ゴブリン姉妹の葛藤 #終

 ゴブリン族の内乱は終わりを告げた。

 ゴブリンシャーマンが起こした革命は、さながらゴブリンアーチャーの妹の革命返しに逆転されるように、ゴブリン族の村は政権の転覆が起きたのだ。

 ユウ達はその全てを見届けた。怪我人もなくゴブリンが非力な存在だったのは功を奏しただろう。

 そんなゴブリン達の新たな族長となったのは妹のゴブリンアーチャーだ。

 彼女はその場にいた全ての者に宣言を行った。


 「争いは、より大きな争い、生む! だから、止めなくちゃ、ならない! ゴブリン、進化、出来る!」


 ゴブリンの進化論、姉が提唱するゴブリンの富国強兵政策は姉妹のような突然変異個体の増産を図るものだった。

 けれども、妹の提唱するものは文化改革だ。

 ゴブリン村はこれからどんな未来を描いていくのか。


 ゴブリン達は宴を開く、姉派も妹派もこの日は戦友のように酒を飲み交わした。

 そして日は明ける――。


 「ふあ」


 ユウは大きな欠伸をした。

 馴染みに町に帰ってきたのは朝方だった。

 彼は帰ってくると、真っ先に冒険者ギルドに向かった。

 重たい扉を開くと、中には何人かいつものように職員が働いている。

 ユウを最初に見つけた受付嬢は「あっ」と気付くと、直ぐに駆け寄った。

 両手には何やら書類束が握られており、こんな時間でも仕事中なのだろう。


 「ユウさん! ご無事だったのですね!」


 受付嬢はユウが無事な事を確認すると嬉しそうに安堵した。

 ディンが冒険者達を背負ってきた時、ユウがゴブリンの村まで潜入して、彼らを助けた事は彼女にも伝えられている。

 一方ユウはというと、あの冒険者達を危惧した。


 「あの、ゴブリン村に囚われた冒険者達は?」

 「二人とも無事ですよ! ユウさんのお陰で」


 ユウはそれを聞いてみる安堵した。

 それと同時に意識が落ちかける。心身はもう限界だ。

 「おっとと」と、慌てて受付嬢はユウを受け止めると、ユウは慌てて飛び退いた。

 その様子を見て、困ったように受付嬢はユウを心配した。


 「ユウさん、だいぶお疲れのようですね?」

 「ええ、まあ」


 無事を聞いて安堵したユウは緊張の糸が切れたのだろう。

 受付嬢は仕方がないなと、そう思う。

 けれど彼が戻らない新米冒険者の為に夜の中飛び出して行った事には、感謝してもしきれない。

 でも、だ。それでも彼は冒険者ではない。

 冒険者ではない者の力の頼っても良かったのだろうか?


 恐らくだが、この優しき男は、そんな事微塵も考えていないだろう。

 冒険者には冒険者の面子がある、けれど商人の彼にはそれが理解できない。

 きっと誰よりも優しいからこそ、彼に無茶をさせてしまったのではないか?

 推測でしかないが、受付嬢はそんなユウを優しく労った。


 「お疲れ様です。もし宜しければギルドの仮眠室を利用します?」

 「あ……いえ、確認に来ただけですから」


 ユウはそう言って手を振るとギルドを出ていった。

 その背中を見送った受付嬢は「ふう」と肩を降ろすと、直ぐに顔を上げた。


 「ゴブリンの件解決しました! 依頼状は取り消しで!」


 受付嬢の仕事は事務職だ、それでも彼女らの仕事は日々忙しい。

 こうして長かった一日は終わった。

 ゴブリン族と人間の亀裂はそう簡単には無くならないだろう。

 それでもちょっとした変化があった。

 それは遠い未来には大きな変化になっているのかも知れない。




          §




 「あーあ、結局こうなるのじゃなー」


 緑肌の小さな少女は杖を肩に背負いながら、そんな事を愚痴っていた。

 杖の先端には彼女の私物を纏めた風呂敷が括り付けてある。

 彼女がいたのは街道、そう森の外だ。

 かつてゴブリン族の族長であったゴブリンシャーマンは、村を出てしまった。

 とはいえアテはない、元よりゴブリン等短絡的で幼稚な生き物だと言ってしまえば、その通りなのだが。


 「姉! 待ってー!」


 そんな寂しい背中に、不意に声がかかった。

 緑肌で、姉とは対照的に成熟した女の色気を持つゴブリンアーチャーだ。

 ゴブリンシャーマンはその存在に驚いた、ゴブリン族の新たな族長がどうして森を出てきたのか?


 「妹! 気でも触れたか!? 何故お前まで森を出た!?」

 「姉! 私ゴブリンの長! だからゴブリン族の為、見聞、広める!」


 妹の意思はハッキリしていた。

 長とは一族を纏め上げるものだが、長が無知では困る。

 だからこそ妹は見聞を広める為に、森を出てきた。

 半ば追い出されるように――ほぼゴブリンシャーマンの被愛妄想だが――出奔したシャーマンは、そんな健気な妹にクスリと笑ってしまう。


 「キャハハ! ならば付いてこい愚妹! お前一人だと危なっかしいからのう!」

 「うん! ついてく、ついてく」


 ゴブリン姉妹は仲良く一緒に歩き出した。

 時折街道を歩く商人とその護衛と出会うが、商人達は緑肌に訝しむも、仲の良い姉妹の姿に疑問を覚えるが、見過ごした。

 ゴブリンのメス個体を知らない商人や冒険者にとって、彼女たちは変わった肌色の旅人に見えたのだろう。


 少女たちは笑い合う、ゴブリンらしく人生は陽気なものだ。

 ちょっと失敗には挫けず、酒と食い物があれば万事は上手くいく。

 そんな彼女たちの頭上にはどこまでも広がる蒼穹の空があった。

 蒼穹の空はそんな彼女たちに、末永く仲良し姉妹であってねと、そう語りかけているようだ。




 第3話 ゴブリン姉妹の葛藤 完

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その空は蒼穹で KaZuKiNa @KaZuKiNs

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