猫たちとの出会い ⑯

とびちゃんが子供たちと和解して、我が家の雰囲気は大きく変わりました。

うちで長時間過ごすようになってきた波多野はたの福本ふくもとは、外から「帰宅」するなり、すぐとびちゃんに会いに行きます。

ママと毛繕いし合ったり、一緒に寝たり遊んだり、ふんふん鳴いてママに甘えたり。

ごはんも一緒に食べたがったり。

子別れする前と少しも変わらない光景が、物置で見受けられるようになりました。

いくら自分たちの身体からだが大きくなっても、子供たちにとっては、ママはいつになっても変わらない、安心を与えてくれる存在なのでしょう。

加えて波多野と福本は、ママを根気強く誘い、少しずつ物置の外に連れ出してくれるようになりました。

最初は玄関まわり、次に廊下、私がいる一階の仕事部屋を避けて階段の踊り場、そしてついに、普段は誰もいない自由空間、二階へと!

最初はへっぴり腰だったとびちゃんも、すっかり二階が気に入ってしまいました。

というより、「ここをキャンプ地と……もとい、領土とするわ!」と宣言し、堂々と二階で寝起きするようになりました。

そりゃそうですよね。

何しろ広いし、部屋はいくつかあるし、通りや庭を見下ろせる窓も複数箇所にあります。

全体をフェンスで囲っておりのようにした広いベランダもあるので、直射日光を浴びて日なたぼっこしたり、外の風に当たったりすることもできます。

ベッドでもソファーでもテーブルでも、飛び乗ってくつろぐ場所も選び放題です。

とびちゃんはきっと、「籠城生活なんて、馬鹿馬鹿しかったわ。これからは、ここで自由に暮らそう!」と思ったことでしょう。

ようやく、物置は本来の用途を取り戻し、室内に据えた様々な猫用の生活用品もお払い箱です。

どうやら、物置のシステムトイレはやむを得ず使ってくれていたらしく、とびちゃんはあっと言う間に皆と同じ、鉱物系の砂を満たした古典的な猫トイレを愛用するようになりました。

やはり元野良猫なので、あの砂をザッザッといて糞尿を隠すアクションは、心地よい、あるいは、外敵から身を守るための自然な行動なのかもしれません。

実は一度だけ、荷物の受け渡しのときにうっかりして、とびちゃんが外に出るのを許してしまったことがあります。

二度と帰ってきてくれないのではないかと気をみましたが、翌朝、「おなかいたわ」と堂々のご帰宅。

もりもりと食べ、スタスタ二階へ行き、客用のベッドでこてんと眠りに落ちました。

自分の油断を反省し、胸をで下ろすと共に、とびちゃんが、家猫生活をうんと気に入ってくれていることを知って、結果として本当に嬉しいアクシデントでもありました。

そんな、家にどっしりと腰を落ち着けたとびちゃんに影響されたのか、福本と波多野も日に日に家に留まる時間が延び、甘利あまりもほぼ毎晩、帰宅してくれるようになりました。

嬉しい変化ではありますが、福本、波多野、甘利の完全家猫化までは、さらなる工夫が必要そうです。

そこで私は、あることを思いつきました。

「家族のルーティン」です。

とびちゃんに、私への信頼感を少しでも持ってもらい、家での緊張感を緩和するために。

とびちゃんの子供たちにも、「家にいれば、いいことがある」と、もっと知ってもらうために。

やっとよりを戻せたとびちゃんと子供たちが、一堂に会する機会を作るために。

そして何より、みんなが嬉しい気持ちになれるように。

そうした目的を達成するべく、私が用意したのは、おやつでした。

甘利が「帰宅」したら、みんなでおやつを食べる。それも、一匹ずつ、私の手渡しで。

ちょうど、読者の方が「猫たちに」とプレゼントしてくださった鹿肉ジャーキーが、私の手元にありました。

しっかりした、いい匂いのするジャーキーを細長く割いて、ワクワクと待つ猫たちの口元に差し出していきます。

もっと幼い頃、焼かつおを同じ方式で与えられていた子猫たちは、それを思い出したのか、あっという間に上手にジャーキーをくわえて受け取るようになりました。

焼かつおよりずっと歯ごたえがあるジャーキーは、食べるのに時間がかかり、一匹ずつ順番に与えるには最適のおやつです。

とびちゃんは、最初の頃、手渡しを断固として拒否していました。

「いいから、そこに置いて下がりなさい!」といったかたくなな態度を崩さなかったのです。

でも、私も引き下がりませんでした。

「手渡しじゃないと、あげないよ」

そんな、ちょっと意地悪な態度を取り続けたのです。

すると、さすがのとびちゃんもジャーキーの匂いと、美味しそうに食べる子供たちの姿に我慢ができなくなったのか、躊躇ためらいながらもジワジワと私に近づき、あーんと大きな口を開けてくれるように!

がぶりとジャーキーをくわえた途端、安全距離まで飛び退しさるところは相変わらずですが、大口を開けたとびちゃんの顔は、一瞬でも少女めいて見えて、とても可愛らしいのです。

こうやって私たちは、少しずつ距離を縮め、徐々に「家族」になっていきました。



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「カクヨム」での連載はひとまず今回までとなります。

ご愛読いただきまして、ありがとうございました。

今後は不定期掲載ののち、書き下ろし分を含め『猫と私』として書籍化予定ですので、お楽しみにお待ちください。


*書籍化の予定は、角川文庫キャラクター文芸編集部X(Twitter)@kadokawa_c_bun をご覧ください。


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猫と私 椹野道流/角川文庫 キャラクター文芸 @kadokawa_c_bun

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