サイコロ・ラーメン
大隅 スミヲ
サイコロ・ラーメン
「お客さん、イカサマはいけませんよ」
頭にタオルを被った髭面の店主が包丁を持ちながら言った。
「イ、イカサマなんてしていません」
私は慌てて首を横に振り、自分が清廉潔白であるということを主張する。
「ホントに?」
「本当です。たまたま運が良かっただけです」
「運がいいだけで、3回連続で6が出るかね?」
疑いの目で私のことを見る店主。その目は血走っており、どこか狂気を感じさせた。
「いや、現に目の前で出たじゃないですか。見たでしょ、親父さんも。サイコロはこの店のものだし、私はイカサマしてまで勝とうとする意地汚い人間じゃないですよ」
私は再び自分の清廉潔白を主張する。
サイコロを振って、店主よりも大きな数字を出せば勝ち。そんな簡単な勝負だった。
勝負に勝てば、野菜大盛りをサービス。
軽い気持ちで挑戦したことだった。
最初にサイコロを振って6を出した時は、店主も驚いた顔をして「やられたー」とおどけた口調で言っていた。
「せっかくだから、もう一度チャレンジしてよ。次も勝ったら、もっとサービスするからさ」
店主の言葉に、周りにいた客たちが歓声を上げて、場を盛り上げる。
その雰囲気を壊すのも嫌だと思い、私は再度サイコロを振った。
また、6が出た。
二回連続の6に店主も驚きを隠せないといった表情になっていた。
店内にもう一回コールが巻き起こる。
店主も、もう一度振れと私にサイコロを渡してきた。
三回連続の6。
さすがに店主の顔からは、笑顔が消えていた。
ただでさえ、コワモテの店主の顔から笑顔が消えるとさらに怖くなる。
そして、冒頭のシーンだ。
「わかった、お客さんのことを信じよう。じゃあ、もう一回勝負だ」
店主は笑顔で言った。しかし、それは完全なる作り笑顔であり、目は笑ってはいなかった。
「サービスするからさ。な、やろう」
「え……」
正直なところ、もうサービスはいらなかった。
ここで勝ってしまうと、4勝目となってしまう。
どうにかして、小さな数を出すしか無い。
天に向かって低い数字を出すように祈り、サイコロを振る。
6だった。
店主のサイコロを睨みつける目。
それは怒りを通り越して、驚きの目へと変わっていっていた。
「もう、あんたには負けたよ。完敗だ。しょうがない」
店主は諦めたように言うと、私の注文を叫んだ。
「とりラーメン大、野菜マシ・マシ・マシ・マシ入りますっ!」
数分後に出てきたのは、洗面器のような大きな丼に鶏肉のチャーシューと野菜のタワーが乗っかったラーメンだった。
「写真撮っても良いですか」
隣の席に座っていた女性客がスマートフォンを向ける。
他の客たちがざわつくほどの野菜タワー。
これ、どうやって食えばいいんだよ。
私は困惑をした目を店主へと向けたが、店主は何を勘違いしたのか、満面の笑みを浮かべて、親指を天へと突き立てるGoodポーズを決めて見せるだけだった。
ラーメン自体はとても美味かった。
マイルドながらコクのある、白濁した鶏パイタンスープに細麺がよく絡み、口いっぱいにクセになる味が広がってくる。
野菜も歯ごたえを残した絶妙な炒め具合で、スープと合わせて食べると絶妙な旨味となる。
うまい。うまいぞ。これならば、野菜マシ×4であっても食べ切れる自信がある。
私はものすごい勢いで食べていった。
しかし、その勢いは最初の5分間だけだった。
食べても食べても減らない野菜タワー。
4分の1ほど食べたところで、私は満腹になっていた。
やはり野菜マシは1回で十分だ。
もう無理。
私は自分の限界を感じて、店主に残してしまうことを謝罪しようとした。
しかし、それはできなかった。
店主が包丁を握りながら、あの血走った目でじっと私の食べるところを見ているのだ。
お客さん、まさか残さないよな。
店主の目はそう語りかけてきていた。
私は泣きそうになりながら、震える手で野菜タワーに箸を伸ばした。
「ごめんなさい。もう無理です」
腹がはち切れそうだった。がんばって半分まで食べたところで私はギブアップ宣言をした。
すると店主は、ちらりと私のことを見てから告げた。
「サイコロで勝負だ。お客さんが勝ったら、今回は許してやるよ」
私は涙目になりながら、神に祈りをささげた。
どうか、6が出ませんように。
運命のいたずらというのは、このようなことを言うのだろうか。
テーブルの上に転がったサイコロ。出た目は6だった。
私はその場に崩れ落ちた。
「お客さん、また『6』だったね」
店主は血走った目でサイコロを見つめると、不気味なぐらいに満面の笑みを浮かべていた。
「しょうがないな、勘弁してやるよ。その代わり、また来てくれよな」
「も、もちろんです。通います、通わさせていただきます」
「そうか。ありがとうな」
なんて優しいんだ。この店の店主は神様か、仏様なのか。
私は感謝の涙を流しながら、その日は料金を支払って店をあとにした。
すっかり常連になった私は1週間に1度は店を訪れている。
「お客さん、イカサマはいけませんよ」
店主の声が聞こえてきた。
またひとり、常連客候補が現れたようだ。
「せっかくだから、もう一度チャレンジしてよ。次も勝ったら、もっとサービスするからさ」
店主の甘い囁き。
新顔の客は何も知らないで、サイコロを振る。
出る目は6だ。
最初から決まっているのだ。
あのサイコロは6しか出ないのだから。
私は新顔の客が絶望を味わう姿を横目で見ながら、自分のラーメンを啜った。
サイコロ・ラーメン 大隅 スミヲ @smee
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