ゴブリン姉妹の葛藤 #11

 ゴブリン達はそれぞれ統一感の無い武器を構えて戦場へと飛び出して行った。

 柄が途中で折れた槍に、錆びた剣、石の斧といった粗末な装備の第一陣は我先にと、或いはノミの蛮勇か。

 勇敢なのか無謀なのか、そんな哀れなゴブリンに襲った悲劇は、顔面を叩く大蛇の尾だった。


 「うりゃああ!」


 ツバキはゴブリン数匹を纏めて吹き飛ばす。

 ラミア一匹とゴブリンの戦力差はそれ程一方的であった。

 一気呵成と攻め立てたいゴブリン達であろうが、それを倦ねるのは穏健派や日和見派の存在だろうか。

 初めからゴブリンシャーマンに必ずしも忠誠を誓っている訳ではない者も交じるこの混成部隊の士気は決して高くはない。

 しかし、女王がいる以上、ゴブリン達は従うしかないのだ。


 「ゴブブー!」


 ツバキを危険視したゴブリンが槍を構えて突撃する。

 ツバキは身構えるが、しかし暗紫の鎧がそこへインターラプト!

 槍は暗紫の鎧に弾かれて折れてしまう。


 「ゴブ!?」

 「えい!」


 呆気にとられるゴブリン、すかさずムーンは手刀で峰打ち。

 種族の圧倒的能力差は文字通り大人と子供レベルに違うものだった。


 「ゴブリン程度の力じゃアタシも無理だと思うけど?」

 「万が一はありますし、ボクならノーダメージですよ」

 「さながら戦車タンクね、貴方」


 ムーンはニコリと笑うと、飛び込んできた矢と投石を鎧で弾いた。

 フルアーマーには死角はない。ましてゴブリンの非力さで、デュラハンのような強力な種を相手にする事が無謀だろう。


 「アッギャース!」


 一方ディノレックスのルウを相手にするゴブリンは更に気の毒か。

 ルウはゴブリンを爪牙尾を使い、薙ぎ倒していく。

 強力な肉食獣を相手にしたゴブリン達の士気は見る見る下がっていく。


 「ええい! ライダーだ! ゴブ! ゴブー!」


 シャーマンはアーチャーの少女をなんとか蹴りはがすと、逃げるように森に隠れた。

 返すように飛び出してきたのは、狼の魔物ダークウルフに跨ったゴブリンライダー達だった。

 ゴブリンライダー達は各々武器を構えながら一行に襲いかかる。


 「ち、こんな戦力隠してたなんて!」


 ツバキは舌打ちした、猛毒の仕込まれた黒曜石のナイフを見て、渋々ホルスターに仕舞う。

 ヒーローは悪人でも殺さない、か。

 正直詭弁よね、とツバキは愚痴る。

 けれど……ユウに応えたい、ツバキは覚悟を決めた。


 「シャー! やってやろうじゃないの!」


 狼の魔物達はラミアの蛇睨みに足を止めた。

 ツバキの持つ特殊能力スキル蛇睨みサーペントアイ』だ。魅了を得意とするラミアにとって、恐怖をコントロールするのもまた容易な事だ。


 「申し訳ございませんが!」


 そこへムーンは鞘に挿したままの剣をフルスイング!

 ゴブリンライダーは蹴散らされた!


 「うわ、痛そう」

 「大丈夫……だと、思います、多分、と!」


 一見繊細そうに見えて、実はかなりの大雑把でおっちょこちょいのムーン、すかさず飛び込んできたゴブリンに思わず膝打ちを叩き込む。

 鼻骨を折られたゴブリンは悶絶、それを見てムーンはニハハと笑うが、胡乱げにツバキに見られたのは言うまでもないだろう。


 「ゴブー! ゴブブー!」

 「ゴブゴブ!」


 ツバキとムーンは際限ない矢と投石に晒された。

 ツバキは顔面を守りながら舌打ちする。


 「ち、やっぱり鬱陶しいわね」

 「致命的な一撃クリティカルヒットには注意しないと、ですね」

 「まあ、アンタはその心配なさそうね」

 「その分素早く動けませんから」


 ムーンは皮肉げに微笑む。

 そうフルアーマーの彼女はツバキ程素早くはない。

 その分この謎の鎧はゴブリンの攻撃を物ともしないが、彼女とて弱点はある。

 

 「ガオオン!」


 狼の魔物がムーンに襲いかかった!

 ムーンはすかさず狼の魔物を振り払おうとするが、狼の魔物はそれを避け、ムーンに体当たりをする。

 その程度、と言いたい所だが、その時アクシデントが彼女を襲った。

 体当たりの衝撃で首が跳んだのだ。


 「あっ、まずい!?」


 視界が上下に回転する。

 首と胴体のロックが甘いから起きた正に致命的な一撃クリティカルヒットであった。


 「この!」


 すかさずツバキは狼の魔物を尾で弾き飛ばす。

 そしてムーンの頭部を片手でキャッチした。


 「アンタも弱点位あったわね」

 「面目ないです……」


 ツバキはムーンの頭部を返すと、ムーンは慌てて頭部を固定する。

 ムーンは盾にならないといけないのだ、この致命的な弱点だけは早急に改善が必要だと痛感した。


 「あの、ゴブリン娘は?」


 ツバキは乱戦状態の中、ゴブリンアーチャーを探した。

 ゴブリンの数は多い、村で見た数よりも多いのではないかと錯覚する程に。

 気がつけばゴブリンアーチャーの少女も、ゴブリンシャーマンも姿が見えない。


 「彼女は族長を追いかけて行った!」


 ユウが駆け寄る、戦闘能力は無い分ユウはしっかり戦況を見て判断をしていた。

 ゴブリンアーチャーとゴブリンシャーマンは森の奥へと進んでしまった。

 状況は止められる程予断も許しはしない、彼女をどれだけ信じられるか。


 「ユウ、ここはアタシ達が食い止める! アンタはあの娘追いかけて!」

 「ツバキ……頼む!」


 ツバキはユウを送り出すと、ニンマリ笑った。

 頼むと言われたのだ、こんなに嬉しい事はない。

 だがムーンはそんなツバキを三白眼で睨むのだった。


 「ユウ様は、ツバキさんのモノじゃないですからー」

 「ちょ、モノって!? アタシそんなつもりじゃないから!?」


 とは言いつつも、顔を真っ赤にしてどこか嬉しそうなツバキの反応は正に恋する乙女だった。

 ツバキは尻尾をブンブン振ると、やる気を漲らせる。


 「シャーッ! 掛かってきなさいゴブリン共!」

 「まだ蛮勇奮えるのでしたら、ですが!」


 二人の魔物は互いの背を守り、ゴブリン達に啖呵を切った。

 ゴブリン達はこの格上の魔物達に攻めあぐねる。

 彼我の戦力差は明白だ。

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