第2話 枝変わりの実・後編


 「植物はね、枝変わりといって、ある位置から先の枝が、突然変異を起こすことがあるんだ。

 甘夏はね、夏みかんに起こった枝変わりの枝を挿し木にして、作ったものなんだよ」

 私はテーブルの上の甘夏を手に取った。


 「この甘夏は、裏山の畑で採ってきたんだけど、普通の甘夏と少し違う気がしないかい。

 形が歪で、妙に生々しい香りがするよね。

 もしかして、突然変異……、枝変わりの実じゃないだろうか? 

 だとすると、一体、何が原因で、こうなったんだろうね」


 何かを理解し始めたのか、明彦の顔に、細かい汗が浮きはじめた。


 「フグと同じで、エサ、つまり土壌の養分のせいなんじゃないだろうか」


 私は、ミサがいなくなってから数日後に、甘夏の木の根元が、掘り返されていたことに気づいたのだ。

 うまく埋め直してあったため、チラッと見ただけでは分からないが、踏めば、土の柔らかさで、はっきりと分かる。

 大きな穴が掘られ、何かがその穴に埋められたのだ……。


 私は誰にもそのことを言わず、掘り返すこともしなかった。

 掘り返せば、答えが出てくる。


 その答えを見たくなかったのだ。

 見なければ、私の想像する答えが、正解なのか、不正解なのかは、先送りに出来る。

 答えが出ない限り、ミサが生きているかもしれないという希望は消えない。


 しかし、季節が巡り、甘夏の木に生まれた枝変わりの実を見つけたときに、私の気が変わった。

 いびつな形をした、その甘夏の実は、角度によっては、人の顔に見えたのだ。

 錯覚かも知れないが、苦しんでいる人間の顔に見える。


 「恨みという養分は、味を変えるのかな? 

 旨くなるんだろうか、それとも毒になるんだろうか?」


 私の言葉に、明彦は小さく震えはじめた。


 そのとき、玄関のドアに鍵を差し込む音がすると、勢いよくドアが開いた。


 「ただいまーー」

 ミサの声である。


 驚いた私と明彦が顔を向けると、大きなバッグを持った美沙が、そこにいた。


 「あれ、お父さん、どうしたの?」

 ミサは不思議そうな顔で私を見た。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 「頭にきて、家出してたの」

 荷物を置き、奥の部屋で着替えてきたミサは、私に説明をした。


 「男と一緒だったんだろ!」

 明彦が口をはさんだ。


 「あんたが先に、浮気したんでしょ!」

 ミサが言い返す。

 情けないことに、浮気に関しては否定しない。


 なんてこった。

 結局、どちらも浮気をしていたのだ。

 「夫婦は、仲良くしなさい」と言うと、私は退散した。


 帰路、あることに気がついた。

 どうして明彦は、甘夏を食べなかったのだろう? 

 

 ミサもそうである。

 甘夏が大好物のはずなのに、手に取るどころか、明彦と同じように、甘夏から目をそらすようにしていた。


 私は裏山に寄ってみた。

 見て回ると、一本の甘夏の木の下に、新たに掘り返し、埋めた跡があった。

 半年前に気づいた甘夏の木とは、また別の木の下である。


 二人は、浮気相手と、どうなったのだろうか。

 もめることなく、うまく別れることが出来たのだろうか。


 来年、この甘夏の木にも、枝変わりが生まれるのであろうか……。

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枝変わりの実 七倉イルカ @nuts05

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