18 最後の選択

この世界とも、あと三日でお別れだ。


最終三日の一日目。


オレはまず、国王としての残務処理を開始した。


その一番の目玉はやはり、次期レンゲラン国王の選定だろう。


オレとルイの間に子供はいない。


ムキュが子供のようなものだが、まさかムキュを後継者に据えるわけにはいかないだろう。


そうなると、臣下から選ぶことになるのだが。


軍師キジや剣聖ジーグは、能力は高いが、それは王としての能力とは違う。


ならば以前、冗談半分で言ったことがあるが、アムルはどうか?


魔物に人一倍苦しめられた彼なら、今後新たな魔王がこの世界に誕生しても、魔物に決して屈しない国を築いてくれるだろう。


まだ子供っぽいところがあるのが、不安要素ではあるが…。


ルイが女王として、オレを引き継ぐ、という考え方もある。


ルイは温厚でありながら、芯が強くしっかり者なので、オレよりも立派に王の務めを果たす気がする。


そして、もう一人の候補は、テヘン。優しすぎる彼なら、きっと慈悲深い王になるだろう。


ざっと見渡したところ、その三択か。


しかし、アムルやテヘンが王になるとしたら、自動的に王妃のルイと結婚するということになるはずだ。


テヘンは望むところだろうが、ルイやアムルの気持ちはどうなるのだろうか?


そもそも、オレが現実世界に戻ったら、こちらの世界のオレは急に忽然こつぜんと姿を消すのか、それとも元々いなかったことになるのか。


石板のヘルプで探ってみたが、その辺りの情報は載っていなかった。


これは、思った以上に難しい選択になりそうだ。


石板から選択を迫られたらどうしよう、と身構えていたが、幸いにも例の着信音が鳴ることはなかった。


そして、オレはふと思った。


これは、オレが決めることではないのではないか。


後継の国王を決めることが自分の最後の責務と勝手に思い込んでいたが、それはオレがいなくなった後に、この世界の人間たちが選択すればよいのではないか。


オレは替えが効かないほどの名君だったわけではない。


皆から選ばれた者であれば、正直、誰がやってもそれなりに務まると思う。


なにせ、このオレでさえ、曲がりなりにも務め上げることができたのだから。


そう思うと、急に肩の荷が下りた気がした。


他の残務といっても、オレは身一つでこの世界に来たので、荷物の整理も特に必要なかった。


残務処理に丸一日掛かると意気込んでいたが、急にやることがなくなった。


そこで、アムルとテヘンを誘って、昨日軍師たちが興じていたカードゲームや、鬼ごっこをしたりして、心ゆくまで遊んだ。


「王様が私たちを呼んで、一緒に遊んでくださるなんて…」


アムルは感激し、人一倍はしゃいでいた。




最終三日の二日目。


今日は、この世界での思い出の場所と人物をめぐり歩くと決めていた。


お供は、本日もアムルとテヘン。


初めに訪れたのは、レンゲラン城の北東に位置する白銀の鉱山だった。


かつて、オレが四人パーティーの一員として、戦闘に参加した旧ダンジョンである。


あの頃は、オレが戦闘に参加しなければいけないほど、人手が足りなかった。


今では、国の重要な資金源になっているのと同時に、近くに鉱夫のための宿泊施設や商店などが集まって小さな町が形成されている。


鉱山の採掘体験ができるツアーも行われており、ちょっとした観光スポットにもなっている。


商店の店先には、アリクイを逆に食べるというアリクイクイアリを型取ったまんじゅうが、お土産として売られている。


かつて生息していた魔物まで商機にしてしまうたくましさである。




オレたちはその後、港町レーベン、リンバーグ城を回った。


レーベンでは、例の小太りの町の代表と挨拶を交わした。


リンバーグ城は、アイリンが潜入して魔女を倒し、その後、バラン、クバル、ルイら、当時の第一パーティーが乗り込んで魔物を掃討した城である。


戦力をレンゲラン城に集中させるため、長らく城主の座は空位になっていたが、平和になったのを機に、昨日から新城主と副城主が赴任していた。


彼らと面会するというのも、ここを訪れた一つの口実になっていた。


かつてボーンソルジャーが守っていた城門の前で、二人の城主が待っていた。


「これは王様、ようこそお越しを」


城主の男が掛けた声に、オレよりも先にテヘンが応えた。


「やあ、クバル。元気でやってるかい?」


「元気も何も、この前会ったばっかりじゃないか」


クバルが、隣の副城主アイリンと目を合わせながら肩をすぼめる。


「何もこんなに早くお越しにならなくても…」


オレの方に顔を向けて、少し困惑気味に言った。


赴任から一か月以上経ってから様子を見に来るというのが普通だろうが、すまん、オレには時間がないのだ。


オレ・アムル・テヘンにとっては、リンバーグ城は初の来訪となる。


クバル・アイリン夫妻に、城の中を一通り案内してもらった。


案内の後、


「最後に、一つ見て頂きたい物があります」


そう言って、クバルはオレたちを町に連れ出した。


城門から右に折れてしばらく行くと、小さな広場があった。


かつて、王弟ロマーリがピエロに扮していた広場である。


今は当然、ピエロの姿はなく、代わりに中央に銅像が立っている。


それは、腰をかがめて、右手に持った短刀を水平にぎ払っているアイリンの像だった。


アイリン、魔女一閃いっせんの構図だ。


それを見ながら、クバルが誇らしげに言った。


「この町では、アイリンは魔女から町を救った英雄なのです。私なんかよりも、ずっと人気があります」


横でアイリンが照れている。


「ですが、私もアイリンに負けないくらい、皆から人気が出るような城主になってみせます」


オレはうなずきながら思った。


彼らとは、これが最後の別れになるだろう。


「二人とも、いつまでも仲良く。そして、いつまでも力を合わせて、この国を支えてくれ」


二人は一瞬きょとんとしたが、平和な世になった今、改めて王が声を掛けてくれたと解釈したようだった。


二人で声を揃えて、


「もちろんです。どこまでも全力でお支え致します」


そう宣言して、仲むつまじい様子で一緒に手を振った。




リンバーグ城から、オレたちはレンゲランの町に戻った。


そこで、鑑定士のキミヒ、ジョブマスターのゼロスの店に顔を出した。


彼らにもとてもお世話になった。


それから、オレたちは、最近新しくできたばかりの、一軒の料理屋の前に立った。


扉を開けると、既においしそうな匂いが漂っている。


三人で同じテーブルに座ると、中から体格のいい店主が出てきた。


ダモスである。


「やあ、ダモス。この店もすっかり評判じゃないか」


テヘンが褒めると、ダモスは大きな体を縮こませて照れた。


ダモスは、賢者アイリンのために自分のレベルをすべて提供した後は、戦闘員を引退していた。


元々料理は好きで自分で作っていたようだが、思わぬ才能があったようだ。


自分の店を開くや、またたく間にこの町一番の人気店になった。


以前は魔法で味方の体力を回復していたが、今は料理で人々の体力と空腹を回復しているとのことである。


オレたちは、ダモスお勧めのメニューをたらふく頂き、店を後にした。


町から城への帰り道、オレたちは町の一角にある墓地に立ち寄った。


バラン大将軍の墓の前で、三人で手を合わせる。


オレは心の中で、バランに最後の報告をした。


『将軍、あなたの遺訓である、この国の更なる発展と世界の平和。とりあえず、私ができることは成し遂げたつもりだ。だがそれも、あなたが死して、その願いが永遠の願いとなった以上、今はまだ道途上とも言える。

しかし、あなたにだけ打ち明けると、私はこの世界の人間ではないのだ。私はこの世界を去るが、残った者たちを引き続きあなたの力強さで守ってあげて欲しい』


先に顔を上げたアムルとテヘンは、オレがいつも以上に長く合掌している姿を、神妙な面持ちで見つめていた。




レンゲラン城の一階に戻り、オレは思い出巡りの最後の仕上げに入る。


とある使用人の部屋を訪れた。


料理長のドグムの部屋である。


そこには、かつて城を抜け出し、バラン将軍の洞窟に食糧を届けたサンの姿もあった。彼女は、現在は副料理長を務めている。


二人は、オレがレンゲラン国復興の旗を掲げて以来の、初めてのレンゲラン市民である。


彼らを含めた四人の市民が、レンゲラン城の門を叩いてくれた時の喜びは、今も忘れることはできない。


「君たちがいたからこそ、レンゲラン国復興の明かりは消えずに済んだ」


オレが改めて謝意を伝えると、二人は恐縮し切りとなる。


「いえ、私たちは何も、何も…」


だが、帰り際、ドグムの方から声を掛けてきた。


「実は、私たち、近々結婚するのです」


隣でサンが顔を赤らめた。


改めて見ると、ずいぶん歳の差があるように見えるが、これはまた微笑ほほえましい。


結婚式のために、サプライズの祝辞でも用意しておいてやろうか。




料理長ドグムの部屋から奥に向かうと、次第に大きな個室になっていく。


実は、昨日二階の大広間で雑魚寝した元三階の住人たちも、警護上の理由から、当面の仮住まいとして一階の個室が割り当てられていた。


部屋が大きい順に、オレ、ルイ、キジ、ジーグ、アムルである。


それに続くのがテヘンの部屋なので、仲良しのアムルとテヘンは、しくも隣部屋となった。


オレたちは、テヘン、アムルの部屋を通り越し、ジーグの部屋に着いた。


最後の最後で魔王討伐の英雄となったジーグは、昼間から酒を飲んでくつろいでいた。


その剣の強さは誰もが認めるところである。


だが、オレはどうしても、ジーグに伝えておかねばならないことがあった。


「剣聖、魔王戦での目を見張る活躍ぶり、聞き及びました。あなたは大事をす方と、初めから思っていました」


などと、心にもないことを言いつつ、


「ところで、剣聖は日頃、頭の体操をしておられますかな?」


あまりに予想外の言葉だったのか、ジーグは目を丸くして、ほえーーーというような口をした。


「謎解きをしたり、カードゲームをしたり」


オレが補足説明をすると、ようやく答え方が分かったようだ。


「いや、私は体を動かす専門でしてな。そのようなことはまったく…」


「それはいけません。あなたは国の宝。いつまでも頭も体もお元気でいてもらわなくては困ります」


「有難いお言葉ですが、私は頭を使うのはどうも苦手で…」


頭を掻こうとしたジーグの右腕を、オレは思わず両手で握り締めていた。


「そこをなんとか。御身おんみのためでもあるので、お願いしたい」


「は、はあ。王がそこまで言われるのなら…」


ジーグにとっては訳が分からぬ話だろうが、あの「ほえーモード」を少しでも遅らせることができれば、この国のためにもなろう。




オレたちは、最後にキジの部屋を訪れた。


アムル、テヘンのわちゃわちゃ組を部屋の外に残し、オレは一人で中に入った。


「王様がわざわざお越しになるとは。何の御用ですか?」


相変わらず、飾り気のない言葉だ。


「いや、改めて礼をと思ってな。こうして魔王討伐が果たせたのも、お前の力があったればこそだ」


キジは少しほおを赤らめて、よそを向いた。


「それはそうと、キジよ。前から聞こうと思っていたことがあるのだが、お前の望みとは一体何だ?」


「私の望み、ですか…」


キジは一瞬、遠くを見るような仕草をしてから、つぶやくように言った。


「私の望みは、将来、遠くに離れていても話ができる機械を作ることです」


これはまた、途方もないことを言う。


それは、現代で言えば電話のような物だろう。


移動手段がまだ馬車のこの世界の時代から見れば、到底まだまだ先の話のような気もするが、この男なら何とかしてしまうのではないかという気もしてくる。


「私は、実は小さい頃、弟を亡くしているのです。二人で森に遊びに行って、はぐれてしまったのです。そんな時、そのような物があれば、弟は死なずに済みました」


知らなかった。キジにそのような過去があったとは。


「その研究に没頭するには、世界が平和でなければダメなのです。魔物に蹂躙じゅうりんされてはダメなのです。私は、自分の研究をするために、王様に力を貸したのです。何か大層な大義名分や野望があったわけではありません」


「そうか、ならば新たに魔王が誕生し、魔物がのさばり始めた時は、即座に手を打ってくれるな」


キジは片側の口角を上げて笑った。


「仮に王様が尻込みして動かなくても、私が魔物を殲滅します」


それは頼もしい。


オレがいなくなっても、皆がいれば、この世界の平和を守ってくれるだろう。




オレの部屋の前で、アムルとテヘンが、オレに今日の別れを告げた。


「じゃあ、王様。また明日の午後、遊びに来ますねえ」


アムルが満面の笑みで言う。


「ん、ああ」


明日の午後。


オレはその時まだ、この世界にいるのだろうか。


二人を呼び止めようとしたが、とっさに言葉が出なかった。


今、改めて彼らと別れを惜しめば、オレは泣いてしまいそうな気がする。


笑い声をあげながら帰るアムルとテヘンの背中を、オレはそっと見送った。




最終三日の三日目。


今日何時に現実世界からお迎えが来るかは分からない。


石板のヘルプを一通り当たり直してみたが、その情報は出ていなかった。


だから、オレは朝からルイの部屋を訪れた。


例によってムキュが、トントントンとオレの足元に駆け寄ってくる。


オレはムキュを目線まで抱き上げると、声をひそめて言った。


「お前だけでも、現実世界に一緒に連れて行こうか」


ムキュは、不思議そうな、少し悲しそうな顔で、オレに向かってキューーーと鳴いた。


ははは、冗談だ。オレとお前が同時にいなくなってしまったら、ルイがあまりに寂しがってしまう。


お前はルイの近くにいてくれ。


「ムキュと何を話しているんですかあ?」


「あ、いや、何でもない」


オレは慌ててムキュを床に降ろして、背筋を伸ばした。


ルイは笑顔で近づいてきて、姿勢を正してオレと向かい合った。


「王様、魔王討伐、お疲れ様でした。これで、しばらくゆっくりできますね。今までよりもどうか長く、私の部屋にいてくださいね」


ルイはそう言って、オレに抱きついてきた。


なんだかんだ言って、魔王デスゲイロを討伐するまで、オレは忙しかった。


ルイには寂しい思いをさせてきたのだ。


本当なら、それを埋め合わせるほど、一緒にいてやるべきなのに…。


オレは、ルイの肩越しに、あふれる涙を何度も気付かれないようにぬぐった。


そして、声が震えないように、精一杯平静を装いながら、


「ああ、分かった」


と、なんとか答えた。


それで安心したのか、ルイはオレから離れ、壁の方に向かって行く。


一階のこの部屋には、壁際にかまどや流しなどの台所スペースがあった。


ルイは最近料理を少し覚え、オレと自分の朝食を用意してくれるようになっていた。


三階の王妃の部屋にはそのような設備はないので、ふだんは一階の厨房を借りて作っていた。


それが今は部屋に専用の台所があるわけで、使ってみたくて仕方がないという様子だった。


というか、既にかまどにはご飯が炊かれていた。


横に細長い台所スペースの端には、パンやチーズ、卵や野菜が、所狭しと並べられていた。


「王様、今朝はご飯にします? それともパンにします?」


ルイがこちらを振り返り、笑顔で尋ねた。


「んー、そうだな」


オレは相槌あいづちがてら、ぼんやりと答える。


その時、お迎えの受信用に持ち運んでいた石板から、着信音が鳴る。


え、もう?


頼む。ルイとの最後の朝食だけは食べさせてくれ。


必死に願いながら画面を開くと、一つの選択が届いていた。




最後の選択です。


朝食はどちらにしますか?


   ①ご飯      ②パン


   ※制限時間:5分




オレは思わず笑ってしまった。


これまであった大変な選択に比べれば、なんて平和な選択なんだろう。


どちらを選んでも未来に支障がない。


たまにはハラハラする選択があってもいいけど、普段の選択はこうあるべきだ。


制限時間も5分もらないところだが、ここはひとつ、時間いっぱいまで考えるとするか。


オレは椅子に腰掛け、机の上に石板を置いて、物思いにふけった。


まず、基本的にオレがどちらが好きかというと、これは甲乙つけがたい。


現実世界にいた時も、コンビニで弁当を買う時もあれば、パンを2・3種類見繕みつくろう時もある。


カップ麺におにぎりの時もあれば、パンを組み合わせる時もあった。


その比率は、ざっくり半分半分だったかなあ。




残り4分




「そんなに真剣に考えることじゃないと思いますけど…」


ルイが吹き出しながら、半分呆れた声を出す。


「私はムキュと遊んでますから、早く決めてくださいね」


そういえば、ルイはどっちが好きだったっけ?


いや、ご飯もパンも、おいしそうに食べていた気がするなあ。




残り3分




やっぱり、日本人はお米かなあ。


いやいや、朝っぱらからご飯はちょっと重い。


パンが軽くてちょうどいいかなあ。


まあ結局、ルイと一緒に食べるなら、どっちでもいいんだけどねえ。




残り1分




「王様、いつまで考えているんですかあ? そんな優柔不断な王様じゃ困りますよー」


ルイがしびれを切らして、口をとがらせる。


そんな様子がまた、たまらなく可愛かった。


「あー、ごめん、ごめん。決めたよー、ルイ」


オレは石板を机の上に置いたまま、ルイの元に歩み寄る。


「じゃあ、オレも準備手伝っちゃおうかな」


「本当ですかあ。嬉しいー」


ルイの弾んだ声が部屋に響いた。




机の上では、石板の画面が点滅している。


オレの選択結果が、水色の文字で表示されていた。




最後の選択は、時間切れとなりました。


あなたは、現実世界に戻る権利を失いました。


これが、あなたが選んだ最後の選択ですね。


了解しました。


そちらの世界で末永くお幸せに!

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選択の正解を選び続けて魔王を倒してみる モクのすけ @moku-nosuke

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