Ep.2 みんな死んでしまいました!
異世界転生者を殺害した後、木々を焼き払いながら上空へと立ち上る煙から逃れるように、俺はルシアに抱きかかえられたまま街を目指して、空を高速で飛行していた。
「フューイ! 絶対に目を閉じたらダメ! あと少しで着くから持ち堪えて!」
「うぅ、ルシアが2人居る……。」
「私は1人しか居ないわよ! 気をしっかり持って!」
出血多量でぼやける視界の中で、一心不乱に飛び続けるルシアのおかげで、適度な寒さと風を切る音で何とか意識を繋ぎ止めることが出来ている。移動開始から10分ほど経過したかという時に、地平線からようやく見慣れた街並みが顔を出し始めた。
街に着いた俺たちは、事の次第を報告するために急いで異世界転生者対策課の基地へと向かった。街中では飛行能力の使用は禁止されているため、俺はルシアの肩を借りて血を流しながら必死に足を前に動かす。先程まで活況を呈していた街は一瞬にして静寂に包まれ、周囲はその異様な光景を見て騒然としている。衆目を振り切るようにして何とか基地まで辿り着くと、入り口で警備に当たっていた男に声を掛けられる。
「んなっ……! ルシアさん、フューイさん、どうしたんですか!?」
「説明は後! 今は急いでフューイの治療と報告を済ませなくちゃいけないから!」
俺たちは死に物狂いで基地内部へと帰還して辺りを見回すも、誰も居ない。だが、会議室の方から何やら複数人の会話が聞こえてくる。
「もう、
ルシアはそう言うが早いか、会議室のドアを開け放って堂々と正面突破する。室内で神妙な顔で何かを話し合っていた上官たちが一斉に俺たちの方に視線を移す。
「貴様ら、会議中だと言うのが分からないのか!?」
「っ、緊急報告です! 異世界転生者駆逐任務中に死傷者多数、北東19キロ地点で森林火災発生、救命は絶望的です!」
「なに、それは本当か!? 対象はどうなった!?」
「死体の回収は出来ませんでしたが、心臓をナイフで突き刺しました。未知なる能力を有する異能者だったので確証はありませんが、既に死亡した可能性が高いかと思われます!」
現況説明を終えると、上官たちは会議を中断して方々へ指示を飛ばし始める。ルシアは通り
Μην επαναλαμβάνετε την ιστορία.
「フューイ、貴方は将来、何になりたい?」
「僕は、皆の平和を守れる格好良いヒーローになりたい!」
「あら、ヒーローって言っても色々あるのよ? 貴方はどんなヒーローが格好良いと思うの?」
「そんなの、決まってるよ! 世界の平和を守るために命を懸けて悪者と戦う、お父さんみたいな、異世界転生者を駆逐するヒーローだよ!」
「そう、素敵ね。きっと、お父さんも喜ぶわよ。」
「うん!」
「だったら、お父さんは何のために異世界転生者と戦っているか分かる……?」
「そんなの、世界の平和を守るために決まってるよ!」
「異世界転生者を倒すことと、世界平和はどう関係するの?」
「それは、えっと……。分かんない。」
「だったら、今日は5歳になったフューイのために少し昔話をしてあげましょうか。」
──その昔、穢れを知らぬ世界は7つの国に分かれて、友好的な生活を営んでいました。沈まぬ太陽と熱砂の大地の国・ソルパイス、明けぬ夜と機械仕掛けの地底都市・ルーネイス、尽きぬ炎と極寒の丘陵地帯・マルテイス、広大な海に面した美しい水の都・ミュルコレイス、長閑な自然と肥沃な土壌に恵まれた平地・フピテイス、最大規模の市場経済と発展した商業により富める国・べヌテイス、最先端の娯楽文化を有する国家間交流の中心地・サバーデイスが、それぞれ均等に世界の領土を分け合って、助け合って暮らしていました。
ですが、その平和的な均衡も、ある日突然崩れ去ることになりました。何処からともなくやってきた「異世界転生者」と呼ばれる迷い人が、ソルパイスへと流れついたあの日から。
異世界転生者は、誰も知らなかった世界の仕組みを熟知していました。他国と比べて降水量が圧倒的に少なく、灼熱の太陽が降り注ぐ不毛地帯だったソルパイスで飢餓に喘ぐ人々に食料生産に係る技術を伝授して、幾人もの命を救いました。民は転生者を神格化して、
異世界転生者は「銃」と呼ばれる武器の制作方法を伝授しました。それまで国防力で圧倒的に劣っていたソルパイスの軍備は瞬く間に拡充され、七国を巡るの勢力図は、その日を境に一変することとなりました。
それだけではありません。特筆すべきは、異世界転生者だけが
一方、対外的に絶大な力を得たソルパイス国内では、数々の問題が生じるようになりました。著しい経済発展の裏で国家間に貧富の格差が生じた上、もともと世界に存在していなかった「銃」なるものが社会に蔓延ったことで、過去に類を見ない凶悪犯罪が著しく増加していきました。さらに、ソルパイスの圧倒的な軍事力に対抗するため、他の六国は止めどない軍拡競争を始めました。
ソルパイスは、国内の治安維持に向けて英雄である異世界転生者に広範な権限を与えました。彼の機嫌を損ねないために、欲するものは何でも与えた結果、転生者は酒池肉林の生活を送っていくうちに、傍若無人な振る舞いをするようになりました。どんどんと欲深くなっていく男は、ソルパイスでの生活に退屈して、絶対的な力を駆使した覇権主義政策のもと、他の六国へ戦争を仕掛けました。
強大な軍事力で他を圧倒するソルパイスと六国によって組織された連合軍による戦争は後に100年戦争と呼ばれるように、数世代を巻き込んだ泥沼化の様相を呈した挙句、戦闘員の全滅を以て終結しました。そこには、勝者や敗者と呼ばれるような人間は既に存在しておらず、残された数少ない人間は皆、絶望の
そうして幾年もの時を経て、私たちは生まれたのです。お爺さんやお婆さんは誰しもが口を
「お母さん! さっきから何処を読んでるの? 絵本には何も描いてないよ!」
「絵本にはそんなこと描いてないわ。今のは貴方のお
「とにかく、異世界転生者は勝手に人の家に入ってきて荒らそうとしてくるような、悪い奴なんでしょ!? そんな奴、僕がやっつけてやるんだ!」
「でも、異世界転生者は恐ろしく強いのよ? 未だに分かっていないことも多いの。きっと多くの危険を伴うわ。」
「そんなの分かってるよ! だけど、黙って見てるだけじゃあお母さんも危ない目に遭うかもしれないでしょ? 僕は皆を守れる強い男になりたいんだ!」
「フューイは優しい子ね。じゃあ、今から良く寝て、良く食べて、大きく成長しないとね。」
「うん!」
「貴方はお父さんの子だから、きっと強くなれるわ、フューイ。だって貴方は──」
Μην επαναλαμβάνετε την ιστορία.
懐かしい夢を見ている気分だ。遠い昔、まだ両親が生きていた頃の在りし日の思い出が脳裏に蘇ってくるようだ。俺は、志半ばで死んでしまったのだろうか。だが、誰かが遠くで俺の名を呼ぶ声が聞こえる。
「フューイ!」
「うぉ……。ルシア……?」
「良かった! 目を覚ました!」
煌々と光る蛍光灯に照らされた医務室の片隅に置かれたベッドに横たわる俺をパイプ椅子に座って見下ろすルシアは、ほっと胸を撫で下ろして俺の目覚めに安堵している。部屋の窓から見える外はすっかり暗くなっている。
「意識ははっきりしてる? 自分が何をしていたか思い出せる?」
「悪い。いまいち記憶が曖昧なままで……。」
俺の言葉を聞いて、ルシアが心配そうに事の経緯を説明してくれる。まず、ここは俺の故郷であるフピテイス南部の街にある基地らしい。俺は国家直属の異世界転生者対策課の分隊に所属している兵士・フューイで、歳は昨日で20歳になる。
国土全体を網羅的に監視するレーダーに引っ掛かった人影を調査すべく、本日午前中に特殊任務に当たっていたところ、調査中に異世界転生者を発見して分隊長に駆逐を命令された。だが、転生者の世界への順応が予想外に早かったため苦戦した結果、分隊に壊滅的被害が及び、俺も命の危機に瀕していた。
「どう、思い出して来た……?」
「あぁ、何となく……。」
「良かったぁー! フューイまで死んじゃったら、どうしようかと思ったわよ!」
「そうだ、他の皆は!?」
ルシアの顔色を見れば、答えは聞かなくとも分かっていた。どうやら、副分隊長のセルディアが放った火炎の影響で森林火災が発生したため、死体は焼けて判別不明の上、人数も分からないらしい。だが、生存を期待することはできないだろう。
「おのれ転生者め……。どうして俺たちの世界に混沌をもたらそうとするんだ!」
「落ち着いて、フューイ。それを突き止めるのが私たちの仕事でしょ。」
そうだ。俺たちの最終目標は、何故か特殊な異能を持って現れる異世界転生者の発生源を特定して、緩んだ蛇口を閉めるように、その源流を大元から断つことにある。そのためには、転生者を拘束して情報収集に努めなくてはならない。だが、今回のケースのように転生者が異常に強力な能力を持っていたり、卓越した知能を有していたりすると、仮に身柄を拘束できたとしても脱走の危険性が高く手に余るので、殺処分するしかないのだ。
通常、転生者はこの世界に現れた直後は自身の能力について熟知していない傾向がある。つまり、発見が早ければ早いほど安全に始末できるはずなのだ。もっとも、今回のように運が悪ければ、転生者が自身に備わった能力を使いこなせるようになるので、油断は禁物だ。
「ここ最近は良く分からない異能を使う転生者が多すぎる。今回の奴なんて、高威力の爆発を何回も起こそうとしてたぞ……。」
「不可解ね。少なくとも変換系の能力だったら1発目からエネルギー切れになってもおかしくないはず。それなのに、奴はちっとも疲れる素振りすら見せなかった。」
「それに、異能は本来1人1つまでだ。例外はない。でも奴は反射系の異能も駆使していた。最近どんどん第1級汚染者の数が増えてるよな……。」
「えぇ。偶然だと良いけれど……。」
異世界転生者の危険性は、ステータスビューアーと呼ばれる拳銃の形状をした機械を用いて判別する。その昔、戦争中だった世界には銃と呼ばれる武器が存在していて、それを模した形に作られているのだという。もっとも、ステータスビューアー自体に殺傷力はなく、あくまでも対象の危険度を観測するための計測器だ。拳銃型をしているのは、何故か異世界転生者は銃を見ると怖がるという共通点を利用して、計測器を向けた時の相手の反応で転生者か否かを判断するためらしい。
ステータスビューアーは、異世界転生者の有する能力や知能水準をホログラムで表示する。ただし、具体的な能力の内容や知識を覗き見ることはできない。理解できるのは、対象の有する能力や知識がこの世界における既存のものなのか否かという事だけだ。本来この世界に存在しないはずの何かが異邦人によって持ち込まれた結果、人々が碌な末路を辿らないというのは歴史が証明している。
俺たち異世界転生者対策課の間では、相応のリスクは伴うものの対象の身柄を拘束すること事態は可能であるというのが第3級汚染者、理論上は収容可能だが相応の犠牲を覚悟すべきだというのが第2級汚染者、絶対的に収容不可能で駆逐する他ない超危険人物が第1級汚染者という区別が成されている。
どういう訳か、最近は第1級汚染者ばかりと遭遇するため、大量の殉職者が出ている。基地に入った瞬間に人の気配がほとんどしなかったのはそのためだ。もはや異世界転生者対策課は「死への片道切符」として、新規配属希望者も居ないため人員の補充にも難航している。
「しかも、今回は多くの戦闘員を同時に失っちまった。俺みたいな無力な人間が生き残って、優秀な異能者が次々に殉職していく……。俺はどうすれば良いんだ……!」
「でも、フューイは私を救ってくれた。貴方が居なかったら、私も死んでた……。」
ルシアは俺の背中の傷痕に触れて、慈愛に満ちた表情で慰めるようにフォローしてくれる。確かに、俺は大切なバディの命を救うことには成功した。それは誇るべき快挙だろう。落ち着きを取り戻した頭の中で、ふと1つの疑問が浮かんだ。
「それにしても、どうして奴は異能を発動させる寸前で失敗したんだろうな……?」
「それは私も気掛かりでずっと考えてた。私の目には、フューイが奴に拳をぶつけてから能力の発動が阻害されたように見えたんだけれど……。」
確かに、俺は瀕死の重傷を負って意識が
「一体、どういうことなのかしら……。」
原理は全く分からないが、俺もルシアも、俺によって引き起こされた土壇場で命を救った不可解な現象に、確かな希望を見出していた。
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