第58話

 ミサキさんが静かに右手を上げる。

 ダンジョンゲーマーズで使われる『進め』の合図である。


 俺は合図を見て真っ先に駆け出し、ジェネラルオークの下へと向かう。


(おっと……)


 近付くにつれ、ジェネラルオークが興奮する様子がはっきりと見て取れた。

 いや、それよりも目の前で理由も分からずハイオーク3体を失い動揺している、というのが正しいか。

 

 俺は勢いに押されて少し尻込みするが、すぐに切り替えて再び加速する。

 落ち着いて戦えば全く問題ない相手のはずなのだ。


(相変わらず悪趣味だなぁ……)


 銀色に光るこん棒を右手に持ち、革で作られているものの所々金銀で装飾された鎧を纏うジェネラルオーク。

 人間の感覚で言えば成金にしか見えない見た目は、悪趣味以外の何ものでもない。


「来いっ!」


 掛け声を上げ、俺は勢いそのままに一番近くにいた右側のジェネラルオークへと突っ込む。

 ジェネラルオークも覚悟を決めたのだろう。

 銀色のこん棒を精一杯振り上げて、勢いよく飛び込んでくる。


ドンッッッ


 鈍い音が響くが衝撃はない。

 全力で壁にぶつかって来たジェネラルオークがのけ反っている。


(今度はこっちだ!)


 俺は勢いよく反転し、もう一体のジェネラルオークと対峙する。


「こっちは任せて!」


 ちらりと振り返ると、よろめいたジェネラルオークにミサキさんとヒカリさんが、空から地上から攻撃を加えている。

 これで作戦通り。

 どうやら一度大きく体勢を崩したこともあってジェネラルオークは防戦一方だ。


 俺のすぐ目の前には無傷のジェネラルオーク。

 若干怯む様子を見せつつも、こん棒片手に突っ込んでくる。

 俺は冷静に相手の攻撃を壁で受け止め、様子を伺う。


(あくまで相手の気を引き付けるだけ……!)


 無理に攻撃を仕掛ける必要はない。

 何度か壁で攻撃を受け止めていると、むしろ反発ダメージを警戒したジェネラルオークの攻勢が弱まってくる。


 それなりに余裕がある俺は、戦闘しながらも後方の二人の様子を時々確認する。


(来たっ!)


 何度目だろうか、素早く後ろを振り返った際に、飛行魔法を使ったミサキさんがこちらへと近付いてくるのを確認する。


 当然後ろには2人が戦っていたジェネラルオーク。

 ミサキさんは絶妙な高さと距離を維持しながら、ジェネラルオークを引き付けている。

 俺は少し離れた位置で攻撃の機会を窺っていたジェネラルオークから一気に離れ、ミサキさんの方へと疾走する。


「任せたわ!」

「了解っ」


 入れ替わるようにして地上と空中ですれ違い、今度は2人が戦っていた傷の多いジェネラルオークを引き受ける。

 戦いに興奮して先ほどの衝撃を忘れたのか、走る勢いそのままに、ジェネラルオークがこん棒を大きく振りかぶって攻撃してくる。


「ヒカリさん、お願いしますっ!」


 壁にこん棒が当たった瞬間、再び大きくのけ反るジェネラルオーク。

 俺とジェネラルオークの間に静かにヒカリさんが現れ、短剣で胸元を一突き。

 体勢を崩していたジェネラルオークは防御も間に合わず、そのまま粒子となって消えて行く。


 こうなったら後は楽な戦いだ。

 俺は急いで残り一体となったジェネラルオークの元へと戻り、ターゲットが2人に行かないようヘイトを上手く管理しながら、攻撃を積極的に受け止める。


(いい感じだぞ)


 相手が一体であれば、思った以上にヘイト管理は簡単だ。

 2人とも大きなダメージを与えないように意識して攻撃してくれているようだが、俺は俺で2人にターゲットが向きそうになった時は意識して敵の正面近くに移動し、攻撃をもらうようにする。


 徐々に傷を増やし、疲労を隠せなくなっているジェネラルオーク。


「行くよっ」


 反発ダメージで少しよろけたタイミングでミサキさんの合図。

 俺も左手に剣を取り出して、ジェネラルオークの元へ一直線に駆ける。


 空からミサキさん、横からヒカリさん、そして正面から俺。

 ジェネラルオークも慌てて防御の姿勢を取ろうとするが、時すでに遅し。


(勝負ありだな)


 3方向からの攻撃を受けたジェネラルオークは崩れ落ち、しばらくして粒子となった。


「陽向くん、お疲れ様」

「ありがとうございます!」


 ニコッと笑って、ミサキさんが地上へと降り立つ。

 体力的には問題ないが、実質初めての正式なタンク役とあって多少の気疲れがあった。


「……どうでしたか?」


 自分としてはそれなりの手応えがあったが、一緒に戦っていた二人の意見はとても気になるところだ。


「いい感じだと思うよ!」

「私もそう思います」


 バッチリ笑顔でミサキさんが答え、ヒカリさんもそれに続く。


「作戦通り行けてたと思うし……」


 戦いを頭の中で振り返っているのだろうか、ミサキさんは顎に手を当てて考える素振りを見せている。


 事前に決めていたのは作戦、というかタンクをするにあたっての方針のようなもの。

 簡単に言うと、これまでの経験で複数の魔物相手を苦手としていることが分かっているため、無理して全魔物のターゲットをもらう必要はない、というものだ。


「逆に陽向くんはどうだったのかな?」

「そうですね。俺としても手応えは悪くなかったと思います。」


 俺の言葉を聞いて、2人がうんうんと頷く。

 相手といい、状況といい、恵まれたシチュエーションではあったが、パーティーのタンク役での初回戦闘としては上々の滑り出しと言えるのではないだろうか。


 簡単な振り返りを終え、俺たち3人はその場でいくつか動きを再確認する。


 体力はまだまだ満タンに近い。

 予定通りこれからダンジョン内を数か所巡り、色々なシチュエーションを試すことになるだろう。



――――――



 遺跡型ダンジョンの第8階層を出てから3時間後。


 計3回の戦闘を終え、俺たち3人はマスターの喫茶店横のダンジョンゲーマーズホームへと戻っていた。

 若干の疲れはあるが、疲れというよりも心地よい疲労感というのが正しいだろうか。


「お待たせしました」


 一番最後にシャワーを浴び終え、会議スペースの方に戻る。

 何度考えてもやっぱり、ダンジョンを出てすぐに汗を落とせるというのは素晴らしいものである。


「陽向君、お疲れ様」

「マスターもお疲れ様です」


 奥の方には先ほどまではなかったマスターの姿。

 事前に”今日俺にとって重要なことを決める“ことを伝えており、マスターたっての希望で喫茶店の営業を切り上げて参加することになっていた。


「今日の攻略は順調だったみたいだね」


 俺たち3人の明るい表情を見てか、嬉しそうに笑うマスター。

 もちろんマスターも攻略に行く前の俺のように、我々の誰かが一週間前の出来事を引きずっていないかを気にしていたのだろう。


「課題は見つかりましたけど、やりたいことはやれました。むしろ俺としては収穫の方が大きかったぐらいですから」

「収穫?」

「タンク役としての意識の部分ですかね。ヘイト管理を全て自分で考えるのではなく、”皆に助けてもらいながら戦う“という」

「ほぅ……なるほど。」


 マスターが俺の力説を聞いて満足気に頷く。

 ソロが長かったせいでどうしても自分でやらなきゃ、と考えていたヘイト管理だが、今日の攻略で一番気付かされたのはそこだった。

 ダンジョンゲーマーズに所属する全員が俺より熟練の攻略者であり、何も俺が全魔物のヘイト管理を意識する必要はない。

 時にはピンチになりそうな時に俺の近くまで魔物を連れて来る形で、時にはさばき切れなくなりそうな時に他に余裕があるメンバーのフォローを貰う形で。


 全ての魔物を引き付けて戦うタンクに憧れはあるが、俺には俺のスタイルがある。

 これに気付けたことが今日の攻略での一番の収穫だと思っていた。


「……では逆に課題、とは?」

「遠距離で戦ってくる魔物を相手にする時と同時に複数の敵を相手にする時、ですかね」


 マスターの言葉をきっかけにして、自然と今日の攻略に関する本格的な振り返りが始まる。

 第8階層のジェネラルオーク戦ではほとんど問題なく戦えていたが、残りの2戦は上手くいかない部分があったのだ。


「遠距離と複数相手、か」


 納得、といった感じでマスターが呟く。


「はい。遠距離相手だとヘイトがこっちに向かなくてターゲットをもらうことができませんでした。分かっていたことですけど遠距離相手に反発ダメージは期待できませんから」

「そして複数相手だと単純にさばき切るのが難しい、と」

「そういうことになります」


 第8階層の攻略を終えて向かったのは、ホーム拠点周りに出来ていたゴブリン集落。

 魔法や弓を使ってくる魔物を相手にすることと、弱い魔物複数を同時に相手にすることを試したかったからだ。


「複数を同時に相手するというのは慣れもあると思いますよ」


 ヒカリさんが俺をフォローするかのように補足する。

 フォローはありがたく思いつつも、あくまでどちらも想定内であり、俺としては全く落ち込むことではないと思っていた。


「ヒカリの言う通りだね!陽向くんの動きも最初のゴブリン集落のときよりも2回目のゴブリン集落のときの方が明らかに良かったし」

「ありがとうございます」


 自分の感覚としても、ミサキさんの言葉通りだった。

 魔物との距離感や位置関係をしっかりコントロール出来るようになれば複数相手でも戦えるはず。

 そのための知識と慣れを得るためには、とにかく場数を踏むしかないだろう。


「ということは陽向君の喫緊の課題は遠距離対策、ということだね」

「そうなります。つまりここからが本題になるんですが……」


 一回溜めを作った俺を見て、ニヤッと笑うマスター。

 マスターのことだから、きっと”重要なこと“についてもすでに勘付いているのだろう。


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