文化祭の魔法

羽間慧

あのとき、あの場所で起きていたかもしれない出来事

 前回の二次創作を投稿した後に「そんなこんなで!①~あの二人の始まりの話~」 https://kakuyomu.jp/works/16817330654680212725

 が生まれ、さらには「そんなこんなで!②~0距離脳筋馬鹿と毒舌ハムスターが恋人になるまで」

https://kakuyomu.jp/works/16817330654769687984

 も追加されました。息できていますか、原作ファンの皆さま。私は自分が撒いた燃料で燃えそうです。


 今回は前に書ききれなかったネタでお届けします。本編と「壁のみぞ知る」

https://kakuyomu.jp/works/16817330653568679668

 の裏側で繰り広げられていたかもしれない物語です。ネタバレには注意しておりますが、原作未読の方はぜひ本編まで。







 ■□■□



 文化祭と言えば、お揃いのクラスTシャツだ。前部分には組番号と出し物、後ろにはクラス全員の名前をプリントするものが定番だろう。少なくとも、俺が中学生だったときの先輩はそうだった。ポロシャツや法被など、デザインに差はあってもクラスの団結力を高める意味では同じだったのだ。

 文化祭前日、俺は歯ぎしりしていた。写真部の展示を完成させた後だからか、手抜き感を覚えた。


「どうして俺のクラスはクラスTじゃないんだよ。特進クラスだろ? こんなもので妥協すんな! 理科の実験レポートとか、調理実習で作ったオリジナルレシピを貼り出すとか、もう少しまともな出し物があったんじゃないのかな!」


 じゃないのかなぁ? と、語気を和らげることなんてしない。シフトという名目の表には、他クラスの助っ人と書かれていた。ふざけているにも程がある。

 ご機嫌ななめの俺に、諸悪の根源が土下座した。


「そこを何とか頼むよ~。出し物を決めたとき、紺野こんのはフォトコンテストの表彰式で休みだっただろ? 買出しのときも質問してこなかったじゃないか。融通を利かせてくれよぉ~。展示の見張りなんて退屈だと思うよな?」

「思わないね。これっぽっちも」


 仕事のできる人みたいに、俺ははっきりと言ってやった。これ以上の問答はいらない。自分のクラスのシフトがないのなら、そんちゃんと一緒に回りたかった。


「村ちゃんのシフトは……って、嘘だよね? サッカー部員として、顧問の犬に成り下がっているんだけど!」


 村ちゃんが受付にずっといるんだったら、そばにいて邪魔しちゃうのはよくないよな。俺にかっこいいところを見せようとして、喉を潰しかねない。


「紺野。それは心の声として秘密にしとくヤツだぞ」

「誰が土下座を勝手に解いていいって言った?」


 俺はジロリと睨んだ。こいつの思惑通りになるのは癪だから、ちょっとくらいカツアゲしとくか。一時間当たり何円ふっかけようかなぁ。

 もう一度シフト表を確認すると、ある違和感に気づいた。


「そう言えば、やよちんのシフトが書かれてなくない? 可愛いからって見逃すのかよ」

「違う! これには深い事情があって……!」


 なかなか口を割らない人が、従順になる過程は楽しい。スペシャルゲストとして登場しないといけないから詳細を省いただけと聞き、俺は納得してあげた。鼻水が出るまで泣かせる趣味はなかった。

 あんな姿を村ちゃんに見られないのなら、やってあげてもいいか。そんな軽い気持ちで引き受けたことを、俺はすぐに後悔した。




 この時間帯は、来れないはずじゃなかったの。

 文化祭当日、俺は恋人を目の前にして固まった。いかがわしい動画を彼氏に見られちゃったら、女の子はどういう風に恥じらうんだろう。考えても答えは出ない。客として村ちゃんが来店している以上、追い出す訳にもいかなかった。俺はぎこちなくスカートをつまんでお辞儀した。


「おかえりなさいませ、ご主人様♡」

「ただいま帰ったぞぉ! 可愛いメイドに出迎えられて嬉しいな!」


 やめて、村ちゃん! 今の僕に、いつも通りの笑顔を向けないで! 彼氏が膝丈のメイド服を着ているなんて、全然いつも通りじゃないだろ。頭には、レースと黒いリボンをふんだんに使ったヘッドドレス。花の形をした名札には、丸っこい癖字で「なーちゃん」と書かれているんだ。醜態を見られて、うっかり腹パンしちゃいそうなのが分からないかな。分からないか、村ちゃんは細かいことを受け流すから。

 俺は唇の端をぷるぷるさせながら、村ちゃんを席まで案内した。


「こちらのお席へおかけくださいませ。ご主人様、お食事は何になさいますか?」

「がおがおオムライスと、胸きゅんメロンソーダをいただこう!」


 ちっ。よりによって、両方オプションつきメニューじゃないか!

 せめてもの抵抗で、俺は村ちゃんに提案した。


「メロンソーダは先にお持ちいたしますか?」

「いや、腹が減ってもう動けん! オムライスを先に食べたいな!」


 子どもみたいで可愛いな!

 分かったよ、そこまで言うんだったら後悔しないでよね!


 俺が運んできたのは、布団にくるまったクマさんオムライスだ。冬眠中のクマさんを起こさないように食べるメニューのため、メイドがご主人様に強化魔法をかけなければいけなくなっていた。


「勝利を呼ぶおまじない、なーちゃんと一緒に唱えてくれますか?」

「もちろんだ! なーちゃん、俺の準備はバッチリだぞぅ!」


 村ちゃんがよくても、俺の決意は固まらないんだけど。

 もう、どうにでもなれ。俺は胸元にハートマークを作る。


「パワーまぁーんタン! マッスルボディーにぃ~、なっちゃえぇーっ!」


 出て来やがれ、こんなみょうちきちんなセリフを考えた奴!

 ノリノリで復唱してくれる村ちゃんは可愛いけどさ。なんか大事なものを失った気がする。メロンソーダが先だったら、メイドを忘れて村ちゃんとツーショできたのに。謎の敗北感はなかなか消えてくれなかった。


 なお、文化祭MVPは、美しい姫と可憐なメイドを輩出したA組だった。それでいいのか、文化祭実行委員長?

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文化祭の魔法 羽間慧 @hazamakei

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