17 最終決戦

アムル…。


アムル…。


オレは、声にならない叫びを上げながら、アムルの元に駆け寄った。


魔力が失われたためか、アムルは元の人間の姿に戻っていた。


穏やかな顔であお向けになっている。


オレはアムルに取り付いて、必死に揺り起こした。


しばらくして、ようやくアムルが半分目を開いた。


「あれ、王様…」


真上から顔を覗き込むと、あどけない顔に、目の怪しい輝きは消えていた。


「アムル」


オレが思わず手を強く握りしめると、アムルは驚いた様子で、目を丸く見開いた。


どうやら、魔人と化していた記憶は残っていないようだ。


自分の技の反動で近くに吹き飛んでいたテヘンが、うめきながら立ち上がった。


オレと言葉を交わしているアムルを見つけると、駆け寄った。


「アムル!」


なりふり構わず、アムルを正面から抱き締めた。


「生きてて良かった…」


アムルは更に目を丸くしながら、顔を赤らめた。


「なんだよ、テヘン。恥ずかしいじゃないか」


だが、何か重大事が自分にも周りにも起こったことを、ある程度察したようだった。


アムルの目はぐじゅぐじゅで、両目から涙がこぼれ落ちていた。


その涙を見て、軍師キジが回復系魔導士に、回復魔法をアムルにかけるよう命じた。


アムルがそっと起き上がった。


「一体、どんな魔物がこんなひどい事を…」


破壊し尽くされた城の三階の様子を見て、さっきまで泣いていたと思ったら、ほおを膨らませてプンスカした。


喜怒哀楽が激しくて、アムルらしい。


「それは君だよ」とは誰もこの場で言わなかったが、遅かれ早かれ、自分の仕業だったことを知ることになるだろう。


「なに、城ならいくらでも立て直せるさ」


オレが言うと、


「それもそうですね」


と、アムルは他人事ひとごとのように笑った。


「それにしても、なぜデスゲイロの魔力が解けたのでしょう?」


キジがまだ少し警戒をした目つきで、アムルをジロジロと見回す。


「第一パーティーがデスゲイロを討伐したのでしょうか?」


第一パーティーがここを出発してから、まだ二時間ほど。タウロッソ本城までの移動時間を考えると、戦闘に入ってから一時間も経っていないはずだ。


「さすがにまだだろう」


オレは笑って受け流した。


「ところで、今日からの王様たちが住む場所を、考えなければなりませんね」


体力が回復したアムルが、早速従者としての本領を発揮した。


自分が三階を更地さらち状態にしたのを、棚に上げてではあるが。


今まで考えもしなかったが、言われてみれば確かにそうだ。


「リンバーグ城が空いております」


すぐさまキジが進言した。


リンバーグ城は、かつてアイリンの活躍で魔女から奪還した、レンゲラン国のもう一つの城である。


こういったところの機転は、さすがにキジは速い。


だが、リンバーグ城への転居を決める前に、オレたちは念のため、レンゲラン城の一階と二階の様子を見て回った。


城の堅牢な石造りは、三階の派手な損壊が嘘のように、微動だにしていなかった。


「これなら、一階は元通り、使用人や見習いの戦闘員の部屋として使えますね」


アムルがしきりにうなずきながら言った。


二階も、会議の間、玉座の間、大食堂、大広間と、特に問題はないようだった。


オレは、大広間の高い天井をつぶさに見上げた。


崩落の危険はないように見える。


「布団さえあれば、ここで皆で雑魚寝も悪くないなあ」


リンバーグ城であれば当然それぞれの個室は用意されるが、使用人も含めて大勢で移動するのも大変だ。


それに、何だかんだ言って、やっぱり住み慣れたレンゲラン城が落ち着く。


すると、ルイがウキウキした声を上げる。


「わあー、楽しそう」


「それじゃあ、今夜は皆で寝ちゃいますか」


アムルも調子に乗る。


一番に反対すると思われたキジも、


「リンバーグ城への移動は、手間も経費も掛かりますからな。王がよろしいのであれば、私も別に構いません」


珍しく視線を逸らし加減に言った。


オレとしては、修学旅行で大部屋に泊まる時のノリで言ってみたのだが、この世界でもその高揚感は通用するらしい。


「あとは、第一パーティーのメンバーがどう言うかだな」


オレのその言葉に答える者がいた。


「私たちが何ですって?」


振り返ると、クバルがこちらに歩いて来る。


そのすぐ後ろにはアイリン。


それから少し遅れて、ジーグとエラクレスのダブル剣聖も姿を現した。


え?


第一パーティーの帰還?


伝令の報告がなかったのは、こちらがドタバタしていたためか。


「お前たち、どうした?」


オレが問うと、クバルがかぶせ気味に、


「それは、こちらのセリフです」


そう言って、上を指差した。


確かに、帰って来てみたら、城の三階部分が丸々なくなっているのだ。


それは驚かないはずがない。


代表してテヘンが、起こった事をすべて彼らに話す。


そこで初めて、三階を吹っ飛ばしたのが自分だと知って、アムルは顔を真っ赤にした。


「いや、それよりもだ。デスゲイロとの最終決戦はどうなった?」


テヘンの話が終わるやいなや、オレは先ほどの質問を繰り返す。


だが、これだけ早い帰還であれば、最初のアタックはうまくいかず、休憩してもう一度仕切り直しということだろう。


オレがそう想像していると、クバルが事もなく言った。


「あ、デスゲイロ討伐に成功しました」


へ?


オレが目を白黒させていると、第一パーティーの四人は、横一列に整列し直した。


リーダーのジーグが、胸と声を張る。


「王様、お喜びください。魔王デスゲイロを見事討ち取って参りました」


周りにいた皆も、歓声を上げるというよりは、ぽかんとする方が先だった。


「いや、だって、早すぎやしないか?」


オレの当然の問いに、今度はクバルが語る番だった。


「何と言っても、ジーグ剣聖が強すぎました」


クバルは、開口一番そう言った。


なんでも、ジーグの剣は達人の域に達しており、何の力みもなく、魔物をまるで木の葉のように斬っていくというのである。


「私もいずれはあのようになりたいものです」


クバルはそう言って、羨望の眼差まなざしでジーグを見つめる。


「そこに、エラクレス剣聖が加わるわけですから、攻撃面は二人に任せておけば基本的に事足りました。私は攻撃の補助と、剣の舞いサーベルダンスを守備に応用する新しいスキルを身に着けましたので、それでアイリンをずっと守っていました」


それはまさに、かつて軍師キジが理想のパーティーと称した、二枚の強力なアタッカーと一人の魔導士。そして、クバルのような器用な者が攻撃と守備に臨機応変に立ち回る、という形そのものだった。


なるほど、これは強いわけだ。


「魔王デスゲイロ戦も、まあ、なんと言うか…」


クバルが言いながら、先に一人でくすりと笑う。


「ニヒルム戦よりも苦戦すると覚悟していただけに、正直、拍子抜けでした。物々しく登場した魔王デスゲイロも、ジーグ剣聖の前には、終始翻弄されていました」


あの呆けた爺さんが、これほどまでに強かったとは。


人は見かけによらぬ。


それが、この世界で学んだ一番のことかもしれない。


クバルの話を聞き終わると、ようやく皆も魔王討伐が成ったという実感が湧いてきた。


城の外から、の外れた花火が鳴り響く。


タイミングは遅かったが、この日のためにしっかり準備は行っていたようで、一度鳴り出したらいつ終わるのかと思うほど、続けざまに盛大に上がった。


レンゲランの町の住人にとっては、今日は城が壊され、避難指示が出たかと思うと、花火の祝砲が上がる。


町の歴史の中で、最も騒々しく、最も慌ただしい一日となった。


その花火の音を聞いて、城内のアムルが泡を食った。


「しまった。うたげの準備ができていない」


だが、きりりと顔を引き締めると、配下の者にせわしなく指示を出しながら、大広間の外に出て行った。


RPGのゲームなら、魔王討伐から淀みない流れで感動のフィナーレへ向かうはずだが、現実はなんだかドタバタしている。


だが、これはこれでいいんじゃないかと思う。


現実の出来事は、段取りどおりにうまくはいかないことがほとんどだ。


オレの今までの人生がまさにそうだった。


だから、これはオレにお似合いのフィナーレとも言える。


また、現実世界に戻ったら、うまくいかないことも多いだろう。


難しい選択の連続だろう。


だが、この世界で経験したことが、何かの形で少しは役に立つと信じている。




祝勝の宴の準備は取り掛かりが遅れたが、そこはさすがアムル。夕食の時間までには、一切滞りなく用意を済ませた。


実は、今回の宴は、質よりも量を重視していた。


城の倉庫は、国内・国外問わず集められた各地の産物の食材で溢れていた。


なぜなら、今回は戦闘に参加した戦闘員だけでなく、城や町の住人すべてに料理を振る舞いたかった。


王城で出すすべての料理とはいかないが、一品でも二品でも同じ料理を共有して、皆で勝ち取った平和の味を分かち合いたかったのである。


それは、オレやアムルの一存ではない。


魔王デスゲイロの討伐戦を前に各国の代表が集まった席で、魔王討伐のあかつきにはそうしようと、取り決められていたのである。


だが、アムルの一件により、準備の始まりが遅れてしまった。


ここから大量の料理を作る時間はない。


そこでアムルは、レンゲランの町に臨時に複数の窓口を設け、そこに来訪した各戸の住人に食材を配る作戦を考えついた。


その食材を使った王宮料理のレシピも、惜しみなく添えて。


かくして、レンゲランの城と町から、一斉に炊事の白煙が無数に上がる。


そして、それはレンゲラン国南方のリンバーグ城でも、レンゲラン以外の各国でも同様だった。


長らく魔物の支配を受けたタウロッソ国でも、各国の食材の支援を受けて、独立記念を兼ねた宴が準備された。


こうして、世界同時進行で、魔王デスゲイロ討滅を祝う宴が開幕した。


この宴は、王の挨拶など無しに、心ゆくまで皆で飲み食いしようではないか。


オレはそう思ったが、そもそも誰もそのようなことは頭になかったらしく、声が掛かる素振りはまったくなかった。


それはそれで、ちょっと寂しかったりもするが。


だが、皆、満面の笑みである。


風雨をしのげる建物があり、その中でおいしい食べ物を腹いっぱい食べる。


そのことがどれだけ幸せかなどと、現実世界にいた時は思いもしなかった。


しかし、魔物が存在する世界の彼らはそれを知っていて、今も体いっぱいでその幸せを表現しているようだ。


仲良しのテヘンとアムルは、開始早々、二人で顔を真っ赤にしている。


「やっぱり、アムル相手だから、最後までは踏み込めなかったよ」


魔人のアムルに飛び込んでいった時の話をしているようだ。


「優しいテヘンらしいや」


二人は酒で顔が真っ赤なのか、また腹を突つき合って顔を赤くしているのかは分からない。


気難し屋の軍師キジは、一人手酌で飲んでいるのかと思いきや、ジーグ剣聖と笑顔で何かを語り合っている。


そういえばキジは、オレがお荷物扱いしているジーグを、終始大事に扱ってきた。


まさか若返ることまで読んでいたとは思えないが、ジーグの実力を見抜いていたということなのだろうか。


あの呆けた様子から見抜けるとは到底思えないのだが、一流は一流を知る、というところがあったのかもしれない。


凡人の吾輩わがはいには考えも及ばない。


そして、この宴には、バラン大将軍の席も用意されていた。


料理や酒が、他の席と変わらず並べられている。


その向かいにどっかり座り、空席に向かって話しかけている大男がいた。


ガルガート国の戦士、カグマである。


難攻不落とうたわれるハドウ関の守将で、バランとはかつて関内で剣を交えた間柄である。


デスゲイロ討伐戦には、第3パーティーのリーダーとして参加していた。


何を話しているかまでは聞き取れなかったが、身振りを見れば、相まみえた思い出話に浸っているようだった。


それからしばらくして、前方からある物体がオレに向かって近づいてきた。


「王様ー、お酒飲んでまふかあ?」


そろそろお出ましの頃かと思っていた。


回らないろれつ、ぐにゃぐにゃな足取り。


そう、アムルイカの再来である。


「王様、お城を壊しちゃって、ごめんなさい」


アムルは、ぺたんとオレの横に腰を下ろすと、なんだかんだとオレに話しかけては骨のないイカのように絡んでくる。


以前は、それを無理に押しのけていたが、今日は好きなだけ絡ませてやった。


あの時、アムルがテヘンや皆に倒されていたら、こんなこともできなかったし、それに今はあまり考えたくないが、このいとおしい従者ともあと少しで別れなければならないのだ。




祝勝の宴が終わると、オレたちはその流れで、大広間に場所を移した。


例の雑魚寝大会の開催である。


住む場所を失ったレンゲラン城三階の住人だけでなく、身分や国の内外関係なく希望を認めたので、参加者は百名近くにもなった。


だだっ広い広間に、百もの布団が一斉に並ぶ姿は壮観ですらある。


そこに貴賓席のようなものは存在しない。


皆、同じ高さの床に、思い思いの場所、思い思いの向きに布団を敷いた。


オレは、大広間のほぼ中央に陣取りながら、半身を起こして辺りを眺める。


ハジクは、元盗賊の仲間たちを招き入れていた。


かつてなら悪だくみが懸念される顔ぶれだったが、今のハジクのサバサバした明るい表情を見ていれば、それがまったくの無用の心配であることが分かる。


また、別の方向では、ルイとアイリンが両手で頬杖ついた同じ姿勢で寝転がって、女子トークに花を咲かせていた。


夫のある身の二人の女性が一体どんな話をするのか興味があるところだが、聞き耳を立てるのは無粋ぶすいだと思い、気にしないようにした。


あちらでは、各国の軍師が集まり、カードゲームのような物に没頭している。


現実世界でいうと、トランプか花札のような物だろう。


きっと、凄まじい頭脳戦が繰り広げられているに違いない。


また、こちらでは、二人の大男が腕相撲の勝負をしていた。


ガルガート国のカグマ将軍と、ハルホルム国のダンペ将軍である。


暇な男たちは、どちらかの陣営につき、盛んに声援を送っていた。


誰も寝ようとはしない。


これぞまさに修学旅行の夜だ。


オレも高校生に戻ったつもりで、時間を忘れて皆と語り合った。


趣味のこと、恋愛のこと、人生のこと…。


だが、オレが国王であることと齟齬そごが生じないように、だいぶ気を使った。


本当なら、オレは到底王などにふさわしくない男だと、正体を打ち明けたかった。


だが、ここまで来たら、オレはこの世界では最後まで王であり続けるべきだと思った。


それが、この世界に対する敬意というものだろう。


ルイに告白した夜以来の徹夜を決意していたが、昼間の疲れと酔いもあって、オレはいつしか眠りに落ちていた。




気付くと、翌日の朝方だった。


あれだけ元気に騒いでいた皆も、さすがに起きている者はなく、てんでな方向に枕を向けて熟睡している。


オレは、皆を起こさないように足を忍ばせながら、自分の部屋に戻った。


部屋に着くと、執務机の上に置いてあった石板から、新着の水色のランプが点滅している。


今までは肌身離さず持っていた石板も、魔王討伐が成った今、ここに置きっぱなしにしていたのである。


石板の画面を開いた。




魔王デスゲイロの討伐、おめでとうございます☆


これであなたは、クリア条件を見事達成し、現実世界に戻ることができます。


現実世界に戻るのは、三日後といたします。


それまで、この世界との別れを惜しんでくださいませ。




どうやって現実世界に戻るのか、実は少し気になり始めていた。


急にヒュンと消えてなくなるようだと、ちょっと寂しいなあと思っていたが、こんな気遣いがあるとは…。


激動と呼ぶにふさわしいこの世界とも、後三日でお別れだ。

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