第6話 ゆるさない……結婚してやる!
「く、くそっ! 新人全員が神聖系とか……俺が全然気持ちよくなれんじゃないか!!」
どれほどか弱く自信のない新人であろうとも手取り足取り面倒を見てやるつもりだったのに……募集に応じたメンバーのほぼすべてが自分で自分の怪我等を直せるタイプ!
それではわざわざパーティーを編制した意味がなくなってしまう!!
当然ながらこの男は後進のためだとかいうのは建前、真っ赤な嘘偽りだった。町を走り、アイテムボックスから転移系スクロールを取りだした。
なんだか嫌な予感がする。何者かが自分にとっての不利益を働こうとしている気がする。こういう場合は可及的速やかに逃亡し、情報を収集して敵の意図を探るのだ。
指でスクロールの魔術文字をなぞれば記載された魔術が発動し、空中へと体が浮く。都市の上空を一筋の光の矢になって、秘密のセーフハウスへと移転する――はずだった。
だが、その時だ。
転移しようとしたユーキの前に蜘蛛の巣のように張り巡らされた光で編まれた聖なる鎖が網を張っていることに気づく。
「なにぃ?!」
「あ、やったぁ、使い手見つけたよっ」
誰かの声と共に張り巡らされた聖属性の拘束魔法。それが一つどころではなく、前方を埋め尽くすほどの密度と、大悪魔も縛り付けるような強度の双方が備わったそれがユーキの全身を拘束する。
「馬鹿な、俺はまだ何もしちゃいないぞ!!」
当人は自分の性情を最優先する男ではあるが、やっているのはすべて聖人君子のふるまいなので恨まれる心当たりはない。
地上へと墜落コースだが、全身を覆い隠す甲冑の頑強さと神域の守護魔法の頑強さは並外れている。地面を削りながらの墜落だが、ユーキは即座に立ち上がることができた。
一言二言の詠唱で自己治療を済ませると、訝し気な目で――次々転移系スクロールで到着する一団に目を向けた。
2、30人はいる。それも一人一人が怖気るほどに濃密な神聖の気を纏っている。
「誰だお前たちは!!」
「……へぇ、もしかしてもう見忘れたんですか?」
だがユーキの誰何の声に対する返答はドロドロに煮詰まったかのような情念、執念、そう言った感じのもの。いでたちは聖職者系統なのに、なぜかあんまり神聖っぽくない。感じるのは、転生してから生まれて初めての危機感だった。
「ど、どちらさまでしょうか!!」
すでに人跡未踏の偉業を成し遂げ、聖人として称賛される男だが前世からの癖で当たりの強い相手には敬語を使ってしまう癖は未だに治っていない。
ユーキは彼女たちを見た。
全員女だ。
それも大変に美しい女性たちがなんだか威圧的なオーラを発しながらこっちに迫る。
はて、これはどうしたことだろうか。
もともとネットゲームが好きでビルドをせこせこ作るのが趣味だった男は前世でも女性関係が皆無だったが、その性格は一度転生した今でも解決されていない。できるならお近づきになりたい感じの美女美少女たちにユーキは言う。
「……申し訳ありませんけどどなたかと勘違いしてません?」
「…………」
「あの、怒ってる?」
なんかプレッシャーが増した気がする。
どうやら火に油を注いだらしい。とりあえず交渉をせねば。
「俺を地上に堕とし、捕らえ、何を企んでいる! 金か! それとも英雄を屠り去った名誉か!
俺は懸命に生きたが、誰かの悪役になっていたというのか!」
「私たちの目的は……あなたに恨み言を述べることです」
やはり怨恨か!! ユーキは緊張する。これまでの人生でこれほどの強度の拘束を受けた経験はない。いったいどれほどの手練れに恨みを買っていたのか。
「よくも……私たちを捨てましたね?」「お兄ちゃんにはたーっぷり意地悪された仕返しをしないと……」「この顔を見忘れたか、忘れたとは言わさんぞ!」
く、とユーキは戦慄する。
恐ろしく高度な拘束魔法の解呪は未だ進まない。まさか戦士として究極に至った自分がこうも脱出できないとは。
なんだか白っぽい感じの服を着ている彼女たち、じーっと見てくる。とにかく時間を稼ごうと決めて叫んだ。
「君達の望みはなんだ!! やはり俺の命か……!」
だが……予想外だったのはその言葉を受けた途端、全員がもじもじと仲間同士で視線を合わせ、困り果てたご様子になったのだ。
「の、望みって……あ、あの……あなたが言ってよ!」「やだよ、は、恥ずかしい!!」「しょ、初代様! ここは初代様に!」「ふえぇぇん、あたしはたまたま一番最初に使い手に持ってもらえただけでリーダーシップがあるわけじゃないよ!」「じゃあここはじゃんけん! 公平にじゃんけんで!!」
目的を言うだけなのになんでこんなに混乱しているのだろう。
それでも何度かのあいこを経て一人が真っ赤になりながら進み出る。……その顔、その表情、どこかで見た覚えがあった。
彼女は、真っ赤になりながらも真剣な眼差しでユーキに……一世一代の告白と気合を入れて叫んだ。
「け、結婚してください!」
「いいよ!!!」
「「「「即決?!」」」」
ほとんど初対面に近い彼女の言葉に、間髪いれずの脊椎反射で良しと答えるユーキ。自分の人生を左右する結婚という一大イベントを前に考え無しにもほどがあった。
だが周囲の驚愕もなんのその、ユーキは堂々と答える。
「前世から合わせて俺が何十年恋人無しの独身を貫いてきたと思ってるんだ……。
好きだと言ってくれる美人の女の子がいたら即座にOKしてしまう程度には俺はチョロいんだ!!」
あんまり自慢するべきところではない発言だが、それが何かのきっかけになったのか、これまで遠巻きにしていた女の子たちが一斉にわぁわぁ迫ってくる。
「あー! ずるい!」「わたしもわたしも!」「29人はいるから、お付き合いする1日ずつ彼を独占する日を作ろうね」「30、31日は全員の共有日にいたしましょう」「とりあえず全員娶るように」
「な、何事なんだ?!」
ユーキは混乱した。
もちろん彼も男の子、ハーレムにあこがれない訳ではなかった。しかし現実に一人の男が複数の女性と関係を持つのは色々と胃腸に穴が空きそうなプレッシャーに耐えねばならないのもよくわかっている。
それが突如として30名ぐらいの美女美少女に迫られ困惑の極みだ。どれほどおいしい食べ物でも食べ過ぎがつらいように、こんな大勢の女性に迫られればもう大変だ。
「全員娶れなんてそんな……第一……」
俺と君たちは初対面じゃないか……というセリフが喉の奥まで出かかったが――その一言を発してしまえば死あるのみ、という感覚に襲われ口を噤んだ。だから代わりに叫ぶ。
「君たち全員の夜の相手なんて身が持たない!」
この時のユーキは目論みがあった。
なぜかは知らないが彼女達が自分へ向ける言葉は憎まれ口であったり拗ねたような甘え声であったり、不思議なまでに好感が感じられる。だからそこでちょっとエッチな話題を振れば「キャーエッチー!」と相手から軽蔑と非難の反応を引き出せると考えた。そうすれば少しは自分から離れてくれるかも。
だが……その言葉に結婚を申し込んだ彼女はにこやかにほほ笑んで――答えた。
「大丈夫ですよ。例え張り切りすぎて命を落としても……瀕死の状態から蘇る祝福を30名分お受けになったでしょう?」
「ふ、腹上死前提?! い、いや、そのまえにどうしてその秘密を知っている!
ハッ?! ま……まさか君たちは……!! 俺が解放した天使たちってのか?!」
そこでユーキは初めて彼女たちが何者かに気づいた。
天使の祝福による復活スキルの存在は、誰にも明かしたことはない……そう、彼にその祝福を授けた天使以外には……!
だがならばなぜ……そんな気持ちが湧き上がってくる。
「だが、君たちに恨まれるようなことをした覚えはない!!」
その言葉を受けて解放された天使たちが、目を細めた。
まるでマフィアのボスが裏切り者にどのような死刑を与えれば組織の統制が取れるか……想像しうる最悪の刑罰を考えるような目である。
ユーキからすれば先の言葉は本心である。
確かに魔剣にされた天使たちを使って気持ち良くなったが、しかしそれとは別に彼女達の昇天を手伝ったのだ。
だがそれが、彼女たちの逆鱗に触れた!!
いやまぁ実際やった事で恨んだわけではない。
彼女の意識は天使だが同時に女性。そしてユーキの意識では彼女達はあくまで無機物に宿った意識でしかない。
かつての創作で触れた戦闘ロボットのAIや喋る剣などに対しては『相棒』という感覚だが、恋愛感情などは抱きようがなかったのだ。
しかし彼女たちにとっては彼は異性。それも命懸けで自分たちを助けてくれた愛しい背の君。
その愛しい背の君が……他にも山ほど自分以外の女を作っていたのだ……!
悪意はない……むしろ讃えるしかない偉業だ……。
だが、それはそれとして腹が立つのだ!!
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