第57話
【11月第3週月曜ダンジョンゲーマーズホーム】
あれから一週間が経った。
ミサキさんの宣言通りパーティー活動は休止中だが、勘が鈍らないようにするためにも今日は集まれる人が集まる日、ということになっている。
いつものようにお昼頃の集合。
集合時間よりかなり早く向かったつもりだったが、ホームには先客がいた。
「陽向さん、コーヒーはいかがですか?」
「お願いします。」
優雅にコーヒーマシンからコーヒーを注ぐヒカリさん。
ヒカリさんは休止中も頻繁にダンジョン通いを続けているようで、唯一ここで何度か言葉を交わしているメンバーだった。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
目の前に置かれたのはカップになみなみと注がれたコーヒー、と砂糖。
一昨日同じようなシチュエーションで、渋い顔をしてコーヒーを飲んでいるところを見られ、遂にブラックが苦手であることがバレたのだ。
恥ずかしさで少し赤くなっているであろう顔をヒカリさんに見られないように、俯きながらコーヒーと砂糖を混ぜ合わせる。
「ミサキさんは今日も茜ちゃんのところですかね?」
「そうだと思いますよ」
一週間以上が経っても目覚めない茜ちゃんは、まだ病院に入院中だ。
少しずつではあるが魔力は回復しており経過は良好とのことだが、ヒカリさんによるとミサキさんは毎日のようにお見舞いに行っているらしい。
いつもは軽口を叩き合う仲だが、なんだかんだ言って茜ちゃんのことを一番心配しているのはミサキさんなのだ。
いくつか言葉を交わすと、ヒカリさんは自分のコーヒーを持ってソファーへと移動し、くつろぎ始める。
(ふぅ……)
ヒカリさんと違って、ミサキさんと会うのは実に一週間ぶり。
前回の重苦しさを記憶しており若干緊張している俺にとっては、いつも通りでいてくれるヒカリさんの存在はとてもありがたかった。
俺は、ぼんやりとヒカリさんが点けたであろうテレビのニュース番組を眺める。
ダンジョン関連のニュースも多く流れているが、能力者になった今なら、情報がかなり制限されていることが分かってしまう。
人気攻略拠点での攻略失敗、国の一番手パーティーによる最前線攻略、普通なら報道されてもおかしくないものだが、欠片もないというのはある意味情報統制が行き届いているということだろう。
そのままニュースを眺めていると、しばらくして少し焦った顔のミサキさんが入ってくる。
「ごめん!待たせたかな?」
「大丈夫ですよ」
各々くつろいでいる様子を見て謝るミサキさんだが、お昼頃という集合時間を考えると遅れた訳ではない。
お見舞い帰りという事情を察したヒカリさんが、すぐさまフォローする。
「病院の先生が茜はもうすぐ起きるだろうって」
「それは良かったです!俺もまたお見舞いに行きます」
「うん。陽向くんが来たら茜も喜ぶと思うから」
久しぶりの良いニュースに触れたからか、思っていたよりもミサキさんは明るい様子だった。
1人分のコーヒーをコーヒーマシンに残していたヒカリさんが、俺の目の前の席に座ったミサキさんにカップを差し出す。
「ありがとう、ヒカリ」
「はい。ところで今日はどうしましょう?」
雑談もほどほどに、早速といった感じでヒカリさんが切り出した。
入院中の茜ちゃん、休養中のカケルさん、喫茶店営業中のマスター。半数の3人ではあるが、今日はこれで全員だ。
「その前に良いですか?まず俺から2人に相談したいことが……」
「相談?」
先手で会話を進めた俺に2人は不思議そうな顔をしつつも、頷いて話の続きを促す。
「俺の能力についてなんですが……」
俺はここ一週間の成果を、頭の中で纏めながら2人に説明し始める。
俺が最初に取り組んだのは壁についてもっと理解する、ということ。
4種類ある壁のうち、ライト代わりの光源タイプ以外には色以外の違いがないと思っていたが、多少ミスしても問題ないゴブリン相手に何度も試してみると、微妙な違いがあることが分かった。
違いとは、能力の核でもある反発と吸収のバランス。
能力覚醒時に出現した半透明の壁は反発と吸収が半々、最近メインで使用していた白色が吸収多めで反発少なめ、そして黒色が反発多めで吸収少なめ、というものだ。
「なるほどね」
「これからは白色と黒色の併用、これが大事だと思うんです」
戦い方の選択肢が増えるといい、というのは先日の攻略失敗で散々思い知らされている。
白色の壁を展開して一対一のジャイアントキリングを目指すだけでなく、黒色を展開してタンクとしてパーティーを支える役割もしたい、というのが個人的な思いなのだ。
ミサキさんもヒカリさんもすぐに言葉を発することなく、顎に手を当てて考える素振りを見せている。
俺の思いを否定したいというよりは、様々なメリットデメリットについて考えてくれているのだろう。
「今日はタンク役を任せてもらえませんか?」
「うん。ここで考えてもしょうがない。まずは試してみましょう」
「はい、そうですね」
ミサキさんがニコッと笑って答え、ヒカリさんが同意する。
否定されることはないと分かっていたが、それでも俺は安堵していた。
今の段階でもいくつかの課題が思い付くのだが、ミサキさんの言う通り試してみないことには始まらないというのが一番の思いだった。
今日やることが決まった俺たちは簡単な打ち合わせをして、早速ダンジョンに向けて出発することになった。
準備をしながら俺は考える。
カケルさんのこと、傍観者のこと。
進展があったとは聞いていないから当たり前なのかもしれないが、まるで禁忌かのように誰も触れようとしない。
触れたくないのか、お互い様子を伺っているだけなのか。
見た目上先週のような重苦しい雰囲気は感じられなくなったが、リーダー不在という大きなしこりが残っていることを嫌でも感じさせられる。
皆、表に出さないようにしているだけで、カケルさんを心配していることに違いはないのだ。
――――――
2時間後。
俺たち3人の姿はこちらも約一週間ぶり、遺跡型ダンジョンの第8階層にあった。
相手の陣容はハイオーク3体にジェネラルオーク2体だ。
「片付けてきます」
その言葉だけ残して、ヒカリさんが風のように駆け出す。
途中で気配遮断を発動し、ジェネラルオークを守るようにして立ちはだかるハイオークの急所を一突きすること3回。
ハイオークは粒子となって消え、すぐにジェネラルオーク2体が残るのみとなる。
まぁ、気配遮断発動後は俺も目で追えないため、ヒカリさんの動きは想像でしかないのだが。
「ミサキさんは……今も目で追えてますか?」
「ギリギリ、だけどね」
ヒカリさんの気配遮断は便利さと不便さを兼ね備えたものだ。
発動後は視界情報や音、空気の動きを遮断するが、当然派手に動けば動くほど効果は薄くなってしまう。
スピードを活かしたいヒカリさんにとっては、素早さと気配遮断のバランスがとても難しい、という訳なのだ。
(いつか俺も見えるようになるのか……?)
気配遮断を発動されると一切動きを追えなくなる俺だが、ミサキさんたちは辛うじて目で追っかけながら戦うことができるらしい。
経験なのか、ヒカリさんとの心の距離なのかは分からないが、見えないで戦うより、見えた状態で戦うことが望ましいのは間違いない。
「ただいま」
ハイオークの始末を終え、俺たち二人の前に戦闘前と変わらない涼し気な表情のヒカリさんが姿を現す。
「ヒカリ、ありがとう。じゃあ行こうか」
「はい」
ミサキさんの掛け声で俺もスタンバイする。
残る敵はジェネラルオークが2体。
強すぎず弱すぎず、という観点からミサキさんが選んだ相手だ。
(楽しみだ!)
不安よりもワクワクの方が強い。
失敗しても何とかなる相手とあって、能力の新味を試せることへの期待感が大きかった。
俺は静かに右手を突き出し、『全てを守る壁』を黒く展開する。
間もなく、初めての『タンク役』としての戦いが始まるのだ。
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