ゴブリン姉妹の葛藤 #12
月と星々が激しい戦を照らしている。
その輝きはどこまでも静かで冷たい、まるで誰の勝利も望んでいないかのよう。
ゴブリンアーチャーの少女は、そんな月明かりの中ゴブリンシャーマンを追撃していた。
ゴブリンシャーマンは必死だ、距離を離そうと道を掻き分けている。
森の中で夜目の効くゴブリン族にとって暗闇の森はハンデにはならない。
ましてここは暮らし慣れた彼女たちの森だ。
獣避けの場所も、狩りの為の罠の配置も、水浴びをする泉の場所さえ、彼女等の高度な頭脳にはインプットされている。
しかしゴブリンアーチャーの少女は知らない、自身がゴブリンどころか人族にさえ匹敵する知能を得ている事。
だからこそ彼女はゴブリン族が知らない様々な知識に歓喜した。
星空の美しさに感動し、最初は拙くも工夫して自作の罠が完成した時、彼女は跳ね上がるように喜んだ。
ゴブリンとしては異端、ゴブリンの特異個体、そんな彼女はこの戦いを誰よりも望まないだろう。
「ゴブ! ゴブゴブ!」
ゴブリン語で叫ぶ、姉に対してだ。
姉は昏い森の中、巧みに妹を撒こうとしていた。
姉もまた森を知り尽くしている。
迂闊な冒険者なら彼女達を相手にすれば30分も持つまい。
それほど彼女らは森を熟知している。これは化かし合いなのだ。
「サンダー!」
「ッ!?」
少女は咄嗟にその場から飛び退いた!
だが雷は落ちない! 少女は意味が分からなかった。
森の奥でシャーマンは微笑む。
少女は純真過ぎた、姉が
明確な隙、シャーマンは妹から距離を離す事に成功する。
気付くのが遅すぎた少女は、姉がそういう性格だという事を改めて思い出した。
姉は理知的で狡猾なのだ、身体能力はそこらのゴブリンとそれ程変わらない。
だが彼女は知略を活かし、ゴブリン族を統率する女王に至ったのだ。
(姉、どうしても、考え、変えられない?)
少女は直ぐにシャーマンの気配を追いかけた。
彼女も自覚しないほど、彼女には優れたハンターとしての資質がある。
だが反面その性格は優しすぎた、彼女に姉は撃てない。
それでも彼女はユウの言葉を信じた。
ヒーロー……それは想像する事しか出来ないが、彼女は確かにヒーローの姿を見たのだ。
そう……ユウというヒーローを。
「姉! 力、力によって倒れる! 姉、このままじゃ、危険!」
「ほざけ! ヘッタクソな人間の言葉で! 出来の悪いお前に何が出来る! ゴブリン族の改革を否定して!」
「否定、じゃない! 姉、好きだから!」
ご言葉も流暢に扱うシャーマンの事は本当に尊敬していた。
自分よりもずっと勤勉家で、人間の村を一緒に見に行った時も、姉は妹が思いもよらない知識と発想を披露していた。
姉の事が大好きで、尊敬できるからこそ、破滅へと向かい続ける姉を止めたいのだ。
そしてそれはシャーマンの唇を噛ませた。
姉にとって妹はどう映ったのか?
それは彼女の大嬌声で捲し立てられる。
「ああーもう! お前はいつも姉々そればっかり! 妾がいなければ何も出来ないのか!?」
「姉……?」
「妾はいつもいつも愚鈍なお前が大っ嫌いじゃ! もうお前はゴブリンじゃない!」
姉から出た否定の言葉、覚悟はしていた。
けれど少女は胸をズキリと痛めていた。
どうして……こうなったのだろう?
初めは仲良し姉妹だった筈だ。
姉の方が少し早生まれで、実際は双子に近い。
だけどどうして理解りあえない?
姉妹の前に聳え立つ不理解の壁の厚さ、少女は苦々しく見上げる事しか出来ないのか。
「姉妹で争うことは、望んだ事なのか!?」
少女は顔を上げた、後ろからユウが一人追いかけてきたのだ。
ユウはどちらに対してその言葉を使ったのだろう?
だが彼の言葉は、いとも容易く少女の前にあった不理解の壁を打ち砕いた。
それは激昂するシャーマンの言葉からだった。
「望むものか! 理解して欲しかった! 人間を好きになってもいい! だがゴブリンは変わらねばならないのだ!」
「姉、ユウ?」
ユウは息を切らしながら、少女の下に追いついた。
他人でしかないユウにとって、重要なのは人間とゴブリンの衝突を防ぐ事かも知れない。
けれど彼はヒーローがするべき事は何かと、ずっと自問自答をしていた。
ヒーローは救世主ではない。救世主は世界を救うけれど、ヒーローは目の前の人々を救うのだ。
それは結果論では同じかも知れない、けれどヒーローは泣いてる女の子の涙を止める筈だから。
「人族の男! 貴様にゴブリンの何が分かる!?」
「分からない! これっぽっちも教えようとしないのに、どうやって理解できる!?」
姉はユウと舌戦を始める。
それを聞きながら少女は必死に理解しようとしていた。
「ゴブリンは何故弱い!? 妾はそれが悔しい! 人間は何故強い!? 妾は何者じゃ!?」
「姉……貴方、は」
その瞬間、少女は迷わず姉の下に駆け出した。
不意を突かれた姉は逃げることも魔法を行使することも間に合わなかった。
少女は迷わず正確に姉を捉え、姉に抱きついた。
「――え?」
「姉! やっぱり好き! 大好き! もう嫌! 全部、全部!」
妹は姉の事を想っていた。
姉の事をずっと妄信していた。
……けれどそれが間違いだった。
「は、離せ、離すのじゃ……!」
「離さない!」
ハッキリとした意思表示、姉はじたばたと暴れる。
少女は涙をたっぷり蓄えて、大粒の涙を流していた。
大好きだから、たとえ姉から嫌われたとしても、そんな姉さえも愛しているのだから。
「く……ならば、妾のサンダーで……!」
「正気か!? 二人纏めてやられるぞ!?」
「姉……私」
「う、く! サンダー!」
少女は覚悟した。姉を否定する事がどれ程辛いか。
ならば姉と共に心中する覚悟とて持つことが出来よう。
姉はサンダーの魔法を詠唱した。
だが魔法は発生しない、頭上に暗雲は立ち込めなかった。
「ふっ、
姉の魔力のリソースはもうとっくに尽きていた。
少女はまだ魔法について理解が不十分だったが、姉が無抵抗な事に気が付くと、彼女をゆっくりと離した。
「お前の勝ちじゃ……愚にも付かぬ妹のな」
「姉……それじゃ」
「敗者が何を言うものか、ひぐ!」
姉は言葉こそ
負けたことに悔しがり、自分のやってきたことを一番愛おしい者に否定された時、心の中はぐちゃぐちゃでどうしようもなく泣き出してしまった。
妹はそんな子供っぽく泣き出す姉を見たのは初めてだった。
どうすれば良いのかまるで分からず彼女はユウに視線を送る。
ユウはそれを見て、優しく微笑んだ。
どうしたいか? それは少女が迷う事じゃない。
少女がしたい事をするんだ。
「ッ、姉! 泣かないで、私がいる!」
「ひぐっ! 泣くなじゃと? 妹の癖に!」
「妹! だから、泣いてほしくない!」
妹は再び姉を抱き締めた。
優しい抱擁で、姉妹は姉妹だからこそ大切に思うべき存在だった。
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