死にたがりな僕ら

冬野立冬

第1話 春の日


 ただ、僕は何となく────この世の中が嫌いだった。

 マイナスイオンを煮詰めた様な、変わらない日々。

 そんな日々が今日も始まり、終わり、また明日に続いて行く。

 そんな日々が、嫌いだった。



 ×                    ×



「桜!ご飯出来たから起きなさいや」


 まるで今日の快晴を体現したかの様な、母の溌剌とした声が暗い部屋に響いた。

 僕は一瞬で目を覚ますと、情け無い声を上げながらその場に体を起こす。

 日付は4月10日。今日は高校の入学式だ。


「……行きたくないな」


 ボソリと、誰にも聞かれない声の大きさでそんな事を呟き、僕はベッドから立ち上がると、リビングへと向かった。

 リビングには母がソファに腰を掛けてパンを食べており、朝のニュースに目を向けていた。


「この人結婚したの!?美人さんなのに、変な芸能人とくっ付いたわねぇ〜」


 適当に母の独り言を流し、僕も部屋に置いてある一人用の椅子に腰を掛ける。

 机には苺ジャムが塗り付けられた食パンが置いてあった。

 その食パンに手を付け、まだ朝で目が覚めていない胃にパンを落としていると、母が再びテレビを見ながら口を開く。


「北海道だとまだ桜は遅いから、アンタは少しフライングだよねー」


 テレビでは桜前線の話がされており、他県の桜事情が放送されていた。

 僕の名前は神崎かんざき 桜の為、このシーズンになると決まって母は僕の名前の事を話題に出す。

 北海道の桜シーズンは4月の下旬だ。その為、入学式の日には良くて桜の蕾止まりで、開花はしていない。


「あっ、今日の入学式一緒のバスに乗って行くから。線路とか教えてね。ほら、郵便で紙貰ってるでしょ?」


「うん。後でね」


「はぁ〜朝から元気無いわねぇ」


 母は食パンを半分程残した状態でソファーから立ち上がり、余したパンをゴミ箱に捨てて身支度を始めた。


「そんなんじゃ学校で友達出来ないってのね」


 朝から嫌味を言われた事に若干の不快さを覚えるが、食パンと一緒にその不快感を胃に沈めた。

 実際こんな性格だからか、友達が多い訳では決してない。

 携帯を開いても特に返事を返す人も居ないし、ネット上で繋がっている同級生も多くは無い。

 本当に、ただ何となくで携帯を触っている様な感じだ。


「ほら、アンタも早くシャワーに入って準備して」


 母に言われるがまま、僕はパンを一気に流し込み、食器を水に付けた後にシャワーに入った。

 出してすぐのシャワーは酷く冷たく、僕の皮膚に鳥肌を立たせる。

 次第に冷水は熱を帯びて温水に変わって行き、そのタイミングで頭を洗い始めた。

 風呂場には水滴の音が鳴り響き、静かな世界に慣れ切っていた耳を刺激する。


「……面倒臭いな」


 再び誰にも聞かれない様なか細い声で、ボソリと呟いた。

 か細い声は、僕の身体を伝って滴る水滴とシャワーの声に掻き消される。

 季節は春を迎えようとしているが、僕の心情はどうにもまだ冬を越せないままでいるらしい。



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死にたがりな僕ら 冬野立冬 @fuyuno_ritto

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