Ep.4 異世界転生者を捕獲します!

 フピテイス南部基地の屋内に戻った俺は、嵐の中を駆けずり回っていたために泥塗れになった身体をシャワーで洗い流した後、食堂で早めの昼食を取りながら訓練中に起きた不慮の事故について必死になって弁明する。


「だから違うんですって! 俺は本当に異能なんて使えやしないんです!」


「嘘です……! フューイ君はきっと透視能力か何かを持った異能者で、そのことを隠して透明化した私の胸を──」


「んぐ。まぁまぁ、タルクモット。フューイ君はあんたの異能について知らなかったでしょ? ただの偶然だよ。」


 3人前はありそうな特大のカツカレーをもりもりと頬張りながらライラルがバディをいさめる。変換系の異能者は能力を使用すると体力を激しく消耗するので、失ったエネルギーを補給するために食事は欠かせない。


 俺は図らずも、透明化能力を有していたタルクモットが雨音に紛れて俺とルシアに奇襲を掛けようとしていることに気付いて不意に手を伸ばした結果、彼女の触れてはいけない部分に触れてしまった。そして俺は、あろうことかセクハラ目的で無能力者を騙っていた不埒者ふらちものだという嫌疑けんぎを掛けられてしまった。


「それにしても奇妙だね。実際に見てもらった通り、私は電気を操る変換系の異能の持ち主なんだけど、雨という天候の利があったにもかかわらずフューイ君には通用しなかった……。」


「そうです。フューイ君に触られた瞬間、私の透明化も強制解除されました。貴方、何者なんですか……?」


 俺の正体を怪しむように訝し気な視線でこちらを見つめるライラルとタルクモットに対して、俺は自身の潔白を証明するための言葉を持ち合わせていなかった。3日前の異世界転生者駆逐任務においても対象の攻撃を止めた謎の力の正体について、俺自身が理解していないためだ。


「フューイは先の任務においても転生者の異能による攻撃を阻止してた。もしかしたら、フューイが気付いていないだけで、貴方にもちゃんと異能が備わっているのかも!」


 ルシアは少し嬉しそうに俺の謎の能力を異能だと推察するが、その可能性はない。異能には自己強化系、変換系、反射系の3種類しか存在しないのに、俺の能力はそのどれにも当てはまらない。さらに俺は、異能者であれば直感的に感じることができるという身体にほとばしる力の奔流を感じることはない。


「なるほど。つまりフューイ君は世界で初めて、他者によって発動された異能を無効化することができる能力の素質があるということかい?」


 ライラルは指を鳴らして、ルシアの主張を簡潔に纏める。その言葉に首肯しゅこうするルシアとは正反対に、俺はかぶりを振ってその結論を否定する。


「待ってくれ。仮にそれが本当だったとしても、幾つかおかしな点がある。」


 例えば、俺が先日の転生者駆逐任務にて大怪我を負った際に、ルシアは負傷した俺を抱きかかえて街まで飛行能力を駆使して高速で移動した。その時、俺と接触していたルシアの飛行能力が解除されなかったことが不可解だ。


「その点についてはフューイ君の能力の発動条件が分からないことには何とも言えませんね。ライラルの電撃を無効化した際、フューイ君は彼女に直接接触しませんでした。異能を無効化する特殊能力は、必ずしも対象者に触れる必要がないということでは?」


 タルクモットの的確な指摘に、俺は反論材料を持ち合わせていないため押し黙るほかない。


「そうそう! あの時は確実に仕留めたと思ったのに、電撃をフューイ君に命中させても何の手応えも感じられなかったんだ。あんなのは初めてだよ!」


 前例のない特殊能力に興味津々といった様子で、ライラルは満面の笑みを浮かべながら俺の身体をべたべたと確かめるように触ってくる。その光景を見て、ルシアとタルクモットがそれぞれのバディの身体を引き剥がす。


「ライラル、近い。」


「おー? 嫉妬か、タルクモット?」


 仲睦まじい様子で言い争いを始める彼女らに咳払いをひとつ、俺は他の疑問をぶつける。


「そもそも、俺自身、能力の波動を感じないんです。相手の異能による攻撃を防ごうという明確な意思を持って防いでいる感じではなくて、結果的にそうなっているだけというか……。とにかく、任意に能力を発動しているという確かな感覚がないんですよ。」


 そう、先の任務でルシアの命を救った謎の現象も、ライラルの攻撃を防いでタルクモットの透明化を解除した正体不明の無効化能力も全て、俺の意思によって発動されたものではない。仮に今すぐ同じことを再現しろと言われたならば、俺はきっと当惑してしまうだろう。


「確かに、その点は少し不思議だよね。通常の異能者ならば、能力を習得した瞬間にすぐそれと分かる力の奔流を感じ取ることができるはずだ。フューイ君の主張によれば、それはない。確かに矛盾しているよね……。」


 顎に手を当てて眉間にしわを寄せながら真剣に考え込むライラルを余所目に、ルシアは明るい声を上げる。


「いずれにしても、これは吉兆だわ! もしフューイが異能を無力化することの出来る能力を有しているのだとしたら、対転生者任務においてこれほど頼りになる戦力は居ない!」


「一理ありますね。無効化の仕組みについては依然として未知の領域を出ていないので過度な期待はできませんが、能力の発動条件や無効化できる異能の範囲を知ることができれば、間違いなく人類の未来を切り拓く光明となるに違いありません。」


 突拍子もないルシアの意見にタルクモットは至って冷静なまま客観的な見地から賛同する。つい最近まで無能力者の出来損ないとして分隊内でも雑用係を任されていた落ちこぼれの俺がいきなり最前線の戦闘要員だなんて、プレッシャーが半端ではない。


 ──ビーッ、ビーッ……!


 訓練の収穫を語り合いながら濡れた髪がようやく乾いてきたかと言うところで、けたたましいサイレンの音が基地内部を駆け巡る。この音は、異世界転生者対策課の出動命令、即ち転生者の発生だ。


「フピテイス南部基地司令塔から緊急連絡。ここから南方7キロ地点の農村部で異世界転生者と思しき自然発生的人影有り。直ちに調査任務に移行し、転生者だった場合はその拘束ないし排除を命じる。異世界転生者対策課の兵士は総員出動せよ。繰り返す──」


 宇宙空間を浮遊する偵察衛星によって傍受したデータを基に、本来何もないはずの空間から突如として人型の影が発生した場合、異世界転生者の自然発生と見做みなして、最寄りの基地に待機している分隊に特命が下る。どうやらまたしてもフピテイス南部地方に転生者と思しき人影が発生したようだ。しかも、農村部に近いということは急いで対処に当たらなければ転生者がこの世界の原住民と接触してしまう。


「はぁ、おちおちご飯も食べていられないとはね。追加の助っ人もまだ到着していないみたいだし、私たちだけで行くしかないか……。」


「言ってる場合じゃないわ! 兵員輸送車に乗り込んでポイントまで向かうわよ!」




 Μην επαναλαμβάνετε την ιστορία.




 降り頻る雷雨によって泥濘んだ畦道あぜみちを大型の軍用車両で走り続けること15分間、俺たちはフピテイスとべヌテイスの国境付近に位置する農村地区・ジムロイへと辿り着いた。転生者と思しき人影が確認されたとの報告があった場所に到着した俺は車を停めて、折角シャワーを浴びて綺麗になった身体を再び雨にさらしながら捜索を開始する。


「こんな嵐だ。対象はきっと村の方に歩を進めて地域住民に助けを求めに行ったはずだよ。」


 ライラルの指差す方向を見れば、強風によってざわざわと音を立てている黄金色のススキが群生する大きな草原が一面に広がっていた。


「見て! 多分対象はこの草原を通り抜けて行ったのよ!」


 草原に近づいて周辺を捜索するルシアの先に視線を向ければ、草原を横断するようにススキが一部真っ直ぐに踏み荒らされた跡が残されていた。おそらく転生者は、ここを通って農村のある方へと歩んで行ったのだろう。


「でかしたぞルシア! 対象が誰かに接触して世界を汚染する前に食い止めるんだ!」


 俺たちは踏み荒らされて倒れたススキによって出来た道なき道を辿って雨の中を走り抜けた。吹き荒ぶ向かい風の中を負けじと走り続けること数分間、腰の高さまで伸びているススキを掻き分けながら、よろよろとした足取りで突き進む1人の女を見つけた。


「しっ! 隠れてください!」


 先頭で女の姿にいち早く気が付いたタルクモットが咄嗟に透明化すると、俺たちもタルクモットの透けた身体の先に今にも倒れそうな女を見つけて生い茂るススキの中に身を隠す。


「対象は衰弱している様子だし、雷雨で足音も掻き消される。後ろからこっそり近づいて仕留めれば──」


「いや、ルシア。これは好機だ!」


 そう、俺たちの目的はあくまでも異世界転生者の発生源を特定することにある。そのためには、転生者が捕縛可能なら無力化した上で拘束して、ありったけの情報を吐き出させなくてはならないのだ。


「君たち、油断は禁物だよ。どんな状況であれ転生者は未知の異能者だ。常に最悪の事態を想定して動くことだ。ステータスビューアーは持ってるよね?」


 ライラルの警告に、俺たちは首を縦に振って答える。転生者にこの世界の法則が当てはまらない以上、まずは対象の能力を分析しないことには全てが机上の空論に過ぎない。ステータスビューアーを使用した結果、対象が収容不可能と判断される第1級汚染者に該当した場合は、一見有利に見える状況下でも殺害する以外の選択肢はないのだ。下手を打てば、何人で不意打ちしようとも返り討ちに遭いかねない。


「雨風でステータスビューアーの有効射程範囲が落ちてる。もう少し近づかないとね……。」


 ライラルはそう言うと、隠密行動に適した透明化能力を持つタルクモットに拳銃型の機械を手渡して目配せする。確かに、対象の能力を計測するだけなら彼女以上の適任は居ない。俺は人間の透明化について知識としては知っていても、実際に見たことは一度も無かったため、タルクモットがステータスビューア―を手に取った瞬間に機械本体すら姿を消したことに改めて驚く。


「では、行ってきます。皆は対象に気付かれないよう一定の距離を保ったまま尾行を続けてください。」


 タルクモットの指示通り、俺たちは対象を見失わないように視界に捉えたまま、後方から辛抱強く後を付けて行くと、1分もしないうちに帰って来たタルクモットが音もなく透明化を解除していきなり目の前に現れたので、俺は危うく声を上げそうになる。


「結論から言って、対象は異世界由来の未知なる異能を複数所持する一方、知識水準は平均的な第2級汚染者のようです。口惜しいですが、暗殺が最も安全かと。」


 第2級汚染者に分類されるということは、対象の拘束自体は可能だ。とはいえ、それは戦闘要員10名規模の分隊として立ち向かった場合が想定されている。いくら対象が衰弱している様子を見せていて、地の利や天候がこちら側に味方しているとしても、転生者を相手取るのに4人では不足がある。タルクモットの言う事は正しい。──だが……。


「ここ最近の第1級汚染者の増加傾向は知っていますよね。今や転生者駆逐任務で七国は何処も多数の殉職者を出していて、優秀な異能者は次々にこの世を去っています。転生者の発生源を突き止めて世界平和を達成するためには、もはや俺たちには一刻の猶予も残されていません。第2級汚染者だとしても、今となっては貴重な情報源です……!」


 世界中で多数の死傷者を出している第1級汚染者の増加傾向はフピテイスにとどまらず、七国全土に広がっている。このままでは、異世界転生者の発生源を特定するよりも先に転生者に対抗できる世界中の異能者が殺害されてしまう。悠長に安全策ばかりをとってはいられないのだ。


「一理あるね。やろう! 対象を無力化して拘束するんだ!」


 俺の意見にライラルは賛成の意思を示す。ルシアの方を見遣れば、彼女も決意に満ちた瞳で俺を見返す。


「ありがとうございます! ライラルさん!」


「これからは命を預け合う仲だ。さん付けはいらないよ。」


「そう言う事なら、私も遠慮しないことにします。行きますよ、フューイ、ルシア!」


 タルクモットは即興で練り上げた作戦内容を俺たちに伝える。まずは透明化能力を駆使してタルクモットが雨音に紛れて対象に接近して陽動する。ルシアはその間に上空を飛んで戦況を見守りつつ不測の事態に備え、ライラルは対象がタルクモットに気を取られている隙に急接近して電撃を浴びせる。俺は対象が気絶ないし抵抗できなくなったところを縄で拘束するのだ。異能者の能力が何であれ、攻撃的能力は全て手の平から発動されるため、まずは優先的に手の自由を奪う必要がある。


「よし、作戦開始!」


 ライラルの掛け声と共にタルクモットは姿を消し、ルシアは空高く舞い上がる。対象は覚束ない足取りながらも、間もなく広大なススキの草原を抜けようとしていた、その時だった。甲高い悲鳴と共に対象の女は足首から大量に血を吹き出してその場に倒れ込む。対象の身体に触れた僅かな間だけ、血の付着した何かがきらりと光って再び消えた。おそらく、タルクモットがナイフで対象のアキレス腱を切断したのだろう。俺たちはその間隙を縫うようにして、対象へ一気に接近する。


「きゃぁあああ! 痛い! 何なの……!?」


 小柄で恰幅かっぷくの良い体型をした女は止めどなく血を流している足首を押さえて号泣する。悪いが、この世界への不法侵入者に同情している余裕はない。


「ライラル!」


「お任せあれぃ!」


 泥濘ぬかるみの中に手を突っ込んで、死なないように威力を調節した電撃を繰り出さんとしているライラルから距離を取った俺は茂みに隠れて機会を窺う。


「ぎぃああああああ!!」


 刹那、地獄の底から響くような絶叫と共に女は煙を上げながらライラルの電撃をまともに喰らう。後は俺が奴の手に縄を掛けて縛り上げるだけだ。俺は全速力で対象に接近してうつ伏せに抑え付け、その太い腕に麻縄を巻き付け始める。だが、次の瞬間、不思議なことに俺の腹部を何かが爆発したかのような鈍い痛みが襲い、身体が宙を舞っていた。


「がはぁ……!」


 何が起きたのかと思い、即座に起き上がって対象を観察すれば、何と先程まで大量出血していた女の足首は何事もなかったかのように傷が塞がっていて、俺の腹には女の足の裏についていた泥がべったりと付着していた。そう、俺は倒れ込んだ状態の女に蹴りを入れられたのだ。


「治癒能力、だと……!?」


 すると、先程まで弱々しい足取りで衰弱していた様子を見せていた女がゆっくりと立ち上がって俺たちを睨む。そして、その場に居る全員が作戦の失敗を認めざるを得なかった。俺たちは次第に激しさを増していく暴風雨の中で女と対峙して、次なる一手を考える必要に迫られるのだった。

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