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【現在】
―二千三十四年十月―
美波は乙女ゲームのシリーズ3の原作を書くにあたり、いつものように担当編集者とカフェで打ち合わせをしていた。隣の席に偶然座った男性に声をかけられた。その男性は黒髪でゲジゲジ眉毛をした木谷正だった。同席していたのはあの女子高生と秋山修だった。
木谷は美波が手にしていた赤い薔薇が描かれた美しい万年筆に視線を向けた。
「もしかして三田さんの奥様ですか? その万年筆、私の母のものによく似てます」
美波はその男性が修と一緒に事故を起こした木谷だということは新聞やニュースで知っていた。自分の原作のモデルにした人物だったからだ。
「そうですが。このような万年筆なら世界中で売ってますよ」
「いえ、母の万年筆はこの世には二本しかない特注品なのです。万年筆にMのイニシャルが入ってるんです。事故で亡くなった日に一本は洋服のポケットに入っていましたが、もう一本はバッグの中にもなくて。いつも予備として二本持ち歩いてましたから、バッグの中身が散乱した事故現場を探したけど発見されなかったんですよ」
「そんなこと、私には関係のないことよ。秋山さん、昂幸のこと宜しくお願いしますね。夫も心配していますから。自転車通学なんてありえないわ」
「三田正史さんには感謝しています。しかし……君が再婚相手だったとはね。正直驚いたよ」
「私は忙しいの。失礼します」
美波は赤い薔薇が描かれた美しい万年筆をバッグに収めた。Mのイニシャルを隠しながら。
「待って下さい。母の万年筆を返して下さい」
「義父さん、恥ずかしいからやめて。あの模様の万年筆なら、乙女ゲームでも出てくるから、きっと量産されたのよ。ほら人気が出るとグッズにもなるから」
「そうかな……」
何も知らない亜子は、乙女ゲームのストーリーをペラペラと話し始める。
「ゲームでは、現世で事故死した女性がゲームの世界に移民として転生し、ダイヤモンド公爵に見初められて玉の輿結婚するんだけど、黒髪を隠すために金髪に染めるのよ。その女性が赤い薔薇が描かれた美しい万年筆を持っていて、Mとイニシャルも入っていたわ。それはメトロのMよ。メトロ公爵夫人からメリー・サファイア公爵夫人へ、そして孫娘へと祖母の形見として引き継がれ、ゲームでは元王太子妃だったメイサ妃が持ってるのよ。みんなイニシャルはMなんだからね」
「元王太子妃だったメイサ妃の再婚相手はレイモンド・ブラックオパールだ!」
「やだ。知ってるの? 義父さんが乙女ゲームだなんてキモすぎる。でも……義父さん、なんとなくだけど、乙女ゲームの運転手に似てるね。ていうか、ゲジゲジ眉毛がそっくり過ぎてキモい」
「そうか?」
木谷は亡き母の葬儀の際に愛用の赤い薔薇が描かれた万年筆は納棺した。
(もしも木谷の母親が乙女ゲームの世界に転生し、メイサ妃の祖母であるダイヤモンド公爵夫人として生きたのなら……。メイサ妃は木谷の亡き母の孫娘。転生とはいえ、不思議な繋がりだ。やはりあの万年筆が木谷と一緒にいた俺をあの異世界に呼び寄せたに違いない。そしてもう一本の万年筆は現代にあり、二本の万年筆が異世界と現世を繋げているんだ。美波は編集者と『シリーズ3』の原作を書くにあたり、隣席で打ち合わせをしていた。)
修の背筋がゾクッとする。
隣席に座っていた美波がスクッと立ち上がりポツリと呟いた。
「嘘でしょう……」
バッグの中で赤い薔薇が描かれた万年筆がパープルの光を放ったが、木谷も修も気付くはずはなかった。
―THE END―
※シリーズ③で完結となります。
転移したら俺の息子が王太子殿下になりメイドに三十点と言われました。 ayane @secret-A1
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