第59話

「スキルを獲得したいと思うんです」

「……遂に、か」


 俺の言うことが分かっていたかのように、直ぐ様感慨深そうにマスターが呟いた。

 ミサキさんとヒカリさんは、そういえばそうだったとでもいうような不思議そうな表情をする。


 そう。

 本題とは、これまで迷いに迷って結局獲得できず仕舞いだったスキル。

 加入したての時にメンバーに相談し、少し待ってみようという話になっていたが、1週間前の攻略失敗を経て俺にも大きな心境の変化があったのだ。


(出し惜しみはしたくない)


 スキルの有無でキングオーガ戦の勝敗が変わっていたとは思わない。

 だが、もしスキルがあったらどうなっていたのかという心残りがあるのも確か。

 スキルは5つまでしか獲得できず、変更もできない。

 慎重に考えて獲得することも必要だというのは理解できるが、それ以上に取らずに後悔することが嫌だった。


「5つ全部を埋めるわけではないのよね?」

「はい。とりあえず2つか3つを考えています」


 俺の返事を聞いて、ミサキさんは安心したように肩を下ろす。

 こう見えて考え過ぎる癖のあるミサキさんは、きっとスキルという重大なピースに関する相談に乗るのは荷が重いとでも考えているのだろう。

 俺としては、そう遠くないうちにスキルを5つ全て獲得するつもりでいるが、今回はひとまずタンク役としての動きを確立させることが目的である。


「候補は決まっているの?」


 リーダー代理としての責任感からなのか、いつも以上に質問を飛ばしてくるミサキさん。

 そんなミサキさんを、目を細めて隣に座ったマスターが見つめる。


(候補、か……)


 心の中に決めたものはあるが、一瞬口に出すのを躊躇する。

 これまで大切にしてきたあるもの、を捨てることになるかもしれないからだ。


「はい。一つは挑発、もう一つは何かしらの魔法攻撃です」

「ほう……魔法攻撃、か」

「はい。」


 意味深に繰り返すマスター。

 何気なく口に出した候補に思えるが、魔法攻撃を選んだところに俺の覚悟が詰まっている。


「剣は……捨てるんですね」

「ヒカリっ?!」


 直接的な表現で聞いてきたヒカリさんに、それを咎めるように名前を呼んだミサキさん。

 捨てるという表現が正しいかは分からないが、魔法攻撃の手段を得るということは今後剣より魔法を中心に戦っていくことを宣言するのに等しい。


「タンクの間はそうなりますかね」

「……もう決めたのね」


 迷うことなく答えた俺を見て、ミサキさんがそう反応した。

 残念そうというよりは、俺を心配するような感じだ。

 新しい剣も購入し、剣にこだわる姿勢を見せていた俺を見てきたのだから、心境の急激な変化を知らなければ、そう感じてしまうのも仕方ないだろう。


「陽向君のことだから魔法攻撃のスキルにも当たりをつけているんだろ?」


 思うところはありそうだが、俺の意思が固いことを察したマスターが話を進める。


「初級魔法を取得するところまでは。属性はこれから決めたいと思っています」

「……なるほどね!」


 うんうんと頷きながらも、ミサキさんは難しそうな表情をする。


「茨の道だぞ?」


 呆れたような表情で、しかし声音は明るくマスターが言った。

 俺は分かっている、とでも言うようにマスターから視線を逸らさずに強く頷く。


 スキルの取得に関する考え方は人それぞれだが、マスターの『アクセル』や『風剣』、『ウインドブラスト』、倉本の『ヒール』や『ウインド』、『ファイヤストーム』のように魔法単体でスキルを取得することが主流だ。

 その魔法しか使えない欠点はあるが、威力にバフがかかり、魔力さえ足りていれば必ず発動してくれるため、命のやり取りをするダンジョンではメリットの方が大きいと考えられている。


 初級魔法や中級魔法、上級魔法のスキルは、これの真逆。

 才能がある程度あり、特訓を積み重ねることができれば、複数の魔法を使えるようになるが、可能性にかけて5枠しかない1枠を埋めるにはリスクが大きい。

 使えるようになるまでに時間がかかること、集中力などのその時々の条件によって発動しない場合があること、威力や消費する魔力が魔法単体でスキルを取得するときよりも劣ること。

 そもそもこれらのスキルを獲得するためのスキル本が貴重ということも相まって、取得は推奨されない傾向にある。


 だが、俺としてはこれらのデメリットは勿論了解の上。

 わざわざマスターの言う茨の道を選ぶほどの明確な理由があるかと聞かれれば、はっきりと答えられないかもしれないが。

 とにかく、タンクという成り手がほとんどいない難しい役職を務める上で、安定性よりも可能性にかけたいというのが俺の思いだった。


「初級魔法なら早い段階で一つは安定して発動させられるようになるかもね。あくまでも適正があれば、だけど」

「確かにそうだが……」


 ミサキさんの言ったことは俺の狙いの一つでもある。

 完全に習得すれば最強になり得るというロマンが狙える中級や上級と違って、初級は比較的安定択。

 状況を変えるような一撃を放てる訳ではないが、適正さえあれば短期間で魔法を習得し、更には攻撃の選択肢や幅を増やすことができる。


「属性は……水属性がいいと思います」

「水属性、ですか?」


 個人的な意見ですけど、と付け足してヒカリさんが言う。

 特にこだわりを持っているわけではないが、俺としては水属性というのは意外だった。


「属性として強調できるところは少ないですが陽向さんとの親和性は高いと思いますよ」

「親和性……」


 属性との相性は取得して初めて分かるガチャのようなものだと考えていた俺。

 親和性という概念自体が初耳だ。


「ヒカリが言っているのは……あの話ね」


 ソースが少ないのよ、と小さい声で愚痴を言うように呟いてから説明を始めるミサキさん。

 どうやら親子や兄弟など、血縁関係のある能力者だと、一方の能力が魔法だったとき、血縁の能力者もその属性やそれに類する属性の習得率が高いというものらしい。

 そもそも血縁関係のある能力者が2人、というのは極めて稀であり、ミサキさんが愚痴を言いたくなるのも分からなくはない。

 妹の雪が氷属性の能力者であるために、俺の水属性に対する親和性が高いというのがヒカリさんの主張だが、ミサキさんはそれを信頼していないということだ。


 とはいえ、判断材料が少ない俺にとってありがたい情報であるのは間違いない。


「一応言っておくと巷で言われてるほど水属性は悪い属性ではないわよ」

「はい」


 基本属性は火・水・風・土・光・闇の6つであるが、そのうち光と闇は扱いづらく貴重でもあるため、端から選択肢に挙がっていない。

 残りは4つだが、攻撃に特化した火属性、防御に特化した土属性、バフ系の魔法が多い風属性に比べて、水属性はいわゆる器用貧乏。

 他の言葉で言い表すならば、中途半端、だろうか。


 パーティーにしても極端な構成が好まれるダンジョン界隈において、中途半端というイメージがついた水属性は嫌われがちであるが、ミサキさんが言うなら間違いはないだろう。


(水属性にするか)


 特段こだわりのない俺としては、今後タンクとして戦うにあたって、少しでも役立つ可能性の高い属性を選びたい。

 派手さのある火属性や見栄えのする風属性に憧れがないかと言えば嘘になるが、俺は現実を見ることのできる男なのだ。


「水属性にしたいと思います」

「分かったわ。正直水属性は専門外だけどいつでも相談はしてくれて構わないからね」

「はい。ありがとうございます!」


 俺の意思表示に対して特に反論もなく、スムーズに水属性の初級魔法を取得することが決まった。

 意外にもマスターは基本的に議論の推移を見守るだけだったが、マスターらしいと言えばマスターらしいだろうか。


 スキルも無事決まり、俺は3人からスキル取得の手順を教わる。

 ミサキさんによると、どうやらダンジョン協会に申請すれば、ある程度のランク帯のスキル本までは譲り受けることができるらしい。

 能力者の数や質は国力にも等しいといわれるこの頃だが、協会専属でもないのにこの待遇というのは、まさに能力者特権といったところだろうか。


「これで大丈夫なはず!」


 一度ダンジョン協会からスキル本を譲り受けたことがあるというミサキさんから手解きしてもらい、ダンジョン協会への申請を完了する。

 連絡があれば、最短明日にも受け取ることができるらしい。


(楽しみ、だな)


 これまで散々獲得を見送ってきたスキルとあって、まだまだ現実感はない。

 それでも自分にとっては未知のものである魔法の取得が間近に迫っていることへのワクワクが、自分の中で少しずつ高まっていくのを感じていた。


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『妹のヒモ』だけど文句ある?〜ダンジョンが現れた世界で『妹のヒモ』と呼ばれた男が覚醒して成り上がる〜 諏維 @indigo-999

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