応えの代わりに梔子を
安崎依代@1/31『絶華』発売決定!
序
随分と長い間、眠っていたような気がする。
動きがぎこちない
頭を預けた木の幹の感触。体の下には柔らかく茂った下草。微かに鼻に届くのは、名もなき野草が咲かせる花の香りか。
──初夏、か。
一等好きな季節の気配に、緩く口元に笑みが浮く。
そんな表情の変化に、
その声に、さらに口元の笑みが深くなるのが分かる。
「……おはよう、
姿が見えるよりも前に、呼びかける声がこぼれていた。それが正しかったのかと確認するために視線を流せば、同じ木陰の中に誰よりも見慣れた姿がある。
艶やかに流れる夜色の髪。きっちり高い位置で結い上げられた髪型にも、暑い季節であっても緩むことのない着付けにも、片膝を地面についてこちらの様子を伺っている姿にさえ、几帳面さがいかんなく
動きやすい武官平服も、腰に下げられた剣もいつもと変わらないのに、いつだって厳しさしかなかった顔には今、ふとしたら泣き出しそうな、それでいて呆気に取られたような、見たことない表情が浮かんでいる。
ふと、その姿がぼやけて、一瞬の後、頬を温かい何かが伝った。
多分、まだ寝ぼけているせいなのだろう。いつだって隣にあって、四六時中顔を合わせている癖に、何だか久しぶりに晶蘭の顔を見たような気がした。
何だかそれが、ひどく嬉しくて、……同じだけ、切ない。
「もしかして、俺、寝坊した? ……ん、違うか、居眠り……? 起こしに、てか……探しに来てくれたんだろ、蘭蘭」
ゆっくりと
「おはようございます、殿下」
その言葉に、風が追従するかのように揺れる。
爽やかな、善き風だ。その風に晶蘭の髪と、水晶の欠片が連ねられた髪紐が優雅に揺らめく。木陰も、纏った衣もザワザワと揺れ動く中、晶蘭の黒曜石のような瞳だけが、揺らぐことがない。
そんな些細なことに、なぜかまた
──嗚呼、なんだか……
夢、みたいだ。
いまだに眠りの裾を引きずるような夢見心地のまま、
応えの代わりに梔子を 安崎依代@1/31『絶華』発売決定! @Iyo_Anzaki
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