Ep.5 最強の助っ人の登場です!

 フピテイスとべヌテイスの国境付近に位置する農村地区・ジムロイを暴風雨が襲う中、突如として発生した異世界転生者に対処するために現場に赴いて調査活動を開始した俺たち4人は、対象が第2級汚染者として危険度が中程度であることから、急遽捕獲作戦を立案・遂行していた。


 だが、フピテイス・ミュルコレイス間の国境に駐在する警備隊からやってきた助っ人であるライラルとタルクモットの華麗な連携によって無力化されたと思われた対象は、負傷した足首を即座に治療して縄で腕を拘束しようとした俺の腹部に爆発のような凄まじい威力の蹴りを見舞った。俺の身体は紙吹雪のように宙を舞って、背中から地面に叩きつけられたことで一時的な呼吸困難に陥る。


「かはっ……! 馬鹿な、治癒能力なんて聞いたことがない……。」


 それに、俺だって弱冠20歳ながらも十分に鍛え上げられた兵士だ。うつ伏せに倒れ込んだ女性の後ろ蹴りで吹き飛ばされるなんてことは、通常ならば考えられない事態なのだから、ある種の自己強化系能力も併せ持っているのだろう。やはり、俺たちは見縊みくびっていたのだ。異世界転生者による未知なる能力を。


「フューイ……!」


 鳩尾みぞおちに衝撃が走ったことで身動きの取れなくなった俺の身体を、ルシアは空路を通じて退避させる。俺たちは眼前で不敵な笑みを浮かべる女の能力に対抗すべく、計画の変更を余儀なくされるも、女の手の内が分からない現状で妙案など思い浮かぶはずもない。


「何か良く分からないけど、疲れも取れて傷も治った! 凄い! 私って特別なんだ!」


 独りちて悦に入る女に対して手をこまぬいていると、嵐によって水を吸って重くなった土が不自然に盛り上がって形を成す。刹那、稲妻が走ると共に俺たちの前には2つの巨影が姿を現した。それは、女の異能によって生み出されたと思しき粘土製の傀儡かいらいだった。


「そんなこともできるのか! こいつは厄介だね。私の異能は役に立たなさそうだ……!」


 ライラルの電撃は2体の傀儡相手には全くの無力だ。かと言って、そもそも有効な攻撃手段を持ち合わせている異能者はこちら側に居ない。


「ラッキー! 私って最強じゃん! 今のうちに逃げちゃおっと!」


「待て!」


 傀儡を生成した主である女は、俺たちが手子摺てこずっている間に農村の集落へと向かって走り去って行く。異世界転生者をこの世界の人間と接触させる訳にはいかないので、透明化能力によって女を追跡しようとするタルクモットだが、行く手を阻むように土人形が大振りの打撃を放つ。


「くっ……! この傀儡、私の居場所が視えているようですね……!」


「フューイ! 訓練の時みたいに貴方の異能を無効化する能力で何とかならないかしら!?」


 ルシアは期待に満ちた眼差しで俺を見つめるが、生憎それは無茶振りもいいところだ。既に一同で話し合ったように、俺にそんな稀有な能力が顕現していたとして、その発動条件すら分からないようでは命を懸けた行動を起こすこともできない。そうこうしている間にも、2体の傀儡はゆっくりとススキの草原を闊歩して、徐々に俺たちとの距離を詰めてくる。


「埒が明かないね……。仕方ない。ルシア、ここはお姉さんたちに任せて、フューイを連れて対象を追ってくれないかい!?」


 打開策のない現状に焦れた様子のライラルは、ルシアに空を飛んで現場を離脱すると共に女を追跡するように指示を飛ばす。だが、4人で戦っても手に余る巨大な怪物を相手に彼女たちを置いていくのは気が引ける。


「ライラルの言う通り、良いから行ってください! 異能の使用者である対象を捕縛すれば、この得体のしれない傀儡の対処法も聞き出せるかもしれない!」


 雷鳴にも劣らない叫び声を上げるタルクモットの発破に応じて、ルシアは俺の身体を持ち上げてその場を去って女の向かって行った方角へと急旋回する。俺は空中から何とか訓練の際に見せたような無効化能力を発動できないかと念を送るも、そんなもので状況が好転する訳がなかった。ライラルは空を飛ぶ俺たちに意志を託すように手を振った。




 Μην επαναλαμβάνετε την ιστορία.




 女の逃げて行った先へと向かえば、すぐそこは農村の集落だった。俺たちは女が地域住民に助けを求めたのではないかと考え、一軒ずつ聞き込みを開始することにした。もっとも、相手が異世界転生者であることを知りながら、その人物を意図的に匿ったり庇ったりする者は処罰の対象となるため、この暴風雨の中で見知らぬ女が自宅に押し掛けたとあれば、多くの者はその身分を疑って中には入れないだろう。俺たちの予想は、早くも的中することになる。


 ──ドンドン……!


「すみません! 少々お話をお伺いしてもよろしいでしょうか!?」


「はぁ、またか。嵐の最中、こんな辺鄙な村まで何用で……?」


 俺とルシアは手分けをして近場の家から戸を叩き、女の行方を知らないかと探りを入れる。


「あぁ、それならさっき異国風の格好をした女が来て、嵐が止むまで泊めてくれないかとか言って、あんたみたいにうちの戸を叩いてきたよ。泥塗れで何だか不気味な風貌をしてたからね。丁重にお断りしたんだ。そしたら、不貞腐ふてくされてあっちの方へ走り去って行ったよ。」


「本当ですか! ご協力、ありがとうございました!」


 俺は別の家を訪問していたルシアを呼んで、今し方手に入れた現地住民の証言を共有する。


「それなら、私も同じことを聞いたわ! どうやら対象は向こうの方へ行ったみたいね!」


 俺が入手した情報は、ルシアの聞き及んだ別の証言の内容とも合致したようで、彼女はもう一度俺を背負って空から女の足跡を追う。すると、村外れの掘っ立て小屋の屋根の下で、雨風を凌ぐように身を縮こませている女の姿を認めて、ルシアは急降下して接近する。


「不意討ち上等! フューイ、下りて!」


「了解!」


 俺はルシアの背中から飛び降りて泥濘へと着地する。その飛沫が女の視界を奪ったと同時に、ルシアによって高速で放たれる落下の勢いを乗せた凄まじい蹴りが座り込んでいた女の顔面を直撃して吹き飛ばす。倒れ込んだ女が二度と治癒能力を使用できないように、俺はまず女の腕の腱をナイフで切り刻むことにした。


「クソ野郎共が! もう許さない!」


 だが、女は弾丸のようなルシアの蹴りを諸に喰らったにもかかわらず、透かさず起き上がって俺に向かって渾身の拳を繰り出す。その予想外の行動に、俺は反応が遅れて手の平を緩衝材代わりにすることしかできなかった。


「ぐっ……! 治癒が早い! こんな奴が本当に第2級汚染者なのかよ……!」


「黙れ! お前らはもう死ね!」


 激高した女は力任せにナイフを奪い取って俺の胸に突き立てようとする。それを阻止するため咄嗟に女の腕を掴むと、先程までの異常な怪力は微塵も感じられず、あっさりとナイフを奪い返すことができた。


「くそっ! 何で!?」


「ルシア、今だ! もう1発お見舞いしてやれ!」


「だったらもう良い! お前らも私と同じ目に遭え!」


 攻勢を緩めまいと、ルシアに追撃を指示したその時だった。女の咆哮に呼応するように、天を覆う雨雲から耳をろうさんばかりの霹靂へきれきと共に閃光が俺とルシアの身体を貫く。


「「がぁああああああ!!」」


 天地がひっくり返るかのような衝撃を伴って視界が明滅を繰り返す。得意げな表情で高笑いする女の様子から察するに、信じ難いがこれも女の仕業だろう。全身が麻痺して動けない俺とルシアにゆっくりと近づいてくる女は、止めを刺そうとナイフを拾い上げて利き手に持ち替える。今度こそ死を覚悟した俺たちの目の前に、2つの人影が現れた。


卑小ひしょうわっぱ共よ。見ておれぬわ。」


「全くです。先生、手早く片付けてしまいましょう。」


 そう言って俺を見下す人影の正体は、残してきたライラルやタルクモットではなく、白髪に無精髭を蓄えた老人と黒髪の若い男性だった。


「こ、ここは、危ないですよ……! すぐに避難して、ください……!」


 息も絶え絶え、焼けつくような喉の痛みを押して俺は何とか2人に警告する。それを聞いた老人は鼻で笑い、黒髪の男はやれやれといった表情で溜息を吐く。


「自己紹介がてら、ひと仕事するでな。そこで寝転がったまま見ておると良い。」


 老人は俺とルシアを交互に見遣ると、女の方を振り返って軽やかな身のこなしで近づいていく。


「な、なんなの……! 貴方も私の邪魔をするの!?」


 女は敵意を剥き出しにして、老人に対して再び地を穿つような落雷を準備する。そして目にも止まらぬ閃光が無抵抗の老人の身体を切り裂いたと思った頃には、そこには既に彼の姿はなかった。


「ど、何処に消えたの!?」


 俺は声も出せなかったが、心の中では憎き眼前の女と同じことを呟いた。刹那、その光景を黙って傍観していた若い男は肩に担いでいた長巻を抜いて臨戦態勢を取る。すると、男は雷光にも劣らない踏み込みで女との間合いを一瞬のうちに詰め、刀身が長く見るからに重そうな長巻をまるで木刀かのように鋭く振って女の身体を袈裟けさに切り裂く。


「ヴィント、殺してないな?」


「グヴァリオ先生、ご安心を。峰打ちです。」


 グヴァリオと呼ばれた老人は、まるで始めからそこに居たかのように女の背後から姿を現して、何の躊躇ためらいもなく肩の関節を外して腕を縛り上げる。


「ぎぃぁあああ!!」


「この程度で騒ぐでないわ。貴様にはこれから死よりも恐ろしい運命が待ち受けておる。」


「先生、こちらも。」


 ヴィントは自殺防止用の猿轡さるぐつわを女の口に噛ませて、目隠しを付けるとグヴァリオは女と共に、疾風の如く再びその姿を消した。


「フューイ、ルシア! 無事かい!?」


 グヴァリオとすれ違うようにして、俺たちを逃がしてくれたライラルとタルクモットが満身創痍といった様子で合流した。刀身の雨粒を払って鞘に納めたヴィントは、ようやく俺たちに向かってその重たい口を開いた。


「お前ら。異世界転生者を相手にたった4人で捕獲作戦など、さぞかし粒揃いの実力者だと見受けられるが、この醜態はなんだ……?」


 呆れた様子で皮肉たっぷりに言うヴィントの言葉に、反論の機会を見失う俺に代わって、タルクモットが捕獲作戦の実行に至るまでの経緯を説明する。


「異世界転生者の発生源を特定して根本から絶つためには、第2級汚染者は可能な限り拘束して有りっ丈の情報を吐き出させるしかないんです。無謀な作戦であることは百も承知でしたが、不意討ちならば成功の見込みは高いと判断したまでです。」


「そんなこと、から知っている。結局お前たちはしくじったじゃないか。」


「見ていた、とは……?」


 含みを持たせた言い方に疑問を持って聞き返すタルクモットに、ヴィントはまたも溜息を吐きながら答える。


「俺たちはフピテイス南部基地による召喚指令に応じてべヌテイス国家直属精鋭部隊から派遣されてきた異世界転生者対策課の兵士だ。嵐の影響で予定よりも大幅に遅れたが、つい先程デロント司令官のもとまで到着したところ、お前らが緊急任務中だと聞かされてな。現場まで馳せ参じたという訳だ。」


「待ってくれ! フピテイス南部基地からここまでは7キロも離れてるんだよ!? 君たちはどうやってそんなに早く──」


「それは先生──グヴァリオ老師のお力添えの賜物たまものだ。彼は1世代に1人の逸材、なのだからな。」


 ギフテッド──それは数十年に1人しか現れないと言われている生まれながらにして異能を習得している稀有な存在に対する畏敬の念が込められた呼称だ。通常であれば、人間は20歳に近づけば近づくほど異能の習得率が上がっていく一方で、若いうちに習得しているほど異能自体の力は強くなる傾向がある。そのため、先天的に異能を持っている人間には驚異的な力が秘められているのだ。ヴィントの言葉が本当であれば、グヴァリオはこの場に居る誰よりも、下手をすれば全員が束になって襲い掛かっても敵わないだろう。


「グヴァリオさんの強さは分かった。では、彼の異能は何なんだ? 見たところ自己強化系であることくらいしか分からなかったが……?」


「鈍い奴だ。先生は音速をも凌駕する速度で平地を移動できる異能の持ち主である。本来、先生おひとりであれば人間の動体視力では到底追いつくことが出来ない速度で移動できるが、私を背負って現場まで運んでいただいたため到着が遅れた。」


 なんと、傍から見ていれば瞬間移動かと思わせるくらいに神出鬼没だったグヴァリオの異能の正体は単なる移動速度強化だったというのか。それに、人ならざる怪力を持ち合わせていた女の能力を歯牙にも掛けず、いとも容易く腕間接を外して身柄を拘束してみせた無駄のない動きから、異能以外の面でも熟達した技術が垣間見えた。これほど頼りになる助っ人は居ないだろう。


「何はともあれ、ヴィントさんには命を助けられました。ありがとうございました。」


 俺は命の恩人であり今後の戦友でもあるヴィントに挨拶代わりの握手を求める。だが、ヴィントは俺が差し出した右手を弾いて冷酷に言い放った。


「雑魚と馴れ合うつもりはない。お前、転生者を目の前にして何が出来た? お前と共に戦っても足手纏いになるだけだ。身の程を弁えて故郷くにに帰ったらどうだ?」


「貴方、命を賭して戦ったフューイに対して、何て言い草なの!? 今すぐ彼に謝って!」


 ルシアは泥塗れの身体を引き摺って俺とヴィントの間に割って入り、怒気を孕んだ声を上げる。


「何について謝罪する必要がある? 俺は事実しか述べていない。お前もお前だ。異能には随分と自信があるようだが、能力に頼り過ぎるあまり実力不足を自覚出来ていないな。俺たちの戦闘を見て、力の差を理解できていないことがその証左だ。」


 突然の来訪者によって、誰ひとり落命することなく無事に任務を遂行することができた俺たちだが、空を埋め尽くする黒雲のようにどんよりと重苦しい雰囲気が立ち込める。前途多難な運命を前にして、俺はヴィントの冷淡な言葉によって懐かしい故郷にてルシアとの出会った時のことを思い出していた。

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