黒市場
maria159357
第1話無情な神様
黒市場
無情な神様
登場人物
イオ
その他
死は人生の終末ではない。生涯の完成である。 ルター
第一商 【 無情な神様 】
「おじさん、お薬頂戴」
「おじさんじゃない」
いつかの世の、いつかの時代、輝かしい表舞台とはかけ離れた場所に住んでいる人達がいた。
破れた洋服、廃れた家屋、売っているものはみな腐り、道端に転がるのは食べ物かそれとも人間の身体か。
一方、そんな暗い世界から少し離れた場所では、宝石や豪華な洋服で身を包んでいる人達もいた。
あまりにも真逆な世界は、客観的に見れば不公平だ。
そんな不平等な世界でも生きて行かなければいけない人達は、日々を苦しんでいるのか、悔しんでいるのか、嘆いているのか。
誰にも分からない他人の気持ちは、本人たちにも知り得ない。
廃れた街の一角に、何も売っていないにも関わらず、毎日そこにいる男がいた。
腐ったリンゴの一つでも売っていれば、誰かが盗むかもしれないが、何も出していない男の前に、足を止める者は見られない。
誰も通らない時間が過ぎて行くなか、一人の少女が男の前に来た。
フードを顔深くまで被ってしまっていて、表情も分からない男の顔を覗き込むように首を横に動かすが、それでも見えなかった。
前髪をわけておでこが見えている長髪の少女は、一枚の薄い汚れたワンピースを着ている。
「おじさん、お薬頂戴」
「・・・・・・。ここは病院じゃありません」
「妹がね、病気なの」
「お医者さんにもらってください」
「お金がないの」
「・・・・・・」
小さくため息を吐くと、男は顔を少しだけ上に動かした。
「おじさん、イオさんでしょ?何でもくれるっていう!!妹のお薬がほしいの」
「なんの病気かも分からないのに、薬はあげられません」
頬を膨らませてブウッと怒る少女は、とぼとぼと歩いて男に背を向けて帰って行った。
くるりと身体を反転させると、少女は再びイオの前に来て、にっこりと笑う。
「私、アマンダ!八歳!妹はミッチェ!六歳!」
イオは表情をピクリとも動かさないでいたが、アマンダと名乗った少女はイオに向けて全力で微笑みかける。
「また来るね!」
ダダダ、とかけていく少女の後姿を数秒だけ眺めると、イオは目を瞑った。
「ミッチェ、ごめんね。お薬貰えなかったの」
「ゴホゴホ・・・大丈夫だよ。私、元気だもん」
小さな身体を大きく動かし咳込む妹、ミッチェの背中を優しく摩るアマンダ。
「ほら、ちゃんと寝て。お姉ちゃんね、これ拾って来たの。ミッチェ食べられるかな、と思って」
そう言って、アマンダがミッチェに差し出したものは、泥だらけの小さなピンク色をした花だった。
その花の茎を切ると、そこから何かの汁のようなものが出てきて、アマンダはミッチェに教えるように、その汁を口に含んだ。
ミッチェも真似をして汁を吸うと、口の中に仄かに甘さが広がった。
「甘い!美味しい!」
「でしょ?きっと、ミッチェ好きだと思って!また取ってくるね!」
ショートカットの髪の毛をした妹のミッチェは、肌が青白く、身体全身も細く、誰が見ても健康とは思えない。
だが、ニコリと力無く笑顔を作れば、アマンダも笑顔を返す。
ボロボロの洋服のまま家を出ると、アマンダは一人で山奥へと向かって行く。
いつもそこで山菜や木の実を取って、それを妹のミッチェと分け合ってなんとか飢えを凌いでいるのだ。
食糧を手に持ち、家に帰って少し経ったころ、トントン、とドアを叩く音が聞こえ、アマンダはドアを開ける。
「どちらさまですか」
「アマンダちゃんかい」
「おじさん」
おじさんと言っても、アマンダとミッチェの叔父とかそういうことではなく、近くに住んでいる農家の男のことだ。
無精ひげを生やし、何かと二人のことを心配してくれるが、二人はこの男があまり好きではなかった。
なぜなら、男はいつもベッドで横になっているミッチェに近づき、一緒に横になろうとするからだ。
頬や手、首あたりもベタベタと触るため、最近は家の中に入れないようにしていた。
「おじさん、何か御用?」
男が家に入れないようにするため、アマンダはドアの隙間から顔をのぞかせるだけだ。
「ミッチェちゃんの様子が気になってね。どうだい?元気かい?」
「大丈夫です。ありがとう」
そのままドアを閉めようとしたとき、男が強引に足の先をドアに挟めたため、鍵を閉めることが出来なくなってしまった。
大人、しかも男の大人の力に敵うわけも無いが、アマンダは必死に抵抗を試みる。
男はそれさえも楽しむかのように笑みを浮かべ、いとも簡単に家の中に入ってくると、すでに眠っているミッチェの前に立つ。
「もうミッチェ寝てるの。だから帰って」
懇願するように男に言うと、今度はアマンダに近寄ってきた。
「アマンダちゃんも、疲れてるだろう。おじさんがマッサージしてあげるから、ちょっと横になってごらん」
ニヤリ、と気味悪く笑う男の歯は黄ばんでいて、僅かに臭う体臭も不愉快だ。
はあはあ、と息を荒げて一歩一歩アマンダに近づいてくる男に危機を感じたアマンダは、精一杯拒否をする。
だが、男は徐々に笑みを消していく。
「ガキは大人の言う事聞いてりゃあ良いんだよ!!!!」
力付くでアマンダを床に倒すと、下卑た笑みをまた浮かべてアマンダに馬乗りになる。
「やだ!!!おじさんどいてよお!!!!」
バタバタと暴れてはみるものの、力の差は歴然としていて、男は余裕そうに自分の上着を脱ぎ始めた。
「大丈夫だ。良い子でいれば、おじさんは怖いことなにもしないから」
布一枚だけで守られていたアマンダの身体は、男によって裸にされようとしていた。
そのとき、トントン、と静かにドアが叩かれた。
突然のことに、男は慌ててアマンダの口を塞ぎ、助けを呼べないようにしたのだが、ドアはガチャガチャと数回動かされたあと、また動かなくなった。
男はそれを見て安心したのか、アマンダの口元から手をどけて、またアマンダの洋服に手をかけようとした。
「力の無い者を力でねじ伏せるのは、野蛮で無能な方法だ」
「誰だ!?」
物音一つしなかったというのに、ドアの方から声が聞こえてきたため、男は身体を起こしてあたりを見渡す。
すると、背後に何かの気配を感じた。
バッと勢いよく振り返ると、そこには、全身茶色の布に包まれて頭もフードを被り、そこから覗く紫の髪の毛と、赤い瞳。
噂で聞いたことのある黒市場の例の男だと、男は瞬時にわかった。
「お、お前は」
「早くここから立ち去らなければ、今ここで消してやってもいいんだが」
「で、出て行けばいいんだろ!!こんなガキたち、誰が面倒なんて見てやるもんか!!」
捨て台詞を吐きながら、男はあたふたと出て行った。
アマンダはゆっくりと身体を起こすと、男の方を見て頭をペコリと下げる。
「ありがとうございます!イオさん!」
「礼はいりません」
そう言って帰ろうとするイオを引き止めようとすると、イオは膝を折ってアマンダと目線の高さを合わせる。
イオの赤い目は気味が悪いと、良く大人たちが言っているのを聞くが、アマンダにとっては特に気味悪くはなかった。
珍しい色に輝く目、であって、紫の髪だって高貴な雰囲気を醸し出し、アマンダにとっては羨ましいものでもあった。
「生き抜くために、どうしても薬が欲しくなったときは、また来てください。しかし、代価が必要となります。それを払う覚悟があれば、必ず、薬をさしあげましょう」
「うん!わかった!」
にっこりと満面の笑みをイオに見せたアマンダは、何か思い出したように「あ」と叫ぶと、台所にまで向かう。
そこでゴソゴソとすると、パタパタとイオのもとに戻ってきた。
「これ、御礼!」
「?」
アマンダが手に持っていたのは、姉妹二人にとっては大切な食料品の、小さなりんごだった。
「これは、貴方達で食べなさい。貰う事は出来ません」
「けどね、ママが、言ってたの」
それでもなおグイッとりんごを差し出してくるアマンダは、先程男に酷いことをされそうになったとは思えないくらい、しっかりとしていた。
「みんなに優しくしなくちゃダメだって」
その純粋さが、今の時代には厄介なものだということを、きっとこの子たちは知らないし、誰も教えはしないだろう。
それがどれほど重荷になるか、邪魔なものとなるかは知らないが、きっと確実に妨げにはなる。
アマンダに向かい、イオは微笑みかけながら言う。
「気持ちだけ頂きます。それは貴方達で食べなさい」
しばらく、不満そうな顔でイオを見ていたアマンダだったが、観念したのか、りんごをギュッと掴んでまた笑った。
イオはアマンダたちの家を出たあと、錆びれた街を歩く。
大金持ちなわけでもなく、権力があるわけでもなく、地位も名誉もないイオなのだが、歩けば周りの者たちはみなイオを穴があくほど見つめる。
それは、飢えたものたちだけではなく、イオよりも遥かに良い生活を送っている、貴族たちまでもである。
「あれがイオか」
「捕虜にするか?」
「いや、あんな厄介者は・・・・・・」
ヒソヒソと自分に対する内容の会話が聞こえてくるが、イオは何も気にせずに、いつも自分がいる場所へと腰を下ろす。
「・・・・・・」
寝ている時間があるのか、イオ自身にもわからない。
人間というものは、実に忌まわしい。
自己の利益しか考えずに動き回る、厄介な寄生虫といってもいい。
蔓延る脳なしの大人たちは、きっと、ゴミのような餌に群がる人達を見て、さぞかし喜んでいるのだろう。
弱者の味方でもなく、強者にも懐かないイオの存在は、誰にとっても忌み嫌うものであるが、それでも極稀に、アマンダのように近寄ってくる者もいる。
こんな薄汚れた世間の波に飲まれ、生きていくのはひどく滑稽だ。
そんなことを誰かに言っても仕方が無いし、誰かに言ったところでどうにか出来る問題ではないのだ。
こんな世の中にいながらも、生きて行かなければいけないのか、それとも死んだ方がマシなのか、それに答えはない。
イオ自身、興味さえない。
「ミッチェ、ご飯食べないの?お腹空いて無い?」
「私、大丈夫。お腹あんまり空いて無いから」
「でも、食べないと元気になれないよ!」
ズイッと、アマンダは病弱なミッチェにリンゴを差し出すが、ミッチェは真っ赤に熟れたリンゴを眺めるだけで、手を出そうともしない。
アマンダは、台所とは到底呼べない小さな台へ向かうと、その手には大きすぎるほどの包丁を持って、リンゴを切り始めた。
初めてではないようで、手慣れたように皿に切ったリンゴを並べて行く。
それを持って再びミッチェのところへ行くと、アマンダはニッコリ笑って皿を差し出す。
「本当にいいの、お姉ちゃん食べて」
「これはミッチェの分でしょ!ちゃんと食べて!」
「いらな・・・ゴホッ・・・!!!ゴホゴホ・・・!!!!!!」
いきなり咳込んだミッチェの背中を優しく摩るアマンダ。
いつもの咳だと思っていたアマンダとミッチェだったが、ふと、生温い何かが布団に落ちてきたことに気付く。
「!!!ミッチェ!」
妹の口から零れてくる赤い液体に、アマンダは呼吸を乱す。
真っ白な布団に沁み込んでいく赤に、アマンダはミッチェから手を離し、一歩一歩とゆっくり後ずさっていく。
「ミッチェ!待っててね!!!今、今すぐに助けてあげるから!!!」
バッ、と勢いよく家を出て行くと、外はいつのまにか土砂降りに変わっていた。
そんなこともお構いなしに、アマンダは布一枚を身に纏ったまま、しかも裸足で走りだした。
水たまりと泥に変わってしまった道をひたすら走り、途中、大人たちに捕まりそうになりながらもなんとか逃げてきた。
人知れず生きている影のような世界を通り抜けると、そこに目的の人物はいた。
眠っているのか、それとも単に瞑想でもしているのか。
その人物はアマンダが来たことに気付いているのかいないのか、それは良いとして、アマンダは雨に濡れて冷えた身体を震わせながら口を動かす。
「あ・・・あ・・・・」
まだ整わない呼吸を落ち着かせようと、アマンダは深呼吸をする。
それでもその人物は目を開かず、顔をあげることもなかった。
「イオ、さん・・・」
名前を呼んでみても、イオは目を開ける気配がない。
「うっ・・・ふえ・・・・・・」
大人はみな言っている。
―イオには関わるなーと。
しかし、そんなことを言っている大人たちは、皆自分のことしか考えていない、影から目を背ける、現実も真実も見ようとしない奴らだ。
しかも汚く、けがれた連中だらけだ。
そんな大人たちからアマンダたちを救ってくれたのは、今目の前にいる、死んでいるのかさえ分からないイオだ。
「助けて・・・ミッチェが・・・ミッチェが・・・!!!うっ・・・血、血が・・・!死んじゃうよおおおっ!!!!助けて!!!」
すうっ、と目を開けたイオは、アマンダの顔をちらりと見ると、ゆっくりと立ち上がった。
そして、次の瞬間、自分の方に倒れてきたアマンダをお腹で支えると、雨風の当たらない場所へと移動させる。
「ミッチェ、これ美味しいね!」
「うん!美味しい!ありがと!」
「ミッチェ!なんでお姉ちゃんの言う事聞けないの!?」
「私だって、お外に出たいんだもん!!!」
「痛い?まだ痛い?」
「ふえ・・・お姉ちゃん・・・痛いよぉ・・・」
「ミッチェ!今日は良い天気ね!」
「太陽が眩しいね!」
何の病気かなんてしらない。
どうしてミッチェがそんな重い病気にかかってしまったのかもしらない。
親がどうしていないのかもしらない。
周りの大人たちが冷たい目で見てくる理由もしらない。
どうしてこんなに寒いのかもしらない。
しらない。しらない。しらない。
大人たちの会話だって、別に聞かないフリをしてきたわけじゃない。聞きたく無かったし、聞きたくなくても聞こえてきた。
ヒソヒソと何が楽しいのか、他人の不幸を喜ぶ馬鹿な大人だ。
けどどうしてだろう。こんなにも未来を夢見ている自分がいる。
貧しい暮らしなのに、いつかはきっと王子様を結婚して、幸せに楽しく暮らすんだとか、妹と一緒に遠くに旅するんだとか・・・・・・。
誰も助けてなんてくれないこんな世界で、妹だけは守りたかった。
「ミッチェ・・・・・・」
「このガキ、どうする心算だ?」
「どうって、何がだ?英明」
「何がって・・・・・・。イオ、お前なあ。まあ、熱は下がってきたし、このガキの妹の病気ってのも、治療薬さえあれば治るんだろ?」
「そうだが、生憎俺は慈善事業じゃないんだ。代償が払えるか払えないか、だ」
「ハッ。相変わらずだな」
英明と呼ばれた男は、白衣を身につけて優雅に足を組み、煙草を吸っていた。
さらには、切れ長のタレ目で無精ひげを生やし、だるそうに首を傾げてクツクツと笑っている。
「イオ、お前のやり方にも生きかたにも文句はねえし、ケチもつけねえ。けどよ、俺達人間ってのは面倒なもんで、時には欲が出る。それは食欲然り性欲然り物欲然りな。お前に足りねぇのは、生きたいっていう、そういう欲だ。くそったれの世界でも、死ぬまでは生きなきゃいけねえんだ。ちっとは、お天道様浴びる生活ってのも、悪くはねえぞ」
そう言って去って行った英明を見もせず、イオはアマンダに目を移した。
赤く光る瞳がしっかりとアマンダを捉えたかと思うと、徐々にアマンダの瞼があがってきた。
「あ・・・」
「起きたか」
「イオさん!」
ガバッと勢いよく飛び起きると、アマンダはイオに近づこうと身を乗り出すが、視界が眩み、それは出来なかった。
「まだ寝ていた方が良いだろう」
「ミッチェが、血を!死んじゃうよ!!!イオさん!お薬頂戴!!!」
不気味だと言われている赤い目で見られても尚、アマンダは恐れを知らずにイオに頼み事をする。
だが、イオは表情をピクリとも変えずにアマンダを見下ろしていた。
蝋燭一本が灯っているだけのこの部屋には、二人いるのに、一人分の息遣いしか聞こえてこない。
いつもは被っているフードを被っていなかったイオは、これまた不気味を言われている紫の髪の毛を晒している。
しかし、たった蝋燭一本の灯りでは、アマンダはその綺麗にたなびく髪の毛に気付くことはなかった。
アマンダを数十秒眺めたあと、イオはフードを被る。
そして、ふうっ、とたった一つの蝋燭の灯りに息を吹きかけると、部屋は真っ暗になった。
「妹との、思い出はあるのか」
「え?」
今までの沈黙を破りイオが話してきたためか、アマンダは目を丸くする。
「あのね、ミッチェとね、野苺取りにいったの!」
「あとは」
「んと、一緒に遊んだり、喧嘩したり、仔犬が死んじゃったときは泣いたり・・・・・・」
まるで昨日のことのように話し始めたアマンダは、饒舌にイオに語りかける。
しばらくアマンダの話を聞いた後、イオは腰をあげる。
どこにあったのかも分からない扉に手をかけると、ギィ、と重たい音を立てて扉が開いた。
急におとずれた日向の眩しさに、アマンダは思わず目を閉じて顔を背けるが、イオは平然と外に向かって歩いて行った。
「妹さんに薬を出してあげましょう」
「本当!?ありがとう!!!!」
「ただしー・・・」
アマンダの前に立って影を作っていたイオだが、ふと足を止めた。
「代償は、いただきます」
「え・・・・・・?」
優しい風が吹いた。それは肌に冷たく突き刺さるわけでもなく、生温く留まるわけでもない。
心地良く通り抜けて行く感覚が忘れられない。
ただただ小さく産まれた息吹さえも、片手で握りつぶせるほど弱く脆いものなのか。
それは誰にも分からないのか、それとも理解しているのに気付かないフリをしているのか。
目を開ければ、毎日明るい光に照らされて、目をつむれば真っ暗闇に覆われる。
時間など何のものさしにもならないのに、人はそれに縛られる。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!」
声が、聞こえる。それも、とっても大好きな人の、聞き覚えもある。
「元気になったよ!お薬貰って来てくれたんだね!ありがとう!!」
とてもうれしそうな、そんな声。これはそう、私の妹の声。
大好きで大切な、たった一人の私の家族の声。
「お姉ちゃん?どうしたの?」
何が?私はいつも通りでしょう?
「お姉ちゃん?怒ってるの?笑ってるの?ねえ、どうしたの?いつもみたいに笑ってよ!!」
「私、笑ってるでしょう?」
「ちっとも笑ってないよ!ねえ、私が元気になって嬉しい?それとも、疲れちゃったの?」
え?私、笑ってる心算なのに、ミッチェったら、何言ってるんだろう。
「お姉ちゃん!お願い!笑ってよ!」
分かってる。私は、笑ってる心算なの。分かってる。分かってるの。
でもー・・・・・・
「あの歳の子に、酷なんじゃないか?」
「何がだ」
「英明、イオには何を言ったって無駄でしょ?」
「英斗は面倒臭いだけだろーが」
「けどさ、まだ一桁のいたいけな少女を救うのに、二つしか違わない少女の“感情”を交換対象にするなんて、残酷だよねー、冷酷だよねー、非道だよねー」
英明の後ろの方で、何やらメスらしきキラリと光るものを楽しげに見つめている男は、英斗というらしい。
にこにこと笑ってはいるが、目は笑っていない。
イオはそんな英斗の言葉など気にせず、二人の前から立ち去ろうとした。
「イオ」
動かし始めた足を止めると、英明が煙草を吹かし、顔を一切イオの方に向けずに言う。
「 」
何か言ったはずの英明の言葉は、外から入ってきた風の音によって掻き消された。
この世界には、黒市場と呼ばれる場所が存在する。
そこには、人から蔑まれた者、捨てられた者、自分の力では生きていけない者、弱者たちが住んでいる。
誰も近寄りたがらないそんな場所で、一人の男がある“物”を売っていた。
それは、食べ物でも家具でも命でも名声でもなんでもない。
その人が欲しがるものはなんでも売るというその男は、忌み嫌われ、恐れられている。
彼の名は、“イオ”
決して近づいてはならないと、大抵の人間であれば、彼からは距離を置いて生活を続けている。
好き好んで近づいてくるのは、イオの命を狙う輩、金を持っていると勘違いして寄ってくる輩、ただ殺すのを楽しむ輩・・・・・・。
不気味な赤い目に紫の髪の毛、茶色い布を身に纏っている。
彼がその黒市場にいる理由も、どこの生まれなのかも、どこからやってきたのかも、歳も本当の名も、誰も知らない。
それでも、彼の存在は確かにそこにあり、圧倒的な何かを発している。
金など、彼にとっては取るに足らないものだ。
だからこそ彼は、何かを与えるかわりに、別の何かを貰う。
それは例えば・・・・・・
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