宴の仕度

―誕生、あるいは七日目ごとの神の息抜き―

 少し粘り気を帯びた水溜りに横たわる体。そこかしこに。灰色の光を帯びた、だだっ広いだけで何もない部屋。

 

 皺くちゃで枯れ枝みたいな体、腹の肉が液体のように床に垂れた肥満体、美の女神が細部にまで気を配ってこしらえたみたいに完璧な曲線を描く体、老いも若きも、美も醜もごたまぜ。


 その体、一体一体を丁寧に柔らかな布でくるみ、拭い、乾かしているものあり。

 そのものの姿は、見る側の事情で変化する。今はまだ、何者でもないそれは、おそらく魅惑的な女の姿をとるはずだった。


 彼――いや彼女は、ヒトのような下等な生き物との約束も、決して反故にはしない。今回集めた罪人たちのなかには、ここでアビーと呼ばれていた女の呪詛の対象であった男二人も含まれている。


 そう今回は、股間から今は萎びた袋を下げた連中が対象だ。ただ例外的に――


「おい、こら。食べちゃダメだ。まだ始まってもいないのに」


 三体の毛むくじゃらの獣、小柄な成人ほどの大きさに育っているが、まだまだ子供だ。


「あーあ」


 無駄に体が重くなるだけで、見せびらかして威嚇する以外の用途があるとは思えない筋肉に全身を包まれた男の股間が真っ赤に染まっていた。


 まあいい、どうせこいつらには、過去の記憶がないんだから。元からなかったと思えばいい。


 叱られた子供たちは、一目散に逃げていく。その途中で踏み越えていく体から、一口二口素早く齧り取るのを忘れない。


「まったくもう」


 彼女は別の体にかがんで、濡れた体を拭き始める。この体は、華奢で手足が長く、胸はわずかな膨らみを見せている。

 口の端がめくれあがって、するどい牙が現れる。このゲームで二巡目を迎えることは珍しいが、元の世界でしでかしたことを鑑みれば、それもやむなきこと。


 横たわる肉の一人が呻き声を発した。この状態で覚醒する者はほとんどいないのだが、何事にも例外はある。

 見ると、男の一人――よく肥えており体毛が濃く、頭頂が薄くなった中年――に、二体が背後から覆いかぶさっていた。が、喰っているのではなかった。茶色くまん丸い目が興奮に輝いている。


「おい」


 彼女は溜息をついて、放置しておくことにする。あいつは、悪趣味極まりない、違法ポルノ動画で荒稼ぎしていたやつだ。同情に値しない。だが――


「交尾しながら喰うのはやめなさい」


 喰わなければよいのだと受け取ったらしい子供たちは、一層激しく突き動く。

 あの二体は雄であったか、と彼女はひとりごちて、作業を続ける。もう一体は、姿を消していた。男が少女のような情けない悲鳴を上げ続けるので、彼女は苛々とした口調で言う。


「うるさいぞ。いいか、誘ったのはお前の方だ」


 たしか、これがあいつの用いる常套句だったはずだ。


 彼女は、罪人が好きだ。愚かしく身勝手な欲望に突き動かされるのは、人間の特性という気がしないでもない。そのように不完全なまま地上に産み落としたのは、彼女なのだから。


 それでも、度が過ぎればそれはやはり見過ごせないし、報いは受けるべきだろうと思う。


「さて、そろそろ始めようか」


 ぶぅうう……んんん……


 耳鳴りのような音に合わせて、一名を除いてまだ意識を失ったままの男たちの体が、見えない糸で操られているかのように少しぎこちない動きで起き上がった。

 全員、一糸まとわぬ姿。

 ただ、小太りの毛深い男は臀部から血を流しすすり泣いており、まだ意識のない筋肉男は股間から血を流している。その他、腕や腰の肉を一部欠き出血している者が複数いる。


 子供たちにはあとでお灸をすえてやらなければならないと彼女は思う。


 耳鳴りのような音が治まると、男たちが一斉に顔をあげた。

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死と乙女 春泥 @shunday_oa

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