異世界転生者を駆逐しよう!

yokamite

Ep.1 異世界転生者を駆逐しよう!

 かつて、世界の領土を等分して良好な外交関係のもとに自国の領土を統治していた七国の民は、牧歌的な民主主義政策のもとに平和な生活を営んでいた。


 だが、そんなある日、突如として現れた「異世界転生者」を名乗る男が七国のうちの1つ・ソルパイスによって保護されたことで、世界の勢力図は一変した。


 依然として発展途上だったソルパイスは転生者を自称する男の類まれなる叡知によって、目覚ましい技術革新による産業革命を迎え、男の有する特異な能力によって圧倒的な軍事力を確立した。もともと世界に存在していなかった「銃」なるものが幾人もの命を奪い、著しい経済発展により国家間に貧富の格差が生じたことで、血で血を洗う戦争が勃発した。


 ソルパイスは瞬く間に国家の英雄となった男へ、広範多岐にわたる権力を与えた。すると男は、絶対的な権力と強大な軍事力によって覇権主義政策を打ち出して、他の六国を次々と侵略するように命じた。その日から、異世界転生者率いるソルパイスと他の六国が組織した連合軍による対立は決定的なものとなった。後に100年戦争と称される死闘が終結する頃には、緑豊かで美しかった世界は見るも無残に荒廃して、世界人口の9割が命を落とした。終末世界に取り残された人々の間には略奪や性犯罪が横行して、疫病も蔓延した。


 1000年以上の時を経て奇跡的に復興した世界で、なお詳細に語り継がれる100年戦争の歴史は、我々に教訓を与えた。「異世界転生者は争いの火種となる不法入国者だ。発見次第直ちに拘束せよ。歴史を繰り返すな。」




 Μην επαναλαμβάνετε την ιστορία.




「追えー! は森の中に逃げ込んだぞ! 隊列を崩さずそのまま突入しろー!」


「はい!」


 分隊長の号令によって鬱蒼うっそうとした視界の悪い森の中に入る。茂みを掻き分けるようにして腕を前に突き出しながら走る俺は、往生際悪く逃げ惑う対象の姿を僅かに捉えた。


「待て……!」


 全力疾走しながらでは掠れた声しか出すことができない。俺は一気に加速して対象との距離を詰めようと努力するも、生い茂る草木やまばらにそびえ立つ樹木と盛り上がった根っこに足を取られて、なかなか思うように動けない。


「フューイ! お先に!」


「あ、おい! ルシア……!」


 俺の名前を大声で呼ぶのは、俺のバディである長い黒髪を蓄えた1つ年下の少女・ルシアだ。ルシアは懸命に地を這って進む俺を嘲笑あざわらうかのように、自由自在に空を飛びながら俺に手を振って上空から対象を追跡する。


「森を抜けて先回りしておくから、フューイはそのまま対象を追って森の出口まで誘導して!」


「出口って、どっちだよ! はぁ、はぁ……。」


「大丈夫! 森の中は川と尾根に囲まれて実質的に一本道よ! とにかく、先に向かうから!」


 ルシアは数人の分隊員を連れて凄まじい速度で空を駆け、森を抜ける。


「良いねぇ……。様方はお気楽で……。」


 通常であれば、20歳を迎えるまでに人間は異能と呼ばれる特殊能力をその身に顕現けんげんさせる。ルシアのような飛行能力を習得する者も居れば、体内エネルギーを熱や電気に変換することができる者も居る。果ては透明化能力や透視能力といった自己強化能力を有する者も珍しくないが、犯罪に利用される危険もあるので、原則として異能者は能力の使用を法律で禁止されている。ルシアたち異能者が能力を使用することが例外的に許容されるのは、異能者の能力系統ごとに設けられた国家試験に合格して免許を取得した場合のみだ。


 免許を取得した後も、無暗むやみに能力を使用すれば即座に免許剥奪処分を受けることになる。悪用すれば人々の平穏な生活を脅かし得る強大な力である異能は「公益のために使用されるべきである」という大原則が前提にある。要するに、世の為人の為に異能を使うだけで、自分の為に使う事はそれ即ち違法であるということだ。


 ──では、ルシアたちは何の大義名分があって異能を駆使して対象を追っているかだって? それは間もなく分かることだ。


 もっとも、俺も昨日めでたく20歳を迎えたにもかかわらず、異能者としての能力は最後まで発現しなかった。そんな俺は分隊内で、出来損ないの無能力者と揶揄やゆされている。だが、そんな俺を見下すどころか、ただひとり味方で居続けてくれているルシアには、一生頭が上がらない。そんなことを考えていると、ようやく木々の間から燦々さんさんと降り注ぐ太陽の光が差し込むのが見える。


「ルシア……!」


 その先を見渡せば、先程空から俺を追い越して行ったルシアを含む複数名の分隊員が対象の行く手を阻む。


「フューイ! 『窮鼠猫を嚙む』よ! 絶対に油断しないで!」


「分かってる! ルシアも絶対に無茶はするな! 頼むから、……!」


 俺たちはやっとの思いで対象に追いつき、森の出口で挟み撃ちする格好となって追い詰める。十数秒もすれば、次々に残りの分隊員が到着して、遅れて分隊長もやってくる。総勢10人で対象を取り囲むと、逃げ場を失った男は膝に手を突いて肩で息をしながら、初めてその口を開く。


「な、なんなんだよお前ら……! 俺が何をしたって言うんだよ……!」


 俺たち訓練された大人が警戒心を剥き出しにして、命の危険を覚悟してまで目の前の優男を森の中まで追って来た理由──それは、この男がだからだ。俺たちは、国家直属の軍部・異世界転生者対策課の分隊に所属している、歴とした兵士なのだ。


「フューイ! ステータスビューアーを貸せ!」


「はい! 分隊長、こちらです!」


 俺は分隊長の命令に応じて、即座に腰のホルスターから一丁の拳銃のような機械を取り出す。分隊長は俺が投げ渡したステータスビューアーを受け取ると、それをすぐさま対象の眉間へと向ける。


「ひぃ……!」


「ふん。この形状を見て怯えたな……? やはり貴様は異世界転生者だということだ!」


 分隊長が拳銃の形状をした機械の引き金を引くと、機械上部にある小さなパネルからホログラムが表示される。そこには、眼前の男の個人情報ステータスが事細やかに記載されている。


「桁違いの異世界知識水準を検知した。こいつが世に放たれれば、確実に歴史は繰り返されることになる。それに、これは……。こいつは収容不可能だ! 第1級汚染者に認定する! 直ちに排除しろ!」


「「はい!」」


 分隊長の指令によって、待機していた分隊員は一斉に眼前の優男へと飛び掛かる。


「勘弁してくれ! 俺はさっきトラックに轢かれて死んだと思ったら、気が付いた時には良く分からない場所に連れてこられただけなんだ!」


「貴様は世界の均衡を崩壊させ得る不穏分子だ。問答無用、死ぬが良い……!」


 分隊長の放ったげきに呼応するように、副分隊長のセルディアが先陣を切って優男の命を刈り取ろうと突進する。彼は体内エネルギーを熱エネルギーへと自在に変換して火すらも起こすことができる、所謂いわゆる変換系と呼ばれる異能の持ち主だ。もっぱら戦闘向きのベテラン隊員である彼が率先して攻撃を仕掛けていったので簡単に片が付くものかと油断しきっていた俺は、次の瞬間、想像を絶する光景に立ち会うこととなった。


「悪く思うなよ。」


 セルディアが前方に手の平をかざすと、たちまち男の顔面目掛けて火柱が襲い掛かる。蜷局とぐろを巻いて立ち上る業火に男が今にも包まれようかとした刹那、断末魔のような悲鳴と共に、男の周囲から放射状に閃光が放たれる。


「うわああああ!!」


「なんだ……!?」


 その光に堪らず顔をしかめて目を閉じる。静寂に包まれた薄暗い森を照らす眩い光がようやく収まったかと思い、目を開けようとすれば何者かの苦しみ喘ぐ声が聞こえる。俺はセルディアが男を仕留めたのだと考え、歓喜の声と共に開眼した。


「セルディアさん! 流石で──」


「ぎゃあああああ!!」


 眼前には信じられない光景が広がっていた。そこには、火炎攻撃を仕掛けたはずのセルディアの身体が炎にまれる一方で、無傷のまま呆然と立ち尽くしている優男の姿があった。人肉が焼けただれる独特な異臭を放ちながら極度の苦痛に絶叫するセルディアはごろごろとのたうち回って、周辺の木々に炎が次々と燃え広がる。


「な、なんだ……? もしかして、俺って強いのか……?」


 眼前の憎むべき優男は、何が起きたか分からないといった様子で手の平を見つめている。


「反射系異能者だ! 戦闘員はナイフを抜け! 死にたくなかったら異能の発動は控えろ!」


 この異世界転生者はどういう訳か、自身への攻撃を加害者に反射させることができる能力を有しているようだ。男は異能の発動を自覚していないようだが、下手に攻撃すれば返り討ちに遭うだろう。


「リディア! 消火を急げ!」


 分隊長は燃え盛る炎に焼かれるセルディアのバディであるリディアに指示を出す。彼女は炎を扱うセルディアのバディとあって、水系の異能者なのだ。ここは異世界転生者の排除よりも森林保護が優先される。


「おお……! 何か色々出来るみたいだ!」


 俺たちが鎮火作業に気を取られていると、対象の男はなにやら合点が行ったように自信に満ち溢れた表情で、俺たちへと両手を向ける。


「っ、何か来る! 皆伏せて!」


 男の背後から成り行きを見守っていたルシアが叫ぶ。俺はいち早く彼女の声に反応して、咄嗟に頭を抱えて身をかがめる。刹那、俺の頭上を何かが爆速で過ぎ去ったかと思えば、背後から耳をつんざくような轟音と共に衝撃波が襲ってくる。


「うわぁああ……!」


 背中から爆風をまともに喰らった俺は、一瞬の浮遊感と共に男の方へと吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「っ、ぐはぁ……。」


 気道から肺に掛けて焼けつくような痛みが襲い、四つん這いになって激しく咳き込むと、地面には俺の喀血かっけつで水溜まりが出来る。


「おお、俺強すぎだろ! これって異世界転生って奴だよな! 第2の人生は勝ち組確定じゃーん!」


 地面に突っ伏した俺を見下して訳の分からないことをほざいている男を睨みつける。こいつ、皆を虫けらみたいに殺しておいて、何を笑ってやがるんだ。


「何だよ、その目は……。お前もそうやって俺をそんな目で見るのか!」


「フューイ、逃げて……! そいつ、複数系統の異能を同時に使えるみたい!」


「さっきから耳障りなんだよ! まずはお前からやってやる!」


 男はルシアの声に苛立った様子で振り返り、瀕死の俺を無視して彼女に向かって再び両手を翳した。──馬鹿な。仮に男が放った爆発が変換系の能力ならば、先程の威力は体内エネルギーを全て消費する勢いだったはずだ。そう何度も連発できるはずがないのに。しかし現実に、男の手の平からは今にも衝撃波が放たれようとしている。


「ルシア……!」


 俺は大切なバディのために我が身を犠牲にする覚悟を決めた。思うように動かない血塗れの身体を引きって男の前に立ちはだかり、俺は右手に拳骨をこしらえた。


「やめろおおお!!」


 悲鳴のような雄叫びと共に弱々しい拳を振り抜くと、理由は分からないが男の手に集中していた光の粒子が霧散する。


「な……! どうして!? さっきみたいに爆発しろよ!」


 男の動揺ぶりから察するに、これは男にとっても予想外の事態であるようだ。原理は分からないが、この機を逃す手はない。


「ルシア……! 今だ!」


「任せて!」


 俺が投げ渡したナイフを手に取ってさやから刀身を抜くと、ルシアは迷いなく男の心臓に刃を突き立てる。男は咄嗟に反撃しようとするが、訓練された兵士と能力に頼るしか能のない人間の戦闘力には歴然たる差がある。抵抗も虚しく、ナイフはあっという間に男の胸に埋まっていく。


「っ、は……。」


 心臓をひと突きにされた男は、声にならない声で虚ろな目を見開いて地面に倒れた。

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