったんじゃ…」


「……まあ、誰も不幸になってないからいいっちゃ良いんだけど…」



 この世界に呼び出されてから数日。

 魔王と会話をするまでに数十分。

 あの短い時間の中で、どこまで先を見据えてあの条件を出したのだろうか?


 目の前の人の形をした怪物に、改めて

「「「こいつ、魔王よりも恐ろしいな」」」

 と、勇者の仲間はつぶやいた。

 その言葉に魔物たちも同意したようにうなずく。


「あら、ひどい。こんなか弱い女性を捕まえてそんな事をおっしゃるなんて」


 そういいながら、寿命の1500年延長と言うささやかな願いを神に脅し取ろうとしている少女は笑っていた。

 

 それにつられて魔王は完敗と言った感じで笑い、人の王もつられて笑う。

 ただ、どこまでも広がる畑に集った、姿の違う様々な生き物たち。

 それらを一つにまとめた後、彼女はどのような世界を見据えているのか?


 それを考えると、わくわくするのも確かだ。

 勇者と言う存在が、人々に希望をもたらす存在なのだとすれば、彼女は紛れもなく勇者だった。それも人だけではなく魔族にとっても。


「さあ、せっかく地球と違って色々と試せる世界が手に入ったのですもの。乾燥地帯に氷山を投下してみたり、寒冷地域に太陽光を集めてみたら世界の気候はどう変わるのかとか、これからやることはたくさんですわ」

 楽しそうに彼女は目を輝かせて言う。

 途方もなく大きな実験場を手に入れた勇者に、異世界住民は期待と不安を籠めて『お手柔らかにお願いします』

 と心の底から願った。

 

 これから異世界は人も魔族もこのとんでもない勇者に振り回され、苦労するのだろう。

 だが、毎日を殺し合いの日々で過ごしたり、大事な存在が当たり前に殺される恐れがない世界を作った彼女である。

 少なくとも大変ではあっても退屈はしない楽しい未来へと進んでいくのだろうという点では誰もが予想は一致していた。


「さあ!まずは皆さんの寿命の延長と、気候の安定化から始めましょう!」

 勇者は人も魔族も分け隔てなく、女神のような微笑みを向けるのだった。



 大尾おしまい




これにて本作は終了です。

最後までお読み下って誠にありがとうございました。


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賢いヒロインが知力と資本力で魔王と王と、ついでに神をひねりつぶすお話 黒井丸@旧穀潰 @kuroimaru

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