第56話

【11月第2週月曜ダンジョンビル前喫茶店】


 日付が変わって月曜の正午過ぎ。

 珍しく午前中に集合した俺たちだったが、長引くと思っていた報告は意外にも1時間ほどで終えることができていた。

 昨日簡潔に報告していたというのもあるが、一番の懸念であったキングオーガの問題がすでに解決されていたというのが大きい。


 昨日の解散後すぐにダンジョン協会に監督者として報告を行った栗原さんによると、数時間内にはキングオーガの撃破経験があるパーティーが派遣され、遺跡型ダンジョン内の安全確認と討伐が終えられていたとか。

 言ってしまえば我々が手も足も出なかった相手を、ろくに準備も整っていない状態で難なく討伐できるとは、上には上がいると言うべきだろうか……。


 とにかく、早く予定を終えた我々は息をつく暇もなく、話があるというマスターに連れられ、臨時休業の看板が下げられた喫茶店へとやって来た。


 一日経ったとはいえ、昨日の今日。

 わざわざ少し距離を空けて座る位置関係が、今の重苦しい雰囲気を示している。


「全員揃ったようだし早速話を始めよう。」

「一人足りなくないですか……?」


 喫茶店の中には、マスター、ミサキさん、ヒカリさん、俺の4人だけ。

 茜ちゃんは目が覚めるまで念の為入院しているが、ヒカリさんの指摘通りつい先程まで一緒に居たはずのカケルさんの姿が見えない。


「カケルは来ない。これで全員だ。」


 心なしか強めの口調で答えるマスター。

 驚く表情を見せるヒカリさんに、気まずそうにうつむき加減のミサキさん。

 まるで対照的な反応だ。


(……なるほど)


 最初はヒカリさんと同じように驚いた俺だが、ダンジョン攻略者として酸いも甘いも知ってきた俺はマスターとミサキさんの反応にピンとくるものがあった。

 一瞬の静寂の後、マスターが再び話し始める。


「今朝カケルはしばらくの休暇を申し出た。どうやら栗原も強くは引き止めなかったようだ」


 マスターの話は思った通りのものだった。


 一人だけ昨日以上に憔悴しているように見えた今朝のカケルさん。

 相手が魔物とはいえ、直接命のやり取りをするのがダンジョン攻略だ。

 能力者に限らず精神の安定は何よりも重要であり、しばらく休むということは、むしろ推奨されている行為である。


「その間はミサキがリーダー代理を務める訳だが……本題はここからだ」


 気まずそうにしていたミサキさんがリーダー代理を務めるというところまでは予想通り。

 ただ本題がここからというのは想定外だった。


「第20階層攻略前からのカケルはらしくない、俺は話を聞いただけだがきっとお前たちもそう思ったはずだ」


 図星だ。

 突然の作戦変更の提案、らしからぬ弱気な態度、会議での優柔不断さ。

 失望という言葉が正しいかどうかは分からないが、頼れるお兄さん兼リーダーとしてカケルさんを見ていた俺にとって、見たくない姿だったことは間違いない。


 頷く俺たちを横目にマスターは話を続ける。


「カケルが取り乱したのには理由がある。仕方ないの一言で片付けることはできないが……」

「内容次第です。」


 濁して言うマスターに、ヒカリさんがきっぱりとそう告げる。


 常に冷静なヒカリさんだが、今回ばかりは険しい表情を崩そうとしない。

 俺は新人だから仕方がないとして、カケルさんの休暇や一時的なリーダーの変更をこのタイミングで知らされたことに思うところがあるはずだ。

 今のヒカリさんは、苛立っているという言葉が一番適切かもしれない。


 マスターは喧嘩腰にも思えるヒカリさんを気にする仕草を見せつつも、大きく息を吐いて再び話し始めた。


「これは陽向君から聞いてカケルだけに伝えていたことだが……」


 その言葉だけで俺はピンと来た。

 

(……傍観者だ)


 入澤さんから聞いた、協会の敵対組織であるダンジョン攻略会の一員で、俺の能力が覚醒するきっかけとなった事件の犯人でもある、傍観者。

 透明化の能力を持っており、マスターの話ではダンジョンゲーマーズの元メンバーかもしれないとのことだったが。


「一週間前、透明化の能力を持った”傍観者“という能力者が陽向くんが関わった事件の犯人になっていることを知った。ミサキもヒカリも心当たりがあるだろ?」

「……立花ね」


 マスターの話を聞いて、ミサキさんがぼそっと呟く。


 立花。

 意外にも名前を聞いたのはこれが初めてだった。


「そうだ。同じことを思った俺は念の為にカケルだけには伝えることにした。扱いが難しい情報だがカケルはリーダーだし、そもそもアイツは元々カケルの知り合いだからな。……ここまで聞けばだいたい分かるだろう?」


 少し離れて座るミサキさんとヒカリさんが頷く。

 どうやら話を理解できていないのは、俺だけのようだった。


「あの瞬間にカケルだけは気付いたのよ。私たちが来る前に茜の魔力水晶を解除して第20階層を攻略したのがアイツだってね」


 ミサキさんが俺の方を向いて言う。

 俺はミサキさんの言葉を、しばらく飲み込んで気付いた。つまりはカケルさんの中で点と点が繋がった、ということなのだ。


「まぁ、そういうことだ。魔力水晶は魔力を直接注ぎ込むことで破壊できる。このことを知っているのはダンジョンゲーマーズのメンバーだけだ。破壊したのが我々でなければ考えられるのは立花くらい、だろうな」


(そういうことか……)


 複雑な気持ちだった。

 相談のつもりでマスターに伝えた”傍観者“の話が、回りまわってカケルさんを追い込んだのだ。


「なるほど……」


 ヒカリさんがポツリと小さな声で呟く。

 彼女の声に先程までのイライラは含まれていない。

 きっと誰も彼もが頭の中で考えを必死に纏めようとしていることだろう。


(カケルさん……)


 誰も口に出さないが、恐らく全員の心の中で浮かんでいるのはカケルさんに対する心配の二文字。


 今回の攻略のことだけではない。

 ダンジョンゲーマーズの歯車が狂うキッカケにもなった、第19階層でのハルカさんの不審な死。

 俺でも辿り着いたカケルさんの妹であるハルカさんの死に傍観者が関わっているかもしれないという可能性に、カケルさんが気付かなかったはずがない。


 マスターは最初に仕方ないの一言で片付けられないと言ったが、同じ妹を持つ兄として、俺はカケルさんの境遇に同情せざるを得なかった。


「カケルはどうするんですか?」

「しばらくは本当に休むと思う。けどその後は……」


 ヒカリさんの疑問に対して、ミサキさんが自信なさげに答える。

 そもそも質問が『いつまで』ではなく、『カケルさんがどうするか』であったことが、心配する点が何処にあるかを示しているだろう。


「当分は様子見だ。……カケルの気持ちも汲んでな。」

「そうだね」


 マスターの言葉にミサキさんも同意する。

 言葉とは裏腹に二人とも渋い表情をしている。

 今のカケルさんに支えが必要なのは間違いないが、事が事だけに二人ともどう関わるべきか迷っているのだろう。


「今後についてだけど……。私たちは当分パーティーとしての活動はしない予定よ。幸いダンジョン協会からのノルマはクリアしているし攻略拠点も安定しているから」

「そうだな。パーティーとして大きな動きはないだろうが我々は立花から恨みを買っている想定で動くことになるだろう。俺も調査は続けるが各自警戒は怠らないようにしてくれ」

「分かりました」


 リーダー代理となったミサキさんと精神的主柱でもあるマスターの言葉で話は締め括られる。

 話は尽きないが、今はこれ以上話しても埒が明かないというのも事実だった。


(実質活動休止か……)


 加入間もなくしての活動休止。

 正直残念に思う部分はあるが、これを良い機会と思って己の能力を鍛えるしかない。


 10分ほど4人で雑談をしてから、俺は茜ちゃんのお見舞いに行くというミサキさんとヒカリさんを見送って、再び喫茶店の椅子へと深く腰掛けた。

 喫茶店に残っているのは、マスターと俺の2人だけだ。

 

「……カケルさんは自分の手で彼を罰する、つまりは私刑を望むでしょうか?」


 個人的にはこれが最も気になることだった。

 相手は能力者であり、そもそも証拠は残っていない。仮に”傍観者“が犯人だったとしても、ダンジョン協会は動いてくれない、というのが俺の読みである。


 考えないようにしていたのだろうか、マスターは俺の顔を見たまま、しばらく黙り込む。


「……分からない。だが事情がどうであれ俺は私刑を許すつもりはない」


 迫力のある口調だった。

 気になって軽々しく出した話題だったが、もしかすると気軽に口に出してよい問題ではなかったかもしれない。

 何にせよ今の俺には情報も知識も、何もかもが足りていなかった。


 いくつか言葉を交わして、自然と話題は今回の攻略に移り変わって行く。

 昨日と今日の報告を通して、マスターも今回の攻略での反省点や課題を理解していることだろう。


「よく頑張った、と言うべきかな?」

「いや……」


 マスターの労いに対して、俺は思わず言い淀んだ。

 喫茶店のマスターと客という以前の関係性だったら素直に頷けていただろうか。

 上手く返事ができなかったことは、自分でも意外だった。


(頑張った、か……)


 頑張ったかと聞かれると、正直怪しい部分が沢山あるのが今回の攻略である。

 なかなか言葉が続かない様子の俺を、マスターは優しく厳しい目でじっと見つめている。


「陽向君はどう声をかけてほしい」


 言葉が出ない俺を見兼ねてか、そう聞いてくるマスター。

 これも紛うことなき、マスターの優しさだ。


「……正直な気持ちを」


 しばらく迷った後、俺はこう答えた。


 今回の明らかな攻略失敗。

 色々問題が起きて予定通りいかなかったのは事実だが、それ以前にパーティーとして、そして個人としての問題が複数あったのは間違いない。

 新メンバーとして気遣ってくれるダンジョンゲーマーズの面々、そして雪が不在の今、正直に助言してくれるのはマスターしかいない、そんな気持ちだった。


「能力者は難しい。」


 目を閉じて数秒考える仕草を見せていたマスターは、そんな言葉から話を始めた。


「ダンジョンを攻略するのは強制であり強制でない。能力者としての使命と自分の心のバランスを見極めることが何よりも大切なんだ」


 カケルさん、ひいては第20階層の攻略を強行したダンジョンゲーマーズのことだろうか。

 ノルマや使命感に追われつつも、焦って命を落としてしまっては元も子もないのは確かだ。


「ただその中で一つだけ陽向君には言っておきたい。決して受動的になってはいけない、これだけは心に留めておいてほしい」


 ゆっくりと話すマスターからは、俺を傷つけないようにか慎重に言葉選びをしている様子が伺えた。


(受動的、か……)


 マスターの表現には色々な受け取り方があるような気がした。


 今の俺はどうだろうか、と考えてみる。

 正直ここ最近は自分に与えられた役割をこなすことだけで精一杯だった。

 言われたことをできるように努力する、それが受動的というのなら、マスターが伝えたいことは努力が足りない、ということなのだろうか。


(難しい……)


 これ以上話すつもりはないとでも言うように、いつもの立ち位置であるカウンターへと向かうマスター。

 正直マスターの話は、俺にとって分かるようで分からない内容だった。


 そんな風にゆっくりと頭の中で考えを巡らせていると、コーヒーの良い香りが喫茶店の中を漂い始める。


(考え過ぎても仕方ない。)


 きっとこれからしばらくの間、能力者になってからあまり取れていなかった自分の時間というものが増えるだろう。


 自分にやれることをやるだけ。

 マスターの優しさをありがたく感じつつも、良き理解者でもある雪の不在をちょっとだけ淋しく思う昼下がりだった。



−−−−−−



【第2章後書き】

 本話で第2章は完結です!

 なかなか定期的な更新ができていない本作ですが、ここまでお読み頂いた方には感謝しかありません。第2章はモヤモヤする終わり方ですが、今後の展開を楽しみにお待ち頂けると幸いです。


 なお、第1章完結時に投稿した閑話と登場人物紹介の更新は、第3章の執筆を優先するため未定です。ご了承ください。


 最後にはなりますが、執筆の原動力ともなりますので、この機会に是非フォローや評価を頂けると嬉しいです。感想の返信は気まぐれですが、必ず目を通すようにはしています。ありがとうございます。


 これからもよろしくお願い致します!

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