「人中の呂布、馬中の赤兎」 ~矛先を折る!外伝

おーぷにんぐ☆あうと

「人中の呂布、馬中の赤兎」

冀州にある一際、華やかな都、鄴。

袁紹が冀州を制し州都と定めてから、曹操が陥落させるまで、袁家の象徴ともいえる河北の一大都市である。


実は、この鄴、曹操の手に落ちる十年以上前にも、一度だけ、袁家の手を離れたことがあった。

それは、袁紹が公孫瓚討伐の帰路、鉅鹿郡に流れる漳水しょうすい薄落津はくらくしんで、諸将を集めて宴会を行っていたところ、突然の急報により知らされる。


「魏郡駐屯兵は黒山賊と結託し、謀反を起こしました。太守栗成りっせいは討ち死にし、鄴は陥落とのことです」

宴会に参加していた諸将の動揺は激しく、持っていた杯を落とす者が続出したが、袁紹は顔色を変えず、杯を飲み干した。


「まだ、慌てる段階ではない。まずは、斥丘県せっきゅうけんに向かい様子を探る」

袁紹の号令のもと、行軍を開始する。斥丘県に駐屯し、待機していると黒山賊の陶升とうしょうという者が裏切って、袁紹の家族や主だった官吏を連れてくる。


「王者の威風に従う、お前は正しい」

袁紹は、褒美として、陶升を建義中郎将けんぎちゅろうしょうに任命した。

人質がなくなり、袁紹の戦いは一気に楽になる。


鄴に残っていた黒山賊も当てが外れたと、一転、窮地に陥った。

大軍に包囲されては一巻の終わりである。城を放棄して西へと逃げ出すのだった。


魏郡駐屯兵と黒山賊の間を取り持ち、反乱に導いたのは、李傕や郭汜が冀州牧として派遣した壺寿こじゅだという情報を掴む。

冀州牧は二人もいらないと袁紹は壺寿を執拗に追いかけた。


沮授の立てた作戦で、司隷河内郡の長歌県ちょうかけんにある鹿場山ろくじょうざん蒼厳谷そうげんこくに追い込むと、五日間、包囲する。

抵抗、虚しく壺寿は斬り殺され、黒山賊の頭目たちの砦も次々に落とされた。


黒山賊の左髭丈八さしじょうはち青牛角せいぎゅうかく郭大賢かくたいけんらは、顔良、文醜、張郃の攻撃を受けて、首を刎ねられる者もいれば、部下を捨てて逃げ出す者もいる。

結果、袁紹は、数万の黒山賊どもの首級を挙げるのだった。


反逆者を討ち滅ぼし、悠々と鄴へ凱旋する。

鄴へ戻った袁紹は、今後、自分の遠征の度に鄴が狙われては、たまらないと黒山賊の殲滅を画策した。


「黒山賊の動き、もしや袁術が裏で糸を引いているやもしれません」

黒山賊の首領、張燕ちょうえんが根城にしているのは常山郡一帯。

北へ軍を動かすのはいいが、南の袁術の動きにも警戒が必要だと、田豊が警鐘を鳴らしたのだ。


「確かに田豊殿の言には一理あります。連携する可能性を考慮しますと、精鋭を揃えての遠征は、見直した方がよろしいかもしれません」

「ならば、顔良、文醜は残していく。私、自ら出向けば賊徒など恐れるに足りない」


沮授からも進言があったため、袁紹は軍の編成を変更する。

顔良や文醜を南方に配置し、黒山賊には自らあたることにした。


ところが、賊とはいえ、黒山賊は数十万の兵を擁する武装集団。

用兵において、ただの賊として片づけるのは困難な相手だった。

さすがの袁紹も討伐には手を焼いて、一旦、鄴へ退き帰す。


ただの山賊と甘く見ていたのが裏目に出た。

今さら、南に配置した顔良や文醜を呼び戻すのも自尊心が許さない。袁紹は、対黒山賊に頭を抱えるのだった。


そんな折、ふらりと鄴を訪れた勇将がいる。

それは赤兎馬に跨る呂布だった。


呂布は、李傕、郭汜に長安を追われると、一時、袁術の元に身を寄せていたが、性格が合わないのか、すぐに放逐される。

方々をさまよった挙句、鄴に辿り着いたとのことだった。


呂布は、反董卓連合の盟主であったとき、しのぎを削った敵だったが、最終的には袁紹の仇敵、董卓を討った英雄でもある。

袁紹は、名門の度量を持って呂布と接した。


「これは呂布将軍、ようこそ、当家にお越しいただいた。長旅で疲れもあるだろう。まずは、ゆっくりとされるがいい」

「ご厚情、感謝します」


この時、呂布に付き従っていたのは、成廉せいれん魏越ぎえつらと数十騎の騎馬だけだった。

養う分に、それほど痛手ではなく、利用価値もありそうなため、袁紹は逗留を勧める。

行くあてのない呂布にとっては、まさに渡りに船だった。


「我が君、あの者を黒山賊に当ててはどうでしょうか?」

「それは、私も考えていたところだ」


田豊の考えと袁紹の考えが一致する。

仮に呂布が敗れたところで、袁紹にとって損失は少ないのだ。

武勇でのし上がってきたというのであれば、その最強と自負する力を見せてもらおう。


翌日、袁紹は呂布に黒山賊の討伐を打診する。

すると、呂布は快く承諾するのだった。


「それで、兵はいかほど必要だろうか?」

「兵は不要、我が手勢だけで十分です」

つい先日、袁紹自身が数万の大軍をもっても攻めあぐねたのだ。

それを僅か数十騎の兵で破るのは不可能としか思えない。


「呂布将軍、貴方の武勇は私も知っているが、黒山賊をただの賊と侮らない方がいい」

「侮るつもりはありませんが、急造の編成では、我が軍馬の動きについてこられないのです」

呂布子飼いの兵たちは機動力に自信を持っていた。

そこに袁紹の兵が組み込まれては、その最大の特徴を失ってしまう。


「袁紹さま。呂布将軍が、そこまでおっしゃっていますので、その通りといたしましょう」

「うむ。まぁ、よかろう」

これで、呂布が敗れても袁紹の損失は、まったくないことになった。

黒山賊に少しでも損害を与えるだけでも、妙味がある。


「それでは、早速、これから常山へ向かいます。袁紹殿は、後からごゆるりと参陣ください」

呂布は、そう言うと手勢数十騎だけを率いて、先発した。

見送った袁紹は、隣の田豊に語りかける。


「どう見る。勝てると思うか?」

「呂布の戦、間近で見たことがないので、分かりかねますが・・・私が聞く武勇の噂、尾ひれがついたものでなければ、少しは善戦するやも・・・?と、言ったところでしょう」


そうは言うものの、人の噂などあてにはならない。

田豊は、十中八、九で呂布が敗れさると見ていた。



袁紹が軍を率いて常山に着くと、息を弾ませた呂布が近づいてきた。

「これは、お早いお着きでしたな。来られる前に、十は首を挙げたかったのですが」

見ると呂布の陣営の中には、黒山賊の頭目と思しき首級が七、八個並べられていた。


聞いたところでは、数十騎の騎馬で数十万の黒山賊に突撃し、中で暴れ回ってからの離脱を繰り返しているという。

先ほど、本日、三回目の突撃を行って、戻ってきたばかりらしかった。

本人は、目標に達せず不服のようだが、袁紹には十分な成果に思える。


「いやいや、呂布殿、さすがです。初日の戦果としては十分だろう」

「う・・む。もう一度、行ってまいります。あと、二、三は首を持参いたしましょう」

やはり、呂布としては不服だったようで、袁紹が止める間もなく、黒山賊の軍勢に単騎で飛び込んで行った。

黒山賊の大軍の中、方天画戟を振り回していると、仇と言って呂布の前に三人の頭目が現れる。


「いつまでも調子に乗っているんじゃねぇぞ。この張雷公ちょうらいこうさまが相手だ」

その一人が非常に大きな声を張り上げる。どうやら、声が大きいため雷公を名乗っているようだ。

「いや、この李大目りたいもくさまがこいつの首をとる」

「待て待て、それは于氐根うていこんさまの役目よ」


三人で取り合っているようだが、呂布の目には、先ほどから雑魚が喚き散らしているようにしか見えない。

御託はいいから、さっさとかかってくればいいという感じだった。


「大きな声に、大きな目、氐根とは髯のことか?まったく黒山賊とやらは珍獣を集めた見世物小屋を開いた方がいいのではないか?」

「何だと」

三人が異口同音に吠えるが、その口が閉じる前に赤兎馬が翔ぶ。

あっという間に、三つの首が宙を舞うのだった。


「これで、十は超えただろう」

目標を達成した呂布は、敵の囲みを突き抜けて自陣へ戻って行った。

その赤兎馬の疾さに誰も追いつけない。

呂布だけではなく、あの赤い馬の異常ぶりにも黒山賊の連中は驚いた。


呂布は、陣に戻ると、まだ暖かい生首を袁紹に差し出す。

「これで本日の目標に達しましたわ」

闊達かったつに笑う呂布につられて、袁紹も笑うしかなかった。



翌日も、同じことを繰り返す呂布。

本日の餌食となったのは、黄龍こうりょう楊鳳ようほう


「名前だけは、勇ましいが実力はどうだ?」

「調子に乗るのも今日までだ」

「応、お前など、一刀両断に斬り捨てる」

返答も勇ましいが、両断されたのは、当然、この二人の方だった。


更に、翌日、登場したのは、劉石りゅうせき左校さこう

「何だ、名前がまともだな。ついにねたが切れたか」


何故、名前が普通で馬鹿にされなければならないのか。

理不尽さを感じる二人だったが、呂布の方天画戟はもっと理不尽だった。


何かが光ったと思った刹那、二人の息の根が止まる。

その速さにもしかしたら、自分が死んだという自覚がないまま、首を斬られたのではないかと思うほどだった。


そして、次の日に異変が起こる。

誰も呂布と戦おうとしないどころか、赤兎馬とともに近づくと後ずさり、呂布が動くたびに人の群れが移動する。


「どうした。俺と闘おうという者はいないのか」

黒山賊は、呂布が方天画戟を振り回せば恐怖におののき、赤兎馬が嘶けば、悲鳴を発した。

「来ないというのであれば、こちらから行くまでよ」


赤兎馬を飛ばし、単騎で呂布が黒山賊の中に突っ込む。

自由に暴れ回る呂布に、張燕が苛立ちを見せた。


「いくら呂布とはいえ、一騎に何してやがる」

「あれは、ただの一騎じゃないぞ」


張燕に声をかけたのは、昨日、増援としてやってきた張白騎ちょうはくきである。

白い騎馬を巧みに操るのが名前の由来だけあって、騎馬戦においては黒山賊、随一だった。


「あの呂布が乗っている馬、赤い悪魔らしい」

「赤い悪魔?何だ、そりゃ」

「羌族の連中の伝説みたいなもんだ」


昔、族長の一人が騎乗していた馬に似ていると、羌族の連中が騒いでいるらしかった。

なんでもその族長、闘っては負けなし。百戦無敗。族長が乗った赤い馬の蹄にやられた人間も百では利かないとのこと。

信憑性はともかく、今でも羌族の間では赤い馬に騎乗する者は、無敵の象徴と恐れられていることは間違いないようだ。


「まぁ、ただの与太話なら、笑ってすますが、確かにありゃ、人馬一体ってやつだ」

「お前に、そこまで言わすのか・・・」

張燕は張白騎の強さを理解してもいる。その張白騎が認めるのであれば、呂布の馬術も相当なのだろう。


「いや、凄いのは馬術じゃないぞ。まるであの馬自身が次に倒す相手を見定めているような、そんな動きをしているから異常なんだ」

そう言われれば、さっきから呂布は手綱には一切、触れずに方天画戟を振り回している。

まるで、呂布が赤兎馬の指示に従っているようにも見えるのだ。

そんな馬鹿な話があるのか・・・


「悪いが俺は、ここで退散させてもらうぞ。は相手にしちゃいけない類の化け物だ」

そう言うと、張白騎は手勢をまとめて戦場から退避するのだった。

張燕は、ただ、唸るのみとなった。



呂布が通った後に死体の道ができる。逃げても、必ず赤兎馬に追いつかれるのだ。

できることと言えば、ただ、自分の前に赤兎馬が来ないことを祈るだけだった。


このような光景に袁紹は、唖然とする。

一騎の武者に数十万の軍勢が無抵抗になるというのは、見たことがなかった。


「あれが最強、呂布奉先と名馬、赤兎馬か」

「私は真実が噂に勝るのを、初めて見ました」

袁紹と田豊は、圧倒的な強さを見せる呂布と赤兎馬に、脱帽する。


「人中の呂布、馬中の赤兎」

誰が言い出した言葉か知らないが、この状況を説明するには、最適だった。

呂布と赤兎馬の相手をできる者など、この地に存在しない飛び抜けた存在なのだから。


見るに見かねた黒山賊の首領・張燕がついに退却を指示した。

袁紹が黒山賊の勢力範囲を大きく削り取ったのである。

これで鄴を襲う脅威がなくなった。

こうして、呂布の武名と赤兎馬の脅威は、天下に轟く。



あれから、五年後、落城寸前の下邳城。

曹操に追い詰められた呂布は、最後の決戦に挑むための準備をしていた。

出陣前、呂布は、赤兎馬に触れ、愛馬に話しかける。


「俺が知る限り、最も強い男がきっと待っている。・・・だが、お前と築いた最強の座は、絶対に譲らん」

そう言うと、勢いよく赤兎馬に飛び乗った。

「これが最後だ。赤兎よ、力を貸してくれ」


不思議と呂布には赤兎馬が頷いたように見えた。そう思えるだけで力がみなぎる。

「開門」

呂布と赤兎馬、二人の絆が紡ぐ、最後の戦いへと出陣するのだった。

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