ゴブリン姉妹の葛藤 #9

 「大丈夫!?」

 「う……あ?」


 ゴブリン少女は目が回っていた。

 ユウが動けない彼女を介抱すると、ビリビリとユウに痺れが伝播する。

 それほどの威力の一撃だ、魔法使いの脅威でもある。

 ユウは電撃に少しだけ表情を歪ませるが、直ぐに少女を背負った。


 「む! 見たことない人間! 妹をどうする気じゃ!?」

 「ルウ!」


 シャーマンは杖をユウに向け、威嚇するがユウはそれを無視した。

 ゴブリンに囲まれながら孤軍奮闘するルウは、周囲を蹴散らすと、主人の下へと駆け出す。

 ユウはすかさずルウに跨ると、次にツバキを見た。


 「撤収よ!」


 ツバキは全てを理解してくれた。

 ユウはゴブリン少女の無事を確認すると、直ぐにルウを走らせた。


 「ルウ、ウレイ行け!」

 「アギャース!」

 「ぬうう! 逃がすなー! ゴブ! ゴブブ、ギャギャ!」


 ゴブリンシャーマンはゴブリン達に指示を出し、追撃を試みた。

 しかしディノレックスの健脚に追いつける筈はない。

 ツバキを追うゴブリン達もいたが、こちらも同様だ。

 森林を縦横無尽に駆け回るラミア族を追いかけるには、いかにゴブリンといっても容易ではない。


 やがてユウはゴブリン達を撒くと、ツバキやムーンと合流を目指した。

 その途中、ゴブリン少女はユウの腕の中で目を覚ます。


 「あう……私?」

 「身体、大丈夫?」


 ゴブリン少女は記憶が飛んでいるのか、ユウの顔を見ると、ビックリして跳ね起きた。

 その際ルウの背中から落竜しかけるが、ユウは慌ててゴブリン少女を支えた。


 「よっと! 大丈夫?」

 「は、はい……その、私、負けた?」


 ゴブリン少女は落ち着くと、持ち前の平衡感覚でルウの背中に座り、不安げに事の顛末を質問した。

 ユウは苦い顔をするが、嘘をつく事は出来なかった。


 「雷の魔法で」

 「ッ……!」


 それを聞いたゴブリン少女は泣き崩れた。

 自分の無力を、優しさを、止められなかった事を。


 「うわああああん! 私、姉、止めれなかった! あまつさえ負けて! あああ!」

 「悔しいだろうけど、まだチャンスはある」

 「……チャンス?」


 ユウは森の奥から大蛇の影を確認すると、ルウに減速を指示した。

 現れたのは同じようにゴブリンを撒いたツバキだった。

 更に別方向からはムーンも駆け寄ってくる。

 ユウはルウから降りて、皆を見ると先ずは先の目的の達成について感謝した。


 「ツバキ、ムーン、それにルウも! 皆のお陰で捕まった人達は無事開放できた! 協力に感謝する!」

 「それが依頼でしょ」

 「わ、私はユウ様の為なら何でも出来ますが!」

 「あー、アンタまたそうやってユウにぶりっ子〜?」

 「ふん! ツバキさんには関係無いです!」

 「やっぱり生意気!」

 「まあまあ! 喧嘩は止めて」


 ツバキもムーンも、改めてユウにとって掛け替えのない仲間だ。

 多少仲の悪い所があるが、ユウが仲裁すると、二人の喧嘩はそれまでだ。

 だが、聡明なツバキはシュルリととぐろを巻くと、真剣な面持ちでゴブリン少女を見た。


 「アンタの目的は失敗だったわね」

 「う……私、失敗、なんてこと」

 「ツバキ、ムーン、相談がある」

 「え? ユウ様?」


 ユウはそんなゴブリン少女ついてどうしてもやらなければならない事があった。

 けれどもそれはユウだけでは実行不可能だ、間違いなくここにいる全員の力がいる。


 「知っての通りゴブリン村は完璧に選民思想に囚われたファシスト政権が握っている」

 「姉、昔は優しかった……色んな事教えてくれた、星空二人で眺めるの、私、好きだった」

 「……ラミアは群れないから、群衆性は良く分からないけど、あれが危険だってのは理解できるわ」


 ゴブリン少女の想いは複雑だ。

 姉が率いる軍事政権、穏健なゴブリン達も今は秘密警察のような者に抑圧されている。

 革命だ、必要なのは革命である。

 だがユウはその革命の在り方を危惧した。


 「もう、姉、仕留める以外、止める方法は」 

 「ガンジーかカストロか」

 「え? なに?」

 「ユウ様?」

 「昔住んでいた場所には、二人の革命家がいた一人はマハトマ・ガンジー。そしてもう一人はフィデル・カストロ。ガンジーは非暴力非服従の運動によって巨大な支配政権で革命に成功した。一方でカストロは一人を殺せば十人が助かるという思いで巨大な軍事政権に抗い革命を成功に導いた」


 ユウにとって、それはどちらも生きている間に起きた革命ではないが、考えさせられる物だった。

 一方は平和な革命だとすれば、もう一方は血に濡れた革命かもしれない。

 だがこの二つは比べてもいいのだろうか?

 イギリスからの離脱を試みたインドの事情と、社会主義国家の誕生を恐れた冷戦下アメリカの徹底的な攻撃から、それでも愛国心を持ってキューバ革命に導いた事、二つは革命の理由も、その状況も異なっている。


 「革命に何が正しいのか分からない、いつだって戦う事は最終手段だ」


 ユウは震えるようにそう呟き、拳は硬く握りしめられた。

 ただユウは拳を振り上げる、まるで革命家のように。


 「遅かれ早かれ、このままじゃゴブリンと人間の全面戦争は始まってしまう! 革命は必要だ! でも血塗られた革命であるべきか!?」

 「わ、私は、嫌、です」


 ゴブリン少女は震えながら、そう意見した。

 どこまでも優しく性格が甘いとさえ言える少女に、ユウは頷いた。

 ユウもまた、非情にはなりきれない優しき男だからだ。


 「けど現実はあの馬鹿姉をどうにかしないと、現状はなにも変わらないわよ?」

 「確かに独裁者を討てば、ゴブリンの村は急速に変わるかもしれませんが……」

 「だがゴブリン以外の者が討っても、それはゴブリン全体の反発を招く……どの道ゴブリン少女の選択しか」


 ゴブリン少女は背筋を震わせると、恐ろしそうに俯いてしまった。

 姉を討て、それ以外に道はないと現実を突きつけられて、その絶望に打ちひしがれる。

 甘えは許されない、愛した姉といえど暴虐の者になるならば、革命の矢を放つ非情さが必要なのか。


 「少なくとも人間側は次は殲滅にくるわよ?」


 ツバキは脅すように言った。本人に悪気はないがゴブリン少女の顔は青くなった。

 タイムリミットがある。ディンがあの被害者達を街へと送り返せば、直ぐに事態は知れ渡る。

 強力なゴブリンの突然変異個体がいた等知られれば、熟練の冒険者が派遣されるだろう。

 冒険者達にはユウ達のような慈悲は期待出来ない、ゴブリンであれば皆殺しを是とするだろう。

 ゴブリンにも善良な者はいるし、悪党もいる。

 人間とそれほど変わらない社会構造がある。

 だからこそ、ユウはそんな惨劇を否定したかった。


 「ムーン、ツバキ、もう一度だけ力を貸してくれ、必ずしゴブリン村の暴挙を止める!」

 「私は良いわよ、どうせ私も立場は魔物だもの、冒険者の相手は慣れてるし」

 「あまり暴力は好みませんが、ユウ様がそれを望むなら私も誠意を持って、お支えします!」


 嬉しい言葉だ、ユウは最後にゴブリン少女を見た。

 ゴブリン少女はユウと顔を合わせない。

 それは無理からぬこと、それでも必ず決めなければならない事だ。


 「少しだけ、考えさせて、下さい」


 ゴブリン少女がそう言うと、ユウは首を振った。

 それは諦めではない。

 ただゴブリン少女の優しさを信じたのだ。


 「出来るだけ開けた場所で休憩しよう」

 「案内、する」


 ゴブリン少女はギリースーツのフードを被ると、一行を先導した。

 森のことなら隅々まで知るゴブリン少女は、希望通りの場所まで誘導すると、ユウ達は休憩を開始するのだった。

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