猥褻教師Tの被害者・女生徒Uの証言

石衣くもん

編集長へ 橋本より


 上木一葉です。中学、三年生です。よろしくお願いします。

 部活とか委員会には、入ってません。帰宅部です。


 家族ですか? 二人姉妹の四人家族で、私が長女です。妹は、今は中学二年生です。歳は一つ離れてます。かわいい、とは正直あまり思いません。

 理由ですか。お恥ずかしい話なんですけど、あの子ばっかり可愛がられてる気がして、むかつくんです。親も、おじいちゃんおばあちゃんも、近所の人も。少なくとも私が一歳の時、あの子が生まれた瞬間から、すでに家での主役は奪われましたから。何かにつけて、二葉、二葉って。

 そうです、妹のことです。


 あと、少し身体も弱いんです、あの子。だから親はあの子にいつもつきっきりでした。今はだいぶ良くなって、学校でも普通に過ごしてるみたいです。読書クラブっていう部活にも入ってるらしいですし。

 なんで知ってるのって、そりゃあ妹ですから。好きじゃなくても話くらいはしますよ。向こうは私のこと、普通にお姉ちゃんとして接してきてて、色々話しかけてきます。


 母は、なんていうか、弱い人です。いつも都合が悪くなると泣くんですよ、あの人。だから、父と喧嘩した時とか、妹が体調を崩すたんびにこっそり泣いてるの、私知ってたんです。


 父はあまり家にいないし、そうですね、仕事人間っていうやつです。話もしません。遊んでもらった記憶もないんです。


 だから、妹だけじゃなくて、私は家族みんな好きじゃありません。

 だって誰も私を見てくれないから。


 学校も、好きじゃありませんでした。友達とかクラスメートとか。別にいじめられてたとかじゃないですけど。友達もいなかったわけではないですし。

 けど、結局他人だし、嘘も平気でつくし、私のいないとこでは何言ってたかわかりません。それに、最後には自分が一番可愛いじゃないですか。もちろん、私もそう思いますけど。


 中学に入ったら尚更だれも信用できなくなって。女の子は仲良さそうに見えても、お互いに影で悪口を言い合ってて、私にもそれを強要しました。男の子は低レベルな会話ばっかりして、集団で私のことを揶揄ってくることもありました。


 家に帰っても一人ぼっちみたいに寂しくて、学校に来ても居心地悪くて居辛くて。

 そんな時でした、田浦先生が声をかけてきてくれたのは。


 田浦先生は中一の時の担任でした。理科の先生なんですけど、私、理科が苦手で、赤点取っちゃったんです。

 それで、夏休み前の個人懇談の時に優しく先生に、


「わからないことがあるなら僕に訊きなさい。君はいつもみんなに遠慮ばっかりしてるでしょう? もっと周りを頼っていいんだよ」


って言われて。すごく、うれしかった。初めて自分の存在を認めてもらえた気がして、本当にうれしかったんです。思わず泣いてしまうくらいに。

 そんな私を、先生は頭を撫でて宥めようとしてくれました。そのせいで、余計涙が止まらなくなってしまったけれど。


 次の日から私は夏休みでしたが、学校に行っては先生がいる理科準備室に入り浸っていました。母には、理科の成績が悪かった人だけ学校で補習してくれるのだと言っておいたからか、特に気にしていませんでした。


 先生はいつも私を快く迎えてくれました。薄暗い部屋の中で、先生は色々なものを見せてくれたんです。

 顕微鏡でミカヅキモやミジンコ、先生が実験に使うために育ててるホウセンカ。ヨウ素液、BTB溶液、ベネジクト液、フェノールフタレイン溶液。変化した試薬の人工的なカラフルさにはなぜか感動しちゃいました。

 試薬って凄いんですよ、特定のものにしか反応しないの。ちゃんとどれに何色を示せばいいか、決まってるの、すごくないですか?


 私も、家ではこんな子、学校ではこんな子って使い分けてたから。なんだか親近感が湧いてきたんです。そのことを先生に話したら、


「面白いことをいうね、上木さんは。じゃあ僕が入ったら君は何色になるのかな」


って。ふふ、なんて答えたかですか?

 先生が入ったら無色ですよって答えました。だって先生の前の私は本当の私だったから。なんでかって、素の試薬は透明でしょう? だから素の私も無色透明なままなんです。


 はい、先生にもそう説明しました。

 その時の先生ですか? 先生はちょっと真剣な顔で何も言いませんでした。


 毎日通ってるうちに、先生とのスキンシップも増えていきました。二人で一つのペットボトルを回し飲みしたり、実験中に先生の膝の上に乗ってみたり。

 え? どんな実験の時だったか?

 ……うーん、石灰水の実験、だったと思います。ビニール袋の中に息を吐いて、そこに石灰水を入れるんです。そうしたら、石灰水が白く濁るの、二酸化炭素に反応するから。

 私それがすごく恥ずかしくて。だって自分の息が濁ってて汚いと思われるのが嫌で、見たくないって言ったんです。それで先生が逃げようとした私を捕まえて、膝に乗せられて、


「見てごらん」


って言われたから、おそるおそる目を開けたら綺麗な白濁色で。先生も優しい声で


「何も、汚くなんてないんだよ」


と言ってくれました。


 そんなある日でした。

 細胞分裂の観察をしてたんです。そしたら私、スポイトを握り締めちゃって、持ってた酢酸カーミン液が服に飛び散ってしまって。

 別に人体に害があるわけじゃないんですけど、白いブラウスに赤い溶液は目立って困りました。そしたら、先生が


「水につけておいたら、ちょっとは色が落ちるから」


脱ぎなさい、って。

 不思議と嫌じゃありませんでした。ちょっと恥ずかしかったけれど、言う通りにブラウスを脱いで、先生に渡しました。先生は代わりに羽織っていた白衣を着せてくれて、私は先生と薬品の匂いが染み付いた白衣に包まれて緊張と安心が混ざったような気持ちになったんです。


 先生は私のブラウスを、バケツに水を張って浸してくれていました。私はずっと無言なのが気まずくて、先生の隣に寄っていきました。

 先生は何も言ってくれなくて、怒ってるんだと思ったんです。きっと、私が実験するのに不注意だったから。

 私は先生に嫌われたくなくて、謝ろうとしました。けれど怒って嫌われるのが怖くて、ごめんなさい、が、か細く震えてしまいました。


 やっと先生がこっちを振り向いてくれた時、私は先生の腕の中にいたんです。

 嫌なわけないです、許してもらえた喜びで私は先生の行為を全て受け入れました。

 その日を境に、私は実験で失敗しなくても先生の前でブラウスを脱ぐようになりました。


 先生は絶対に私の服を最後まで脱がしませんでした。けれど、ボタンを外すのは先生の役割です。先生が上から一つずつボタンを外していく間、私はドキドキしています。

 先生が全部ボタンを外し終わったら、私はゆっくりブラウスから腕を抜いて、そして、先生が微笑みながら、今日も可愛いねって言ってくれるんです。


 先生の目はいやらしく欲望を表していましたが、しっかりと私を写してくれていました。私の全部を見てくれる人は田浦先生だけだったんです。


 夏休みが終わっても放課後、私は理科準備室へと向かいました。理科準備室は学校の一番奥の校舎にあって、窓からは今は使われていない焼却炉が見えます。なので放課後はほとんど人通りはありません。


 夕暮れ時、まだ少し明るい時でも理科室には黒い暗幕が閉められて、ひっそりとした空間を生み出します。その隣の理科準備室も同じように秘密の空間でした。

 私と先生の潜めた息と薬品の匂いが充満した、二人だけの。


 もちろん、理科の勉強も続けてましたよ。先生は特に生物学が得意だと言って、私の身体を使い、色んな部位の名称や体の反応を教えてくれるようになったんです。


 身体の部位を教えてくれる時、先生はいつも優しくその箇所に触れて、形をなぞるようになでてくれました。


「鎖骨は人骨で一番折れやすい骨でね、体内膣を支えたり、運動するのを助けたりするんだよ。ほら、こうやって一葉を抱きしめるのが簡単にできるのも、鎖骨のおかげなんだ」


 先生の指が鎖骨を掠めてから、舌が形を確かめて、軽く噛まれたら、私の意思に関係なく肩が跳ねてしまいました。


 そうしたら、先生が笑ったから恥ずかしくなって


「これは、反射なの、こないだ授業でやったでしょ」


って先生に抱きついて、赤くなった顔を隠しました。

 その時の先生は耳元で、


「もっと一葉の色々な反射が見られるように、いっぱい実験しようね」


と囁きました。先生が囁いた右側の耳だけやけに熱くなって、あれも反射だったんです、きっと。


 担任だから、必ず朝と放課後には先生に逢えました。

 この頃は毎日ご機嫌で学校に通っていて、遅刻ももちろんしませんでしたし、母も私が自分で早起きして、学校で勉強してから帰ってることを、父に嬉しそうに報告していました。


 けど、二年生になって、先生は隣のクラスの担任になりました。私のクラスの理科は違う先生が担当することになって、私は田浦先生になかなか逢えなくなったんです。

 最初は不満でした。学校に先生との仲を引き裂かれた気分になって、新しい理科の先生を憎みました。


 放課後も無理矢理やらされた学級副委員長の仕事のせいで逢いにいけません。副委員長なんて委員長の補佐でいいはずなのに、委員長の男の子も私同様クラスメートに押し付けられ無理矢理やらされているような子です。もたもたしてて、私の目から見ても冴えないどんくさい子でした。


 だから学級日誌を書くのも、教室の戸締まりも掲示物の貼り替えも、掃除の点検も何もかも。私はその子と二人でしなくてはなりません。

 私と先生の時間は、手の掛かる委員長が奪っていったんです。


 だんだんと理科準備室に行けなくなって、私は新しい形で自分の存在価値を見出し始めました。

 委員長の彼です。彼は私がいないと駄目なんです。何もかも私に頼りきっている、そんな人。私はそんな彼を愛おしく思うようになりました。


 同時に、田浦先生のことを邪険に思うようにもなりました。たまに先生とすれ違った時に向けられる、私へのあの視線が、嫌で嫌で堪らなくなったんです。

 わかりません、でも、自分の先生との行為が、委員長を助ける聖人としての自分を貶めてるように感じて嫌だったんじゃないかって、今は思います。


 そうして先生とあまり逢わなくなって、二月になりました。間もなく春休みで、クラスが変わる直前で。もう少ししたら委員長の彼と違うクラスになるかもしれません。


 私はバレンタインの日に彼にチョコレートを用意しました。私を必要としてくれている彼が、私の好意を断るはずがないと。

 放課後、渡すタイミングを窺っていると、彼は


「すぐ戻ってくるから、先に日誌を書いておいて」


と一人どこかに行ってしまいました。私は一人で日誌を書いていました。

 ふと、二階にある教室から窓の外に目をやったんです。そしたら、裏庭に彼と見知った後ろ姿を見つけたんです。

 頭をかなづちで殴られたみたいでした。

 二葉。どうして、あの子がいるのかと。


 しかもあの子が手に持っているのは、昨日二人で作ったチョコレートの包みに間違いなくて、でも、部活の先輩に渡すんだって言ってたのに。混乱していた頭も一気に冷えました。

 そうか、彼が部活の先輩なんだ。嬉しそうに頷いて、受け取る彼にひどく裏切られた気分でした。

 あなたも私を見てくれないの、って。


 私は途中の日誌を放り出し、チョコレートを掴んで教室から出ました。

 走って、走って。気がつけば焼却炉の前に立ってました。

 私はよりにもよって、二葉に負けたことが受け入れられませんでした。あの子はこんな時でも私の邪魔をするのかと。二葉への憎悪と委員長への怒りで、私は持っていたチョコレートを焼却炉へと投げつけました。


 悔しくて、絶対泣くものかと堪えてる私の頭に何かが触れました。驚いて振り返ったら、田浦先生が、私の頭に手をおいていて、


「何してるのかな、上木さん」


って、優しく訊いてきたんです。私は色々ぐちゃぐちゃになった頭で、チョコレートを捨てました、と答えました。


「誰へのチョコレートだったの」


と、続けて尋ねられ、好きな人へのものだった、と返しました。


 先生はその間ずっと私の頭を撫でていましたが、急に真剣な顔をして、言ったんです。


「それは、僕に貰う権利はないの」


って。

 私は後悔しました。やっぱり自分には先生がいてくれたら良かったのだと。先生は二葉じゃなくて私を愛してくれるのだと。


 そして、前と変わらない強さで私を抱きしめてくれました。この人は変わらない。白衣に染み付いた薬品の匂いも、私への想いも。変わってなかったんです。

 私が愚かでした。一瞬でも先生以外の人を思ってしまったなんて。私たちは以前よりも深く愛し合いました。そして今も彼を愛しています。



 以上が私と先生の関係の全てです。きっと、私たちの関係がやましいものではないとわかってもらえたと思います。

 だって、そうでしょう? 先生は犯罪なんて犯してません。私を愛してくれているだけなの。


 先生が私との関係を否定してる? まさか、そんな、え? ほかの女生徒にも手を出してる?

 嘘よ! そんなわけない、だって、だって先生は私を誰よりも愛してるって、一葉だけを愛してるって────。




 以上、インタビュー続行不可能の為、強制終了。

 尚、この事件を記事にする前に、他の被害者である女生徒たちの証言も欲しいので、インタビューに行ってきます。その間にこのテープおこしした内容に目を通しておいてください。よろしく!


担当、橋本より

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