掌編小説集:Relate

詩人

#1 おやすみ彼女

 そこで私の記憶が途絶えたのは覚えていた。

 何にもなれない私が、何者かになりたいと意識した瞬間。

 もう何年私は私のままで過ごしてきたのかすら理解できない。

 それも、もうこれで終わるのだと予想して心が躍る。

 私はこれから、誰かの世界で誰かになるのだ。

 既に作りあがった脚本、登場人物、台詞、世界設定。

 そこへ私だけが異質な存在として、憑依することになる。

 これができるのは、他でもなく私が「何にもなれないから」だろう。

 どんな物語、時代、世界、人物を体験できるのだろう。

 うすら寒い恋愛話でもいい。

 国を懸けた戦争ものでもいい。

 はたまた全く違う世界でロボットとして生きる話もいいな。

 とにかく今の私ならば、何者にだってなれる。


 夢の中ぐらい、なりたい自分でいさせてくれよ。

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