自傷系超火力ビルド男と天使ハーレムの成り立ち~まだまだイケるぜ~

八針来夏

第1話 昇天

「お別れだな」

「はい……我が使い手よ」


 一つの縁が終わろうとしている。

 光差さぬ地の底、栄光と死が隣り合わせで存在するダンジョンの深層部で、彼、ユーキは己の愛剣を見た。

 現代社会より転生し、ここが己の愛したゲームの世界だと気づき。望む道を見つけ。そのさなかにこの忌むべき魔剣を手に入れたせいで、友も名誉も失いながら、それでも懸命に歩んできた。


 

 切っ先に纏わりつく暗黒の瘴気。

 刃を受けた相手に嘆きと呪詛を振りまくのみならず、使い手にさえ反動呪詛バックファイアを与える魔剣『カースブレイド』。

 何より悍ましいのは、その生誕が……天界より召喚された天使を生贄に捧げるところだった。

 天使を刃に還るおぞましき邪法。その刃が一度でも罪を犯したことのない無垢な人を手にかければ天使は悲嘆と後悔、絶望によって自ら堕ちていく。

 その悲嘆と絶望を纏った暗黒の刃こそ、いかなる敵も打ち倒す最強の刃となるのだ。


 使用者の、絶命と引き換えに振るわれる最強の武器――まさに、人間を使い捨てにしても構わないと考える為政者にとって使い勝手のいい力だった。


「だが、これでもうあんたは自由だ」

「この世界が終わるまで、人を殺める魔剣として存在せねばならなかったのに……本当にありがとうございます」


 ユーキは別にいいさ、と笑った。

 兜を脱げば、どこか幼げな容姿。長身に童顔の乗った、大人と少年の印象が同居する彼――その五体は血に濡れている。

 反動呪詛バックファイアの反動で彼の五体は血に濡れ、傷つき、怪我を負っていない場所などどこにもない。

『契約と報復の神マーディス』に仕える暗黒聖騎士ダークパラディンゆえに使える回復魔法がなければ、その反動で命を落としていただろう。


「愛しい我が使い手よ。どうか……すべての罪が濯がれた今は、あなたの剣として傍においてください……」


 ……一度、魔剣に堕した天使の罪は濯がれず、恨みと憎悪でより狂猛な魔剣へと変質する。

 だが、その剣を振るって大勢の善男善女を救い、人々から感謝の念を向けられれば魔剣にまみれた罪は少しずつ浄化されていく。

 そして今……すべての罪は濯がれた、真っ黒に染まって剣の唾になっていた羽は元の純白に。頭の輪っかは輝きを取り戻し、今やまばゆいばかりの後光ニンバスを背負っている。


 だがユーキは首を横に振った。


 それは愚かだが美しい決断だった。天使が自らの意志で聖剣へと変じれば、その力は絶大。神に認められし英雄として大いに名を上げるだろう。今まで大勢の剣士が挑み、成し遂げられなかった人間の罪、天使を魔剣に堕とした罪業を濯いだ証なのだから。

 だからユーキのそれは……迷子になった子供を少しでも早く家に帰してやる大人のような、暖かな慈愛に満ちていた。


「いいんだ。今まで地上でずっと縛られ続けていたんだ。あなたは天使に戻って幸せに暮らせ」

「わかりました。では、最後に……祝福を授けさせて」


 愛し気に抱きしめられ、天使の口づけが軽く触れる。

 その天使は……叶うなら終生傍に居たかった。

『私を手に取るな――使い続ければ死んでしまう』『ああ。どうして……その刃はあなたに還ってくるのに……』……そう何度も訴えたのに、彼はほほ笑みながら『大丈夫さ』と答え、人の世に仇名す邪怪を満身創痍になりながらも討ち果たし、己の血と返り血で真っ赤に染まりながらも戦っていたのだ。

 誰よりも高潔。誰よりも人界の安定に寄与した大英雄なのに……自分という主人殺しの魔剣を持っているだけで大勢から忌み嫌われ、本来得るべき栄光から遠ざかっている。

 

 天使としてあるまじきことに、それが何よりもうれしい。

 使いきれぬ金銀財宝よりも、千年の名声を得るよりも……彼は自分を選んでくれたのだ。

 これが人間が言うところの恋なのだろう……身を焦がす情念を感じながらも、しかし彼がそうあれと言うなら――と、天使は、別離による悲しみの涙を堪えながら、未練がましく言う。


「ですが、ここは地の底、ダンジョンと呼ばれる危険な場所です。

 あなたが信を置いていた愛剣たるわたしが天に還れば、丸腰の身。それだけが心配なのです」

「大丈夫。俺はニッポンって国から転生してきた異世界人って言っただろ?

 神様チートのおかげでアイテムボックスも常備してるよ。代わりの剣ならそろってるから」


 きっと自分の幸せのために……心配ないと言っているのだ。

 彼が最も信頼し、生死を共にしてきた魔剣は自分なのに。愛剣を失い、これからの帰還の戦いさえも困難が待ち受けているだろうに……自分を安心して送り出すためにそんな優しい嘘をついているのだ。


「わかりました……それではユーキ、我が使い手よ。

 天界の高みよりあなたの事を見守っております……」


 太陽の光から最も縁遠いダンジョンの地底に清浄な光が満ち溢れていく。

 全ての罪を許すかの如き光に導かれ、心安らぐ楽曲の音が聞こえる――神たる偉大な存在の御手に導かれ、ユーキの相棒たる魔剣だった天使は、本来あるべき天界へと昇天していったのだ。




 ユーキは手を振ってその姿を見送ってから、アイテムボックスから武器を取りだす。

 刀身から悍ましい暗黒の瘴気を纏い、柄の部分に変化した堕天使の姿――『私を手に取るな――使い続ければ死んでしまう』といういつもの聞きなれたフレーバーテキストを右から左に聞き流し、ユーキは警告を頭から無視して腰に下げた。

『ああ。どうして……その刃はあなたに還ってくるのに……』と、魔剣にされた堕天使の嘆きの声が聞こえてくるが平気な顔でにっこり微笑んで――。


「これからよろしくな! 新しい相棒!!」

「ちょっと待てええェェェェェェ!!!!!????」


 なんか天界の清らかな光とは似つかわしくない激しい怒りと共にさっき昇天したばかりの天使が戻ってきてユーキの首を掴んで怒鳴った。

 無理もないが。


 

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