Ep.3 世界の理に反する力があるようです!
異世界転生者駆逐任務により分隊に大損害が生じてから3日後の早朝、耳を
「まずは、任務遂行ご苦労だった。異世界転生者の死体は森林火災の影響で火葬されて骨だけになっていたが、無事確認できたようだ。」
「はい、デロント司令官……。」
「まあそう肩を落とすな。一先ず、自分たちの生還を喜ぶんだ。」
なんとか動けるまでに回復した俺とルシアは、異世界転生者対策課・フピテイス南部基地の司令官・デロントに件の任務の終了を告げられた。取り敢えず、重大な懸念事項であった転生者の生存は阻止することができたようだ。
「ですが、他の分隊員は全員消息不明となってから3日が経過しました。死亡確認はとれていませんが、依然として生還したのは私たちたったの2名です……。」
俺は異世界転生者を前にしてルシア以外に誰ひとりとして護ることができなかった自身の無力さを嘆いて、申し訳ない気持ちで一杯になる。
「心中察するに余りある。だがな、くよくよと立ち止まっている暇はないぞ。事実上分隊としての体を維持できないまでに損害を受けた貴様らの隊は一度解体して、再編成を行う。」
「はい……。」
「そこで、自動的にルシアは分隊長、フューイは副分隊長として、引き続き治安維持任務に当たってもらう。悪いが、現状我が国の組織には他の基地から人員を補充する余裕すらない。従って貴様らには、若くして異能を顕現させている16歳以上の未成年者を分隊にスカウトする権限を委譲すると共に、独立して異世界転生者に対抗できるまでに分隊を再建する任務を与える!」
「ま、待ってください! 分隊再建までに要する期間、フピテイス南部の治安維持機能はどうなるんですか!? 私たち2人では転生者を早期に無力化するどころか、時間稼ぎすらままなりません……!」
ルシアは俺たちが置かれている窮状を訴えるように抗議の声を上げる。
「貴様、軍学校では何を学んできた? 異世界転生者によって世界が蹂躙されて以降、歴史を繰り返さないための措置として我が国を含む七国の間には『対異世界転生者共同対策法』が締結されている。異世界転生者を確認した際、当該地域を管轄する国の対応能力を超える事態が発生した場合、特段の事情がない限りにおいて他の六国に協力義務が生じるんだ。」
「ということは、つまり……。」
「あぁ、既に隣国であるミュルコレイスとべヌテイスの異世界転生者対策課に応援を要請した。こちらの治安維持機能が復旧するまでの間、優秀な戦闘員を何名か派遣してもらうことで、先日合意に達している。」
仮に次なる異世界転生者がフピテイス南部で発生したとすれば、人員不足の我が国では早期対応が出来なくなる。転生者を野放しにすればするほど、この世界の住民や自然環境に接触して不可逆的な影響を及ぼす可能性が高まり、未知なる異能を習得する時間を与えてしまう。転生者によって世界のパワーバランスが崩壊したことでもたらされた混沌を経験した七国は、争いのない世界を実現するため、強固な協力関係を結んでいる。今し方デロント司令官が述べた此度の措置も、その一環ということだ。
「承知致しました。ですが、異世界転生者対策課への入隊は『死への片道切符』として知られています。そのような状況下で、入隊志願者を募ることなど可能でしょうか。それに、16歳以上の未成年者までをも転生者の駆逐任務に駆り出すのは、世間の反発は免れません……。」
「そこが貴様らの腕の見せ所だ。」
異能には大きく分けて、ルシアのような飛行能力などを有する自己強化系、体内エネルギーを消費して火や電気を起こすことが出来る変換系、自身へと向けられる力の方向を任意に変更できる反射系の3種類がある。もっとも、異能は発現した年齢が若ければ若いほど、最終的な熟練度も相応に高くなるという傾向がある。これは、異能者が能力を使用するために必要な免許を取得するための国家試験の合格率と年齢に負の相関関係が存在していることからも明らかだ。俺のバディであるルシアも16歳の頃に異能を開花させたため、分隊内では優秀な部類だった。
従って、異世界転生者の拘束とその発生源の特定を目的としている俺たち対策課にとって、優秀な戦闘員の獲得は急務だが、
──コンコン。
突如としてデロント司令官に告げられた無茶振りともいえる任部内容にどうしたものかと思案していると、司令官室のドアがノックされる。
「来たな。入ってくれ。」
デロント司令官の許可を得たノックの主は勢い良くドアを開いて、部屋中に充満していた重苦しい雰囲気を吹き飛ばすかのような
「こんにちはー! 本日から助っ人として配属されてきた、ミュルコレイス国境警備隊のライラルと申しまーす!」
「同じく、ライラルのバディ、タルクモットです。よろしくお願い致します。」
水色の長い髪を
「あっと、お話し中でした? 空気読めなくてごめんなさいねー。この子たちが先の任務の生存者ですか?」
「ライラル、喋り過ぎ。皆困ってる。」
開いた口が塞がらない俺たちに代わって、隣国・ミュルコレイスの国境から来たという応援の2人に対して、デロント司令官が現況説明をする。
「良く来てくれた。恥ずかしながら、フピテイス南部基地は度重なる第1級汚染者の駆逐任務によって消耗しており、治安維持機能が完全に
「マジ!? こんなに若い子2人が唯一の生き残りだなんて、先が思いやられるなぁ。」
そう言って俺たちを品定めするようにじろじろと見つめるライラルも、見た目だけで言えば20代前半といったところだ。普通バディは同期の入隊者から選ばれるので、寡黙に俯いているタルクモットも年齢は大して変わらないはずだ。
「べヌテイスからも2名の応援が到着予定だが、嵐の影響か少々遅れているようだな。またいつ転生者が現れて緊急任務が発生するか分からない。早速だが、互いの有する異能について理解を深め、戦闘訓練を開始してくれ。」
Μην επαναλαμβάνετε την ιστορία.
雷雨によって
「無能力者!? そんなの聞いたことないよ……。ねぇ、タルクモット?」
「前例のない現象ですね。本当に何も異能を使えないんですか?」
この手の質問は、昨日から既に何度も聞かされている。本来であれば20歳の成人を迎えるまでに、使いこなせるかどうかは別問題としても、必ず1人1つの異能が発現して、すぐに実感として現れる。若くして飛行能力を発現させたルシアに聞いたところによれば、異能がその身に備わった瞬間に感覚として理解できるはずらしいのだ。それなのに、俺は身体の中に何の力の欠片も感じ取ることができない。
「自分で言うのもなんだけど、私たち、戦闘員として配属されてきた歴戦の猛者だよ? 無能力者相手じゃ訓練にもならないっていうか……。」
「大丈夫よ。フューイが今まで幾度の任務を経験して生き残って来たのは偶然じゃない。」
ルシアは俺とライラルの間に割って入って庇おうとしてくれる。確かに、俺は無能力者だが、通常の兵士としてはかなり優秀な部類だ。近接戦闘訓練で同期の隊員に負けたことは一度もない上、体力にはかなりの自信がある。そんな俺が異能者だらけの分隊に帯同して、異世界転生者対策課の第1線で戦っているのは単に人員不足だからという訳ではない。無能力者なりに努力している俺の実直な性格と戦闘能力を買われて、先の任務で果たしたような陽動作戦の先駆けや荷物持ちとして重要な役割を担っていたのだ。──決して都合の良い従順な兵士としてこき使われていた訳ではない。多分……。
「分かりました。とにかく、いつまでも雨に打たれているだけでは風邪を引くだけです。さっさと模擬戦闘訓練を開始しましょう。」
訝し気な表情で俺を睨むライラルを制して、タルクモットは俺たちと距離を取って所定の位置についた。
「え? ちょっと、貴方たちの異能については教えてくれないの!?」
「対転生者の実践では常に相手の異能が割れているとは限りません。お手並み拝見させていただきますよ。」
通常の人間であれば異能は確かに1人1つだけだ。ただし、先の任務でも明らかになっているように、異世界転生者にはこの原則は当てはまらない。この世界では観測されていない未知なる能力を幾つも同時に操る転生者も珍しくないのだ。言い伝えによれば、かつて世界に混沌をもたらした転生者は
そんな複数の異能を同時に扱う転生者との戦闘を想定した訓練では、基本的に異能者同士が2対2で戦う。──もっとも、無能力者である俺を含めたこの訓練では事実上の1対2なのだが。その上、俺とルシアが自分たちの異能について情報を共有したにもかかわらず、彼女たちは何も教えてくれないまま訓練を始めようとしている。
「それじゃ、いっくよー!」
ライラルの宣言によって模擬戦闘訓練の火蓋が切って落とされる。ライラルはまず、ルシアに向かって全速力で突進して凄まじい威力の回し蹴りを放つ。
「甘いわ!」
ルシアはバックステップでライラルの蹴りを回避しつつ、得意の飛行体勢に入る。飛行能力は対転生者との戦闘においてあまり役立たない能力に思われがちだが、実はそうではない。若くして異能を身に着けたルシアの飛行能力は変幻自在で、空中で急加速してから繰り出される高威力の打撃に加え、敵の攻撃を容易く回避する機動力に傷を負った味方などを素早く戦線から離脱させることができるサポート能力など、その汎用性は自己強化系能力の最高位と言っても良い。
「今度はこっちの番よ!」
土砂降りの豪雨によっても衰えない飛行高度から一気に加速したルシアは、空中で身を翻してライラルに向かって目にも止まらぬ拳を見舞うと、彼女はそれを間一髪、横っ飛びで回避する。
「ひゅー! やるねぇ! 自慢の髪が泥んこ塗れだ!」
俺は体勢を崩して隙の生まれたライラルに向かって突進して大振りの拳を放つと、水溜まりで余計に足音を隠せなかった俺の存在はいち早く察知されて回避行動を取られる。すると、ライラルは即座に反撃に転じるでもなく、そのまま地面に手を翳した。
「ちょっと痛むよ。恨みっこなしだからね。」
ざあざあと降り注ぐ大雨の中でも重く響くような低い声でライラルがそう呟いた刹那、一帯に高威力の電撃が走る。──まさか、彼女は電気を発生させることが出来る変換系の異能の持ち主か!
水溜まりに足を浸していた俺は、身体中を駆け巡る電流の衝撃に備えて目を閉じるも、何も感じることはない。
「なんだって!? 体力は消耗したから、確かに能力は発動したはずなのに!」
想定外の事態に驚きを隠せない様子のライラルだが、その反応は何処かわざとらしい。一体何を企んでいるんだ。──そういえば、さっきからタルクモットの姿が見えない……!
瞬間、ライラルが俺の背後に視線を移動させた気がした。その違和感に勘付いた俺は急いで後ろを振り返ると、どういう訳か、
「きゃあ……!」
すると、俺の右手に何か柔らかい感触が伝ったかと思えば、眼前に姿を現したタルクモットが驚いたような表情で赤面したまま立ち竦んでいる。
「なっ……! この、変態!」
俺はまだ完全に細かな傷が塞がっていない顔面目掛けて、強烈な平手打ちを喰らうことになった。女性の力とは思えない強烈な一撃に、俺の視界はあっという間に反転して泥塗れの地面に倒れ込んで天を仰ぐ羽目になった。
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