草原






豆太郎が倒れた。


胸を押さえて崩れるように倒れ、

救急車で病院に運ばれ集中治療室に入って3日目だ。


彼がふっと目を開けた。


周りには人はいない。

彼には白い天井が見えた。


( 俺はどうしたんだ、ここは病院か?

息苦しくなったのを何となく覚えているが……。 )


その時、ひょいと黄色い頭の顔が見えた。


「豆ちゃん、どうした。」


千角だ。

もう何十年も見ていなかった千角だ。

豆太郎は視線を動かす。

するとその後ろに一角がいた。


「豆太郎君、病気か。心臓だな。」


彼は腕組みをして難しい顔をしていた。

豆太郎は何か言おうとしたが口元には酸素吸入器がある。

それを取ろうとしたが体が動かなかった。


「仕方ないなあ。」


と千角が豆太郎の体を起こした。

一瞬ひどく体が重く息が出来なくなったが

すぐに楽になった。


そして豆太郎は大きく背伸びをした。


「なんだよ、お前ら、何十年ぶりだ?

二度と顔を出すなと言ったのに。」


一角と千角がにやにやと笑う。


「20年ぶりかな、すっかり爺さんになったな。」

「うるせえ、89歳だよ。じじいだ。

しかし、お前らは昔のままだな。ムカつくな。」

「仕方ないよ、僕達は鬼だから。」


豆太郎は二人を見た。


「ところでお前ら、何しに来たんだ。

宝探しか。」


彼らは顔を合わす。


「違うよ、豆ちゃんにお別れを言いに来たんだよ。」

「お別れ?もう現世には来ないと言う事か。」

「いや、豆太郎君と二度と会えなくなるから、

最期に会いに来たんだよ。」

「最期……?」


豆太郎はふっと自分が倒れた時の事を思い出した。


その時まで体に変調は全くなかった。

歳を取って昔より体は動かなくなったが健康そのものだった。

あの一寸法師で生活をし、結婚もして子どもも孫も生まれた。


その間に何度一角と千角が来て騒ぎに巻き込まれたか。


「俺とさよなら?」

「だって豆ちゃん、死ぬんだもん。

豆ちゃんは絶対に地獄には来ないから

もう二度と会えないだろ。」


千角がさらりと言う。

一瞬豆太郎は何を言われたのか理解が出来なかった。


「……俺、死ぬのか。」

「そうだよ、豆太郎君の寿命はもうすぐ尽きる。」


しばらく豆太郎は何も言えなかった。

だが、


「……89歳だもんな、そろそろ死ぬよな。」

「そうそう、89歳なら人は結構な長寿だろ。」

「まあ、確かに。」

「死んだらどうなるんだ?」

「豆太郎君は極楽だよ。全然悪いことしてないし。

そう言えば金剛さんと桃介とピーチもいるよ。」

「そうか……。」


彼は複雑な顔をして黙りこんだ。

だがしばらくするとくすくすと笑いだした。


「なら悪い事もすれば良かったな。

そうしたらお前らとまた会えたのにな。」

「バカ言うなよ、豆ちゃん、

そんな気持ちなんて全然ない癖に。」

「そうだよ、悪い事をした豆太郎君は想像出来ないな。」


一瞬皆は黙り込んだが、

すぐに顔を合わせて笑い出した。


「本当にお前ら変な鬼だったな。

会えば甘い物ばかり食べて。」

「パフェだろ、美味しいよな。それにゆかり豆な。」

「豆太郎君がいなくなったら誰にもらおうかな。」

「自分で買いに来いよ。今じゃあの辺りの名物だし。

何処でも手に入る。

それと梅蕙ばいけいばあちゃん元気か。」

「ああ、元気だよ。豆ちゃんによろしくと言ってたよ。」

「ばあちゃん大事にしろよ。」

「ありがとう、豆太郎君。」


豆太郎は空を見た。

そこは病室でなく広々とした草原と空が広がっていた。


「そうか……。」


豆太郎が呟く。

彼は立ち上がった。

そして一角と千角の方に振り向く。


「お前ら、絶対に人を喰うなよ。約束だぞ。」


千角がやれやれと言った様子で肩をすくめた。


「最後までそれかよ、全く豆ちゃんは。」

「分かったよ、約束するよ、豆太郎君。」


それを聞いて豆太郎はにやりと笑うと手を上げて姿を消した。

その姿は若い頃の彼だった。


草原にすうと風が吹く。


一角と千角はしばらく豆太郎が消えた所を見ていたが、

やがて二人も静かに姿を消した。









「そう言えばおじいちゃん、

死ぬ前ってずっと笑っていたね。」


お墓の前で制服を着た少女が母親に話していた。

その横には彼女の祖母もいる。


「そうだね、微笑んでいると言う感じだったね。」

「辛そうじゃなかったのは良かったけど。」


少女はお墓を見た。


「おじいちゃんがいなくなって一年経ったけど、

やっぱり寂しいな。」


祖母が墓に手を触れた。


「きっと良い夢を見ていたんだよ。

どんな夢か分からないけど、本当に真っすぐな善い人だったから、

今頃は空の上からこちらを見ているよ。」


三人は空を見上げた。

青空に柔らかな綿雲が浮き、穏やかな日だ。


静かに風が吹く。

そこに小鳥が二羽飛んで行った。


小さなさえずりが聞こえる。

美しく優しい声だった。



















わたしがかんがえたさいこうのさいしゅうかい その1

2023/01/27版





この話を書いたのは一角と千角の一天地六を書いたすぐ後です。


一天地六の目星がついて推敲している時にむくむくと……。

そう言うものはその時に書かないと

消えてしまうのですぐ書きました。

この最終回を読み返して、

これは豆太郎君を結婚させなければいけないと思ったのでした。


だって祖母が出てるのです。

その祖母は豆太郎君の奥さんです。


次作の「人の縁は神の采配」が出来たのは

この最終回がきっかけです。

この時には衣織さんや美行さんはまだいません。


豆太郎君は一天地六では悲しい思いをしたので

たまには幸せな思いもしてもらわないと、

と言う事で「人の縁は神の采配」では豆太郎君はラブラブです。

良いなあ、若いっていいねぇ。


それでこれは一応最終回ですが、

いわゆる、


わたしがかんがえたさいこうのさいしゅうかい その1


となります。


最近大作を描かれている方々が

その途中に残念ながら死去されるニュースを聞きました。


読み手としては大変悲しむべき出来事です。

そのお話は最終回を描かれる事なく終わるのです。

心ある方々のお力でその続きをえがかれる事もありますが、

作り出したご本人の中にあったそのものであるかは分かりません。


そして一番の悲劇は亡くなられたご本人が感じていると思います。


頭の中ではああしたろ~、こうしたろ~と

嵐の様に考えていたはずです。

しかしそれは日の目を見る事無く消えてしまったのです。


無念極まりないでしょう。

私なら化けて出ます。

パソコンの前でぼーっと座っている姿を見た、

絶対いたよね、と家族が話すでしょう。


そのような方々と私を並べるのは大変におこがましい話ですが、

私もそれなりの歳なので今考えている事がぷっっりと切れてしまったら

悔しくてたまらなくなると思うのです。


作家の方の話で気力溢れる若い時に最終回を書いておいて

歳を取ったら発表すると聞いた事がありますが、

私にはそんな余裕はもうありません。

だって、もうおばあさんだもん!フンフン!


ここに出させていただいた作品も

発表する時にはなるべく完結済みであるのも同じ理由です。

小出しにしちゃだめだと思いました。


と言う訳でいきなりの最終回です。


でも思いついたら何か書きます。

そうするとこの最終回と違う最終回が出てくる可能性があります。


そんな時は

わたしがかんがえたさいこうのさいしゅうかい その〇

となるので

ギャグで引っ張るかよと笑い飛ばしてください。

ようするに面白ければ良いのよ。


と言う事でここまで読んでいただいた方、

本当にありがとうございました。

思い出したらまた読みに来て下さい。

お待ちしています。



2023/01/27 記

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一角と千角3・外伝 ましさかはぶ子 @soranamu

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