ゴブリン姉妹の葛藤 #10
月が森を照らす、ゴブリン少女は三角座りをしながら空を見上げた。
仮眠を取る一行、唯一ユウだけは眠っていなかった。
「寝ない、の?」
「実はあまり寝付きが良くなくてさ」
ユウは元々あまり睡眠時間を多く取る方ではなかった。
その原因は、元々の生活習慣もあったが、今は別の理由もあった。
ユウは空を見上げると、ふと星空についてゴブリン少女に質問した。
「ねえ、お姉さんは星座に詳しいの?」
「ん……姉、星の神様から、力授かった。シャーマンは祈る者、星の神、祈る」
ユウは星の神と聞いて隣国ブリンセルに星の神々を祀る聖教会という存在を思い出した。
こちらの国ではそこまでメジャーな宗教ではないが、案外同じ神様を祀っているのだろうか?
ユウは勿論あの美しき女神エーテルを思い出した、案外あの女神が星の神だったり、と。
「ユウ、貴方の国、も、戦争、ある?」
「……あるよ、体験した事はないけど」
少女は怯えるように縮こまった。
自分の知らない世界にさえ、望まぬ悲劇があると知って、失望したのだろうか。
けれどもユウは言った、星空を見上げながら。
「世界にはヒーローが必要なんだ」
「ヒーロー?」
「どんな悪党もパンチ一発で倒して、どんな悲劇さえハッピーエンドにしてしまう、そんな存在さ。まあテレビの中の話だけどね?」
ユウはそう言うと照れくさそうに笑った。
ユウにとってヒーローは特別な存在だ。派手な全身タイツを纏って、現実はこんなに苦しいのにヒーローはいつだってユウの心の中を元気にしてくれた。
そうなりたい、誰にも愛されなかったからこそ、皆を愛するヒーローになりたい。
現実はそんな夢さえ抱かせてくれなかったが、ユウはこの世界ではそんな荒唐無稽なヒーローでありたいのだ。
「ヒーロー、どんな悲劇でさえ、ハッピーエンドにしてしまう……」
少女の目は輝いていた。ユウは見たこともない程美しいサファイアのような瞳に飲み込まれそうだった。
少女の中にもヒーロー像がある、ヒーローはどんな人でさえ救いの手を差し伸べてくれるはずだから。
だから、ユウは少女から目線を反らしながら言う。
「ヒーローは君だって助けてくれるさ」
「ユウ、ヒーロー?」
「え? あ……あはは、そうでありたいとは思っているさ」
けど、現実は中々ついてこない。
神様は分かりやすいスーパーパワー等は授けてくれなかったのだ。
簡単に最強になれるチートスキルなんて、甘えた加護は与えてくれない。
強いて言えば、こんな数奇な縁を与えてくれたことには感謝だろうか。
ヒーローになる。簡単に言ってもそれは難しい、けれど目指す事をユウは誓ったのだ。
「私、姉、殺したくない。ヒーローなら、どうする?」
「ヒーローは悪人でも殺さない、ヒーローならきっとあのお姉さんも救う筈だよ」
「ヒーロー……姉にも、ヒーロー」
ヒーローが夢を与えてくれる。
それは古今東西に関わらずヒーローの持つ魅力だろう。
ユウは少女のヒーローである事を心に誓った。
ガサ、ガサガサ!
突然草むらがざわついた。
ツバキとムーンは直ぐに起き上がり、ゴブリンの少女は体勢を低くして弓を構えた。
「敵?」
「ゴブリン!」
ツバキは周囲を伺いながら敵か聞くと、直ぐに返答は帰ってきた。
矢だ、暗闇から無数の矢がユウ達に襲いかかる。
「ユウ様!」
ムーンはすかさず盾になった、キンキンキンと石の鏃がムーンに被弾するが、暗紫の鎧は無傷である。
一行は直ぐにユウを守る様に取り囲んだ。
その為に一行は開けた広場をキャンプ地にしたのだから。
「キャキャキャ! 妹よ! 覚悟は出来ているなあ!?」
暗闇より真っ先に躍り出たのは、あのシャーマンだった。
妹に比べ貧相な身体、それを呪術的な禍々しい装具で覆った少女は嘲笑う。
まるで端から負ける事も想像していないかのように。
「姉、どうしても、決着、つける?」
対する妹は未だ争うことには消極的だった。
弓に矢を番えるも、矢を握る手は震えていた。
けれどユウはそれを見て、少女の肩に優しく手を置いた。
「あっ」
少女の可愛らしい声が溢れる、視界がユウに振り返った。
ユウはこのゴブリンアーチャーの少女が可愛らしい娘だと思った。
優しく、手先が器用で、ちゃんとゴブリンとして未来も考えている。
とても立派で、それで彼女は酷く不安定な少女だ。
「ユ、ユウ?」
「大丈夫、俺を信じてとまでは言わない。でもヒーローの存在を信じて」
ヒーロー、そんな者が本当に存在するのか、少女には分からなかった。
けれども、ユウの掌から温もりが伝わると、少女の身体から震えは収まっていた。
少女は深い息を吐くとキッと鋭く姉を睨んだ。
覚悟が決まった。
「キャキャキャ! お前は弱い! 言葉も教えたのは妾じゃ!」
「うん、姉、優秀、自慢。けれど、姉、間違ってる。暴力、なにも、変えられない」
非服従非暴力は真の暴力の前では無意味かもしれない。
されど血の革命を誰よりも彼女自身が望んでいなかった。
彼女の求める革命運動は、ゴブリンのこれからを問う問題なのだ。
「ほざけ! ゴブリンこそ最も優良種! この世界で最も偉いのもゴブリン!」
「違う、世界、皆、生きてる、皆同じ、だから、生きてる」
二人の見解は真っ二つに割れている。
ゴブリンを優良種だと謳う姉のゴブリンシャーマン、命に優劣は無いと言う妹のゴブリンアーチャー。
二人の意見それぞれに、誰でもない彼女らを取り囲むゴブリン達は聞いているのだ。
ゴブリンは一般的に知能が人族の子供と同レベルだと言われている。
力も知能も決して優れている訳ではないが、彼らは馬鹿ではない。
ゴブリン達は武器を手に持ち、号令があれば一斉に迷わず襲いかかるだろう。
彼らは強い主に従う、それがゴブリンの定めだからだ。
けれども、それはゴブリンが思考を放棄したのではない。
ゴブリン達はそれぞれ、異なる考えがある。
ゴブリンシャーマンの言葉を盲目的に信じる者、本当に正しいのか懐疑的な者。
中には武器を降ろしてしまった穏健派まで見守っている。
ゴブリン達は求めているのだ、果たして何が正しいのか?
真なるゴブリンの族長に相応しいのはどちらなのか。
今、ゴブリン達はこの一瞬を見守る。
それが己の運命だと認めて。
「キャキャキャ! もはや語るに及ばず! 受けよ我が魔法!」
ゴブリンシャーマンが魔力を練る、髑髏を象った杖に魔力は集中しだした。
暗雲が空を埋め尽くす、ユウは緊張のあまり喉を鳴らした。
「
「ッ!」
同時に動いた!
ゴブリンアーチャーの少女は頭上に向けて、矢を放つ!
ゴブリンシャーマン必殺の魔法サンダーは矢に直撃すると、凄まじい光と音が爆発した!
「くうう!? あの子は!?」
目も開けられないような閃光に顔を隠すツバキはゴブリンアーチャーの少女を見た。
少女は健在だ、そしてそれに一番驚いたのはゴブリンシャーマンだった。
「ば、馬鹿な!? 妾の必殺の魔法が!?」
石で出来た鏃だけが、少女の足元に真っ赤に赤熱して落下する。
「姉、魔法、凄い。でも、対策、出来る!」
少女はそう言うと真っ直ぐ駆けた。
慌ててゴブリンシャーマンはもう一度魔力を練る、だが遅い!
ゴブリンアーチャーの少女はゴブリンシャーマンに組みかかると、魔力はあっという間に拡散した。
体格相応にゴブリンシャーマンの身体能力は劣っているのだ。
「ククウ!? かかれ! ゴブブブーッ!」
ゴブリンシャーマンはじたばた暴れながら、ゴブリン達に命令した。
呆気に取られていたゴブリン達も、今の族長が誰か位は承知している。
ゴブリン達は一斉に武器を構えた。
「全く、なんでもありね……なら!」
「こちらもなんでもありです!」
「アッギャース!」
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