第2話 まだまだイケるぜ



「どうして!!! 

 どーして!!!!

 また別の魔剣とか使ってるんですかー!!!!!」


 天使は叫んだ。

 まぁそりゃそうだ。 

 彼を……運命だと思っていた。

 永遠の囚人としてこの世の最後まで意識を保たねばならない身を自由にしてくれた偉大な戦士、愛しい男が……まるで港にそれぞれ恋人のいる船乗りみたいな気楽さで新しい魔剣を手に取って使いだしたのである。

 ああ、彼は成し遂げるだろう――彼は魔剣を堕とす忌まわしい殺業カルマを善行で濯ぎ、天使に戻した実績があるのだ。

 だが、それは絶対に許せない。

 

「そんな事したら……その魔剣もまたあなたに惚れてしまうじゃないですかー!!」


 その言葉に答えるのは、ユーキが腰に下げた魔剣。 


『惚れる……? そんな事あるわけない……わたしは殺業カルマにまみれた悍ましい魔剣……きっとこの使い手も一度二度で死んでしまうに違いないもの……』


 天使の怒りの雄たけびに、魔剣は陰隠滅滅とした地獄のような暗い声で答える。

 まぁ気持ちはわかる。今は解放された天使も、彼が腰に下げた時は同じようなリアクションをしていたからだ。


 ユーキは首を捻った。


「……なんで天界への昇天拒んでるの……」

「今まさに! 地上で生まれた新しい執着心が私を繋ぎとめてるんですー! 説明を! 説明しなさいこの浮気者-!!」


 浮気者……? ユーキは天使の発言の意味が分からず、さらに首を捻った。


「浮気者って?」

「私の事を相棒と言ってたじゃないですかー!!」

「そりゃ命を預ける愛剣を相棒って呼ぶのは普通だろ?」

「それは! そうですけど!! それはそうとして腹が立つのが女心ですー!!」


 そんな事仰られましても、とユーキは呻く。

 天使も自分の論理が破綻しているのは分かる。しかし天使は女性の意識を保ったまま、世界で一番カッコいいイケメン(※天使主観)と数年にも及ぶ長い時間を一緒に過ごしてきたのだ。彼が水場で全裸になっている間、剣の立場を生かしてガン見していたりもした。

 天使の認識では自分たちはもう付き合ってるも同然だ。

 だが彼女の内心などまったく気にせず彼は答えた。


「そうは言うけど。……剣を恋人扱いし始めたらちょっと危ない人じゃね?」

『私もこの使い手に同意するわ。普通に考えたらわかることじゃない?』

「正論です……正論ですけどねぇ!!」


 天使は指を突きつけ、わなわなと震えながら叫んだ。


「だいたいなんですか、どうして魔剣なんて危険なものをストックしてるんですか!」

「ああ。だって……この魔剣じゃなきゃ。俺の最強ビルドは完成しないからだ」


 この使い手は時々天使には理解できない言葉で話す。

 今回も、彼が転生前の記憶を保持する前世由来の言葉なのだろう。天使は『うー……』と恨みがまし気に唸って睨んだ。


「その最強ビルドのせいで浮気をするんですか……」

「せ、説明を続けさせていただきます」


 多少ビビりながらも説明を続ける。


「……まず、俺の種族なんだが、ダンピール。吸血鬼と人間のハーフなのは覚えてるな。

 日光の降り注ぐ外だとあらゆる行動や判定にペナルティを食らう種族だ」


 天使は頷いた。

 吸血鬼の天敵は陽光。そんな彼らと人間の間に生まれた希少なダンピールは、昼間を苦手としている。

 

「その際ペナルティを避けるには、陽光遮断のために頭をすっぽり覆う重鎧を着なくちゃならない。

 他の竜人や獣人に比べれば筋力補正は高くないが、そこは経験値ぶっこめばどうにかなる。……俺は前世で、このゲーム世界のキャラメイクをする際……ダンピールの聖騎士職で最強のビルドを作ろうと心に決めたんだ!」

「ビルドってのがよくわかりませんが……本気で打ち込んでるなにかってのは分かります。ええ」


 天使は未だ眉間にしわを刻んだままだが、とりあえず頷いた。


「で、俺がどうやって、暗黒聖騎士ブラックパラディンというタンク役として最適だが、火力がそこまで伸びないクラスを選んだかだが……実地で説明するほうが早いな」


 そうして呪いの魔剣カースブレイドを肩に担いで小盾を構え、姿を現した敵を見る。

 背丈は二メートル程度。一見して龍鱗鎧スケイルアーマーを着込んだ巨漢に見える姿。だがその龍を思わせる頭部も、鎧のような皮膚も全て生身の肉体から隆起したものだとわかるだろう。その指先や口蓋から延びる牙と爪の鋭さは並みのナイフよりもはるかに鋭利でつめたい光を放っていた。

 竜人原種ドラゴニュート・オリジンと呼ばれる亜人型モンスターの中でも間違いなく最高ランクの強敵だ。

 一流の冒険者であっても、一対一の戦闘は厳禁でチームでの対処が推奨されている。

 ……それが群れを作って、組織的な連携を行いながら襲い掛かってくるのだ。どのような戦士であろうとも死を意識するだろう。


 だがユーキは、並みの冒険者なら絶望と共に死を覚悟する強敵を前に――いつもの事だと微笑みながら呪いの魔剣カースブレイドを構え、盾を剣で叩いて『来いよ』と挑発した。


「グアアアアアアアァァ!!」


 口々にモンスターの咆哮が響き渡る。

 小なりとも龍種である竜人原種ドラゴニュートオリジンの叫び声は、絶対的捕食者である龍の恐怖で相手を射竦め金縛りにする凶悪な咆哮ロアだ。

 だが、ユーキもこのダンジョンの最下層にまで単身で足を踏み入れる強者。魂さえ震え上がらせる威圧を涼し気に受け流しながら挑む。

 横薙ぎに振るわれる鋭い爪の一撃。小盾で受け流し跳ね上げ、相手の姿勢を崩して好機を生み出す『パリィ』の技の冴えはさすがの一言。絶好の隙を生み出し、呪いの魔剣カースブレイドの一撃を相手の腹に突き刺し、切っ先を捻って血管に空気を入れながら蹴り飛ばして引っこ抜く。

 竜人原種ドラゴニュートオリジンの皮膚は並みの剣では絶対に貫けない、頑丈さとしなやかさを併せ持つ生まれ持った強者の装甲だが、さすがは伝説に悪名を残す呪いの剣。まるで熱したバターにナイフを入れるかのような感触で切っ先を埋めてみせた。

 

 だが――相手に致命傷を与えた瞬間、彼の五体に鋭い切り傷が刻まれた。


「ぐあぁっ!」

『ほら……あなたも私の業の一つになるのよ』


 魔剣に封じられた堕天使が囁く。まるで強い力には常にリスクが付きまとうのだと使い手を嗤うようだ。。

 あまりに切れ味鋭い魔剣だが、相手に負わせた傷のおおよそ三割の負傷を使い手にも負わせる反動呪詛バックファイア

 一体二体を名刀利剣の威力で倒せても、しょせん暗黒聖騎士ダークパラディンは防御偏重タイプだ。相手を全滅させる前に死ぬだろう。

 もっとも剣聖系の広域殲滅スキルを持っていたとしても……相手を傷つけた分だけ反動呪詛バックファイアを大量に受けて死に至るだけだ。


 だが――相手の傷口よりあふれる鮮血が、ユーキの甲冑を真っ赤に染める。

 その流れ出た血はまるで彼の肉体に吸い込まれるように消えていくのだ。


「ハッハー!! まだまだイケるぜメ〇〇ェール!!」


 前世で大好きだった台詞を吐きながらユーキは笑った。。

 痛くない……わけではない。しかしユーキは己の肉体を蝕む傷の痛みが愉快でならないと言うようだ。兜の中から覗く心底楽し気な様子にモンスターもちょっと引き気味だ。あと天使もモンスターも思った。誰だよメ〇〇ェルって。

 そばで羽をぱたぱたさせている天使がおっかなびっくりで尋ねる。


「そ、それ、痛くないんですか?」

「痛いよ? でも……怪我自体は平気だ。

 ドワーフが頑強な肉体と暗視を、エルフが精霊魔術と長命を生来の特性として持っているように。

 ダンピールは相手に与えた負傷度合いによって怪我を治癒できる! そしてぇ!!

 この生存型超火力ビルドの肝になるのは俺の信仰する契約と報復の女神マーディス信徒に与えられるスキル!

 血の報復ブラッドレトリビューションだぁぁ!!」


 彼の体より滲み出る、恐ろしくも厳かな神聖なる霊気が切っ先に絡みつき、敵対者にとって恐るべき報復の刃となる。

 命の象徴とも言うべき治癒の血光は傷を癒すとともに、空中に浮かび、剣に力を与えてくれるのだ。


「付け加えて俺は高位の暗黒聖騎士ダークパラディン……! 常時回復リジェネーション系の回復呪文はマスター級!

 つまり俺は傷つけば傷つくほど火力がマシマシになっていくのだ……!!」


 そして兜の面頬を跳ね上げて、モンスターを前にウへへと笑うその姿は明らかにイっちゃった危ない人そのものであった。

 彼の戦闘力の高さもさることながら、自ら延々と負傷し、延々と回復する――まるである種の拷問にも似た戦闘スタイルは正直モンスターにとっても常軌を逸したものだったのだろう。

 視線で会話する姿は『お前いけよ……』『やだよアイツやばいよ』『明らかに目がマジモンやん』とはっきり忌避しているのが丸わかりであった。


「一太刀、一太刀ごとに火力は増す! それは反動呪詛バックファイアのダメージも増して死に近づくわけだ!!

 だが、それがいい!! 気持ちいい!! これこそがビルドの喜び! 敵に殴られるのが仕事みたいなタンク役でもスキルの有効な組み合わせで恐るべき火力を引き出せるんだ! 俺は転生してからこのビルドを完成させるのに40年はかかったんだぞ!

 さぁこい……もっとこい! 理想のビルドを楽しませろ! 俺のエクスタシーの糧になれぇい!!」

「ええぇ……」


 天使ちゃんもドン引きである。

 モンスターもドン引きだった。無理もないが。

 だが……彼女はこの会話にどこかで既視感デジャウを覚える。こんな会話どこかで行ったような……?


 それでも既視感がどこから来るものだったか確かめる暇もなく。 

 その悪鬼の如き狂態と、自害と紙一重な戦いっぷりにモンスターたちも恐れをなし、全速力で逃げ出していくのであった。

 もちろん追いかけてとどめをさし、一匹残らずエクスタシーの糧にされたが。


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