第8話おまけ②雑談会議





黒市場

おまけ②雑談会議



  おまけ② 【 雑談会議 】


























  イオがいない部屋の中、蝋燭に灯が灯っただけの明るさの中、数人の男が椅子に腰かけていた。


  「あ、煙草一本」


  「え、何、お前って煙草吸うの?」


  「いや、吸わない。が、興味がある。英明は常にその煙草という、身体に害を及ぼすものを口にしているが、はたしてそれは俺の口に合うのか否か」


  「ああ、お前は吸わない方がいいかもな・・・・・・」


  そう言いつつも、英明は胸ポケットから煙草の箱を取り出すと、一本は自分の口に咥え、もう一本出すと男に差し出した。


  男はマジマジと煙草を観察したあと、英明のように火をつける。


  「・・・・・・ゴホッ」


  「プッ。咽たな」


  「咽ていない。俺がこんなものに咽ると思うな」


  「はいはい」


  咽ていないといいながらも、男は煙草を暖炉に放り投げた。


  未だ小さくゴホゴホと咳込んでいる男をちらっと見やり、英明は小さく笑った。


  「それより、イオは何処に行っている?俺を待たせるとは良い度胸だ」


  「あいつにはあいつの生活のリズムってもんがあるだろ。それに待ってろって言われちゃいねえんだから、帰りゃあいいじゃねえか、シャルル」


  シャルルは自分の周りを飛んでいる二つの黒い影を先に帰らせると、うろうろと部屋の中を何周か歩き、また椅子に座る。


  長い足、腕をそれぞれ組んでため息を吐くと、三分も待たずにまた部屋を歩き出す。


  「落ち着きねえな。どうした?」


  「今気付いたが、なぜバクがここにいる」


  バクと呼ばれた男は、暗闇の奥の方にいて、その姿ははっきりとは見られないが、そこに確かにいるようだ。


  シャリッ、と何かを齧る音だけが二人の耳に届く。


  「・・・・・・俺がいちゃ悪い?別に俺が何処で何しようと、シャルルには関係ないよ」


  「相変わらず癪に障る奴だな。いつもいつもリンゴしか食べなくて、どうやって健康管理をしているのだ。全く以て理解出来ん」


  「え、そこ?」


  どうやら、バクが口にしている音の正体はリンゴのようだ。


  煙草を吸っている英明は天井に向かって煙を吐くと、バクとシャルルが少し咳込む。


  「人間ていうのはさ、面白いよね」


  「何を言っている、貴様」


  ふとバクが話かけてきたため、シャルルは不愉快そうに答える。


  「だってさ、色んな夢があるんだ。何度も同じ夢を繰り返す人もいるし、夢をほとんど見ない人もいる。遅刻する夢、泥棒に襲われる夢、火事になる夢、恋人に振られる夢・・・。夢だっていうのにさ、人間はみんな現実に起こってるみたいに心拍数上昇させて、夜中でも起きたりするんだ」


  顔は見えないためよくわからないが、声色からして、目を輝かせているのだろう。


  大欠伸をした英明は、そんなバクの話を軽く聞いているが、シャルルはバクの呑気さに少々の苛立ちを覚えたようだ。


  しかし、バクは続ける。


  「本当に愚かなものだよね。夢一つで心が浮き沈みするんだから。馬鹿みたいだ」


  リンゴを頬張りながら喋るバクの話を遮るように、シャルルも話をする。


  「全くだ。最初から他人など信用しなければ良いのに、蟻んこほどの脳味噌なのか、何度でも信じようとし、何度も裏切られる。孤独に慣れれば寂しいなどという感情もなくなるというのに、一人を好まず、群れを作りたがる。非力な人間ならではだな。他人を欲するとはどういうことなのだ?英明」


  「そこ俺に聞くか」


  「俺はドラキュラ、バクは問題外、人間は貴様しかいない。人間代表として答えろ」


  腕組をし、英明の前に仁王立ちで見下ろしながら言うシャルルだが、英明は新しい煙草を取り出してまた火をつける。


  「それは人それぞれだろ。確かに、誰かと常に一緒にいねえと落ち付かねえって奴もいるだろうし、構って欲しい奴もいるだろうし。けどな、一人が好きだっている人間もいるぜ。みんながみんな群れたがるかっていうと、そうではねえだろうな。個人差あるし、自分のことさらけ出す奴もいやあ、隠してる奴もいる。それだけだ」


  「それでは納得いかん。傷付ける行為を好んでしている奴もいるだろう」


  「いや、それはほんの一握りだと思うぜ。だがまあ、そう上手くはいかねえよ。互いの気持ちが簡単にわかるなら、傷つくことも傷付けることもねえだろう」


  「だから、分からないなら、なぜわかろうとしない」


  「言えねえことって、あるんだぜ。全部言えりゃあ楽になれんだろうけど、それだけじゃ世の中は上手く渡っていけねえ。相手を傷つけまいとしたことが、結果的に傷付けちまうときだってある。難しいもんさ。まあ、お前等にゃあ分からねえかもしれねえけどな」


  肩を微かに揺らして笑う英明の言葉に、バクは黙ったままリンゴを頬張っており、シャルルはまだ納得がいかないように眉間にシワを寄せていた。


  ふう、と英明が煙を吐けば、消えながらも天を目指して飛んでいく。


  そんなこんなを話していると、ドアが開いて外からの冷たい風が入ってくると、三人はそちらを見る。


  「やっと来たか、イオ」


  「・・・・・・来てたのか」


  三人を見るなり、嫌そうな表情を浮かべるわけでも無く、だからといって受け入れる様子もなく、特に興味無さそうに言う。


  英明は煙草をふかしながら手を軽くあげ、バクはイオの方をみることなくリンゴを齧り、シャルルはつかつかとイオの近くまで寄る。


  ぐいっと近づいてきたシャルルの顔を避けることもなく、イオは冷めた目で見つめる。


  にやりと笑うと、シャルルは意味深に言う。


  「ほう・・・・・・。貴様も人間臭くなったもんだな」


  「・・・・・・何を言っている。馬鹿か」


  意味がわからないというように、イオはシャルルから視線を逸らして暖炉に近づく。


  ふと、英明が一人で心の中で思う。


  「(こいつら、みんな目ぇ赤いな)」


  まあ、そんなことはどうでも良いとしよう。


  シャルルはイオの座った椅子の隣の椅子に腰かけると、長い足を自慢するかのように足を組み、口角を上げる。


  「いや、何も隠す必要はない。俺にはわかる」


  「迷惑な勘違いだな」


  「そう照れるな。まあ、これだけ人間と同じ世界にいれば、貴様も人間らしくなってきて当然だろう」


  「え?イオってもとから人間だろ?」


  英明がツッこむが、シャルルはまるで聞いていない。


  「先日、ヴェアルが恋だの愛だのという話をもちかけてきてな。まるで理解出来なんだ。イオ、貴様に想像出来るか?女という生き物を好くのを。バク、貴様に想像出来るか?その女のために懸命に働くことを。英明、貴様に想像出来るか?誰かのために傷つくことを。俺は何一つとして無理だ。困難だ」


  ふう、と小さくため息を吐いたイオは、目を閉じて規則正しく呼吸をする。


  「まさか、寝たわけじゃあるまいな」


  「いや、寝ただろ。船漕ぐどころか、どっぷり浸かってるよ」


  煙草を吸い終えた英明は、吸いがらを暖炉に放り投げ、足を組みかえた。


  「生きてりゃ、誰でも傷つくもんだ」


  「人間は弱いからな」


  シャルルの容赦ない言葉に、英明は思わずククク、と肩を揺らして笑う。


  「ああ、弱い。脆い。だから誰かを求める。自分を理解してほしい、わかってほしい、傍にいてほしい、愛してほしいなんて思う。自分が傷つくことが怖くて、相手を傷つける。矛盾しているようで、それは至って正常な防衛本能なのかもしれない」


  「・・・・・・」


  何やら語る英明を、目を細めて見ているシャルル。


  バクも動かなくなってしまい、寝ているのかそれとも興味が無くて捕食する夢でも探しているのか。


  もう一本煙草を吸おうと煙草を取り出した英明だったが、シャルルが質問してきたため、一旦火をつけるのを止める。


  「なぜ自分が傷つくことが怖い?そもそも傷つくとはなんだ?」


  「・・・・・・これだから。あのなあ、みんなお前みたいに生きていけねえんだよ。男と女ってのは、複雑なんだよ。傷付け傷つくのが人間だ。信じられなくなって、けど信じたくて、幸せになってほしい、けど後悔してほしい。わかんねーだろうな、お前は」


  「・・・・・・。一ナノメートルも理解出来ない。まるで解けないパズルで遊んでいるようだ。答えの無いクイズを出されているようだ。貴様には理解出来ていることがまず理解出来ない」


  両手を広げて腹から声を出すシャルルの横で、スヤスヤと寝ているイオは、相当疲れているのか、寝たら起きないタイプなのだろう。


  バクはちょっとだけピクッと動いたが、またコクリといく。


  「厄介で邪魔な感情だろうけどな。きっとお前には理解出来ないだろうし、想像できないだろうけど、それらを綺麗で美しい、輝いてる人間の感情だと言う奴もいる。儚くて良い、そういうものだ。理解しようとか、それを理屈でどうこう固めようとか、そういう考え自体がまず違ってるってことだ。な、イオ?」


  シャルルの影になって見えていなかったイオの顔を見る為に、英明は身体を大きく後ろに逸らせる。


  いつの間に起きていたのか、イオは瞼を半分ほど開けていた。


  丸めていた背中を伸ばすように逸らせると、フードが自然とパサッととれ、イオが生まれつき持っている紫色の髪の毛が露わになった。


  それほど手入れをしていないのに、サラサラという効果音がピッタリの髪質。


  「イオに聞いてもわかるわけないだろう、英明。貴様ついに脳細胞が壊れたか」


  「相変わらず失礼極まりない奴だな」


  「・・・・・・」


  まだ眠いのか、ぼーっとしたまま天井を眺めているイオを見る二人の視線に気付いたのか、イオは横目でちらっと見やる。


  はあー・・・・・・と大きな声で息を吐くと、上を向いたまま目を瞑る。


  「生きることは苦痛だ。だが皮肉にも、人間は生きることに縋る。だが独りでは生きられない。この世界で独りになった者は死を選び、孤独を免れた者は生を行く。傷ついてでも生きることを選ぶか、傷つくことが怖くて死を選ぶか・・・・・・」


  まだ何かを続けそうなイオの言葉に耳を傾けていたが、なかなか続かないため、英明とシャルルは首を傾げる。


  「・・・・・・誰にでも、生きたいという欲はあるものか?」


  急に問いかけてきたイオに、二人はぽかんとする。


  「それは動物の本能だよ」


  無を遮って答えたのは、誰しもがそこにいたことを忘れかけていたバクだった。


  「生きたいって思うのは、人間だけじゃなく、動物共通の欲求だよ。夢の中にいると、一日何十件かは殺される夢とか死ぬ夢を見てる。けど、それを受け入れる動物はいないね。一人も、一匹も、一頭も一羽も・・・・・・。人間だけが特別な感情を持ってるわけじゃない。それはシャルルにもわかるだろ?」


  「・・・・・・なんだ貴様。急に俺と対等な感じで話してきたな」


  「そう?前からだろ?」


  ニコニコと笑って、シャルルの睨みにも動じないバクは、眠そうに目を擦りながら「帰るよ」と言って、暗闇へと消えていく。


  それからすぐシャルルも、迎えに来たヴェアルを連れて帰って行った。


  残っていた英明も最後の一本を吸い終えると、腰をあげた。


  「イオ」


  「・・・・・・」


  「また来る」


  「・・・・・・」


  三人が帰って行ったあとも、イオはしばらくの間椅子に座ったまま、暖炉から伝わる温かさを感じていた。


  天井には何もないが、まるで自分が闇に消えて行く感覚に陥る。


  「・・・・・・」








  この世に、神などいない。


  この世に、悪魔などいない。


  この世は常に不平等で、常に天秤は傾いている。


  誰かが笑えば、誰かが泣く。


  誰かが傷つけば、誰かが傷付けられている。


  あえて問う。






  「              」


  


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