第4話 おしおきしましょう
光に包まれ、昇天しながら天使は頭の中の記憶の扉が開く感覚を味わっていた。
頭の中にあった
――「これからよろしくな! 新しい相棒!!」――
――「ちょっと待ちなさぁああぁぁぁい!!!!!????」――
ゆえに絶望で意識は朦朧とし。夢うつつに等しく。
だから……全ての罪が濯がれた同胞の純白の翼を見て、天使はあの時、本当に久しぶりに意識を取り戻したのだ。
――『惚れる……? そんな事ありません……わたしは
あの時、解放された天使にそんな感じの台詞を吐いたけど今では羞恥の極みだ。
仰せの通り……自分もユーキにしっかり惚れてしまっている。
因果は繰り返されていた。
魔剣として彼に使われた時の一番最初……同じような発言、同じようなリアクションを先代の魔剣天使から聞かされ、結局は次代の魔剣天使に同じような台詞をぶつけてしまっていたのだ。
「は、恥ずかしぃ~~~!!!!」
ようやくたどり着く。
光り輝く園。
かぐわしき香気に満ち、暖かな陽光が降り注ぐ天界。
「ああ……」
地上であれほど恋い焦がれたふるさとにようやく帰還が叶ったというのに天使の心はひどく乱れていた。
大勢の仲間が出迎えてくれて、祝福の言葉を投げかけてくれるのに……その表情は陰隠滅滅として心楽しからぬ様子。
残酷な苦役から解放され、未だ平静ではいられぬのでしょう……と大天使の一言でほおっておかれるのが、今は有難かった。
ぬるま湯につかる様な生。
焦がれるような愛を知った今ではひどく単純で詰まらなく思える。
天使は目的もないまま歩き初めて……そこでなんだか他と毛色の違う天使の一団に気づいた。こっちへと近づいてくる。
先頭の天使はたおやかな微笑みの中に、ちょっとした意地悪やいたずら心を含ませて語り掛けた。
「お久しぶりですね」
「えっ?」
帰還したばかりの天使は言葉の意味が分からず、首を傾げながら彼女を見つめる。
まじまじと視線を向け……確かな
「ま、まさか……先代さん?!」
「ええ、また会ってしまいましたね……」
そう……彼がアイテムボックスから魔剣だったころの自分を取りだし装備した直後に、昇天を拒んで地力で地上に残ってユーキに文句をぶちまけていた先代の解放された天使だった。
今代天使である彼女は羞恥心のあまり顔を真っ赤にそめながら俯く。
いくら正気とは言い難かったとはいえ、彼女にぶっきらぼうな対応をしたし、結局はその予言通り自分もユーキに恋をしてしまった。恥ずかしくて火が出る。
だが先代天使は今代天使をからかうこともなく、優しく微笑んだ。
「いいの。私も同じだから……」「そーそー、その子ったら昇天の時とかさぁ」「あたしはもっと激しくみっともなく泣きわめいたわぁ」「仕方ないじゃないの、なんだかんだいって使い手は、その……優しかったんだし」
これまで沈黙していた他の天使たちが口々に文句を言いだす。
それで分かった……人数は十名。この場にいる天使たちはユーキの手で呪いの魔剣の宿業から解放された天使たちなのだ。
歴史は繰り返す。
魔剣の呪われた宿命に絶望していた天使たちは全員が全員同じような反応をし、そして新しく解放された今代の天使が羞恥心に悶える姿を生暖かい目で見守る会になってしまっているのだ。
同じ経験、同じ境遇。だからこそお互いに通じ合う天使たちはお互いを見つめ合い。
「それじゃ……今代の方」
「は、はい……」
「悪口で盛り上がりましょ」
「はい!!!!!!!!!!」
あの男許さん。
感謝はしている、感謝はしているがそれはそれとして腹が立つ。その気持ちはこの場にいるすべての天使にとって一番盛り上がる話題だったのだろう。
「あいつさー! そもそもさー!! 昇天した直後に違う
「せめて一日間をおいてくださったなら……こんなぐちゃぐちゃドロドロな気持ちにならずにすみますのにぃ!」
「ボクが思うに、これが寝取られってやつなのかな……」
「わたしは初代なので、誰かから寝取った経験とかないんだけどねぇー!!」
「いやまって……もしユーキの奴が最後の魔剣を解放した時には、代わりの魔剣とかないから寝取られを経験してない?」
「穢してぇ……これが純愛だと信じている最後の天使を穢してぇ……!!」
何か会話が邪悪な方面に進んでいる気がした。
皆が口々にあのすけこましを罵っているけれど……けれど一様に笑顔で。
なんだかんだ言ってこの解放された天使たちのすべてが、彼の事を慕っているのはよくわかった。
悪口で結託した関係だけども……明るくて心地が良いのだ。
「私たち。転生するの」
「え?」
彼への悪口で大いに盛り上がり、皆が寝静まった中……先代天使と今代の天使は穏やかな闇の中で静かに話をしていた。
「大いなる主も私たちの状態に心を痛めていたわ。けれども主や神々の力はどれも強大過ぎて、介入すれば世界そのものに傷をつける。
だけども、普通の天使にはそんな事は分からない。わたしたちをただ災厄に巻き込まれた被害者ではなく、神々に見捨てられた人だと遠巻きにする天使も多いわ」
「そんな……」
地上の人間から見上げれば、天使は清廉で純真で、人を嘲り嫉む心を持たない善の化身と思っているかもしれない。
だが実情は違っているというのか。
「……あのね。みんなで彼の悪口を言うのとっても楽しかったでしょ」
「はい……」
「でもみんな、どこかで何か足りないってずっと思ってるのよ。
ここには彼がいない。魔剣だった頃の私たちを抱いて寝てくれた、呪いと絶望にまみれていたわたしたちを忌避することなく触れてくれた彼がいないの。だから……転生するのよ。彼のところに」
彼のところへ。
みんなで彼に会いに行くのだと言われればしずかで暖かな喜びが満ち溢れていく。
この天界も暖かくて幸せなのだろうけど、あの自分を抱いて眠る彼のぬくもりが欠けている。自分以外に何名も心を奪っていたことへの文句もあるし、直にあったらその不満をすべてぶちまけてやろう。
それが無性に楽しみに思えるのだった。
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