第3話 クロスアウ





『ニンゲンよ……よくぞこのダンジョンの最奥までたどりついた……。

 お前超怖いしドン引きだし頭おかしいし、財宝とかあげるから帰ってくれない?』

「そうはいくかぁ……お前の命を使って大ダメージをたたき出して気持ちよくなってやるぜぇぇ!!」

『ひでぇ!!!』「ひどい!!!」


 ダンジョンの最深部に住まう巨大なドラゴン――しかしダンジョンボスの権能として持つ千里眼系スキルでユーキの戦いぶりを見て正直ドン引きだったのだろう。初手から降参に近い言葉を発するものの、あまりにもムジヒな言葉にドラゴンも天使も同意見だった。


『くっ……だが我も全生命の頂点に立つ存在であるドラゴンだ!

 せめて一矢報いてくれるわ! 喰らええぇぇ!!』


 生来の戦闘種族、全生命体の中でも最上位に位置するドラゴンは猛々しい咆哮をあげながら、口蓋から凄まじい灼熱の吐息を放つ。

 常人ならば一瞬で骨まで焦滅させられる高熱の熱波を前にユーキは笑った。


 天使は考える。

 小物くさい命乞いをしたドラゴンだがそれでもドラゴンはドラゴン。その灼熱の威力はすさまじい。

 しかし彼は頭がおかしい戦闘スタイルに気を取られてばかりだが、身に纏う全身甲冑や盾はどれも神代に作られた伝説級の逸品。例えドラゴンのブレスであろうとも一撃は耐えられるはず。


 己の鎧の性能を信じているのか――ユーキは不敵な笑みを浮かべて空中でカッコいいポーズを取りながら、叫んだ。




脱衣クロスアウッ!!」





「『え、えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!』」


 あろうことか、彼は己の肉体を焼き焦がす灼熱のブレスを前に一瞬で全裸になると、みずから炎の中に飛び込んだのだ。

 まったく関係のない天使ちゃんとドラゴンであったが、彼の突然の蛮行に種族の垣根を越えて二人同時に驚愕の絶叫をあげる。無理もないが。

 全身が燃え上がる。

 肉体を生きたまま焼き尽くされ、その激痛は想像を絶するほどのはず。


「ハッハー!! まだまだイケるぜメ〇〇ェール!!!」


 だが彼は立っていた。

 全裸で、立っていた。

 あとだから誰だよメ〇〇ェル。


「……俺がこの自傷型超火力ビルドの完成にもう一つ欲していたものがある。

 それが、瀕死の状況から一度だけ復活させてくれる『天使の祝福』スキルだ」

「あっ?!」


 天使ちゃんが呪いの魔剣から解放され、天へと還る際に授けてくれるスキル。

 それは瀕死からの強制的な蘇生を一度だけ与えてくれる――すなわち瀕死状態からの……回復。


 そしてどのような形であろうとも。

 回復したなら血の報復ブラッドレトリビューションの加護は発動する!


「久しぶりに死んだぜぇ……へっへっへ。

 すげぇ痛かったが、俺はすげぇワクワクもしてるんだ。なにせドラゴンブレスならば完璧なオーバーキル。五体を消滅させるほどの膨大な熱量がもたらす破壊とそこからの復活……これがゲームだった頃ならどれだけ火力にバフがかかるんだろうなぁ……?」

 

 心の底から楽し気な微笑み。自分自身が死に瀕することさえも、大ダメージをたたき出す快楽の前では取るに足らない痛みだと言うようだ。

 今代の呪いの魔剣に纏わりつく報復の権能は、ますます禍々しい光を発する。


「頼むぜ、頼むぜぇ……俺も長いこと戦ってきたがこれほどの大ダメージを受けたのは久々なんだ。

 なぁ、一太刀で死ぬなんてもったいないことしないでくれよ……ドラゴンは超越種なんだろ?! ガッツ見せてくれよぉ!!」

『こ、こいつ……イカレてやがる!! もうやだー!! こんな頭おかしいやつと戦ってられるか、俺は巣穴に帰るぞ!!』


 ドラゴンが翼を羽ばたかせ――逃げ場のないダンジョンの中で目前に迫った死、そのものの男から少しでも遠ざかろうとする。すべてを見下ろし、見下し、我がまま思うがままに生きてきた絶対者が、己を超える暴の化身とまみえ、まるで今まであざ笑って踏みつぶしてきた弱者のように逃げようとしていた。

 だが、そんな都合のいい話など通るわけがない。


「お前を討伐して稼いだお金を全額孤児院に寄付して衣食住を完璧にしてやるぁー!」


 生きようと藻掻き、足掻くドラゴンの必死の努力をあざ笑うようにユーキは突撃し、権能の光でさらに禍々しさを増した呪いの魔剣を振りかざしたのだった。





「天使ちゃん。つまるところ俺はこういう性情だ

 自分の性癖のために君を利用したに過ぎない。……だから借りになんて思うなよ。君は天界に戻って、普通の天使としているべき場所に還るべきだ」


 討伐したドラゴンの屍の上でユーキは穏やかに笑った。

 それこそ自分の趣味嗜好のためならば命を賭しても悔いはない異常者ではあるけど……その精神の根底に流れるものは紛れもなく善と良心であった。

 己の手にある魔剣を見る。


「さっきも言ったが、この魔剣の殺業を払うには善行を積む必要がある。このダンジョンの報酬をさっき言った通り寄付すれば、これに封じ込まれた天使ちゃんもまた解放に近づくだろう……」

「そういうことをずっと続けて……?」


 天使は己の体が、物質のくびきを離れ、再度昇天しようとしているのに気づいた。

 先ほどは自分の代わりの魔剣を取りだした姿に悋気が騒いで地上にしがみついていたけれど……今、彼の行いやふるまいを冷静な目で観察できた。そのおかげだろう、執着や未練をなくした天使は再度、本来あるべき場所へと戻ろうとしていたのだ。

 

「言っただろう。君たちに同情はしているが、それはおまけ。

 結局は自分のためさ」

「あなたはそんな風に悪ぶって……」


 確かにユーキは変質者かもしれない。

 自分の身を痛めつけ、神の権能で力をふるうことに喜びを見出す性情の持ち主だ。しかしその行いが善であるなら動機や目的などはどうでもいいではないか。

 救われるひとはいるのだ。

 彼の寄付で衣食住を満たされる孤児たちのように。

 彼の戦いで忌むべき宿命から解放された天使のように。


「今度こそお別れだ。俺の天使」

「はい、さようなら……ユーキ、わたしの相棒、愛しい人……」


 ふと気を抜けば目頭が熱くなる。

 この忌まわしい思い出で満たされた魔剣としての宿命は終わりを迎え、あれほど恋い焦がれた天界へと戻るというのに、今の心を満たすのは離れたくないという気持ちだった。

 暖かな光に包まれ、主の慈愛に導かれ、大勢の天使たちから帰還を喜ぶ言祝ぎの歌が聞こえる。


 地底深くのダンジョンにもう一度光が差し込み、天使の体が天へと昇っていく。

 

「心配しなくていいさ。俺の天使」


 まるで気に病むことなど何もないと言いたげにユーキは言う。


「長年魔剣として地上に囚われて、友達とかいないと心配かもしれないけど、大丈夫なんだよ」


 にっこりと……手を振りながら。






「きっと話が合う人がいるよ!

 だって君と似た文句をつけてから天に昇った、同じ境遇の天使をもう9名ほど解放してるからさ!」




 呆然とした声で天使は呻いた。 

 暖かな光に包まれ天へと還りながら――しかし彼女の脳裏を満たすのは困惑とか嫉妬とか愛憎とかそういう感じのドロドロとした負の情念であった。


 彼は確かに……一度ドラゴンブレスの直撃を受けて生き返った。

 それは自分が授けた祝福によるものだと思ったが……祝福を受けた回数が一回とは限らない。むしろこの自傷を前提とした頭のおかしい戦術が洗練されている事から、これまで何度も同じことをしていたと考えるほうが自然だ。

 

 同じような境遇の天使を何度も……。

 己を忌むべき魔剣の宿命から解放した我が愛しの勇者――地獄から救い上げてくれたなら、彼に好意を抱いてもおかしくない。むしろ自然だ。天使自身がその証明だ。

 つまり……この男は天使の心を盗んでおきながら用事が終われば毎回昇天させてきたのだ……。



「こ、こっ、このっ」



 怒りが激しすぎて上手くしゃべれない。

 この男……毎回魔剣にされた天使を惚れさせてから昇天させてきたのか、なんかもう最悪な感じのすけこまし、色事師、色魔だ。

 そのくせ当人には何人もの天使の心をもてあそんできた自覚もないのか、アホのような笑顔でサヨナラーと手を振ってお見送りしている。実際、彼は何一つ悪事を働かず善行のみを積み重ねていたからタチが悪いと言おうか。


 善人だ。彼は全くの善人だ――が、それはそうとして腹が立つ。



「このバカ~~!!」


 

 なんかすごく怒っている事は理解できる絶叫をあげながら。

 今代の天使は、再び天界へと舞い上がっていった。



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