クローンは死ぬさだめ

koumoto

クローンは死ぬさだめ

 クローンの殺処分は気が重い。自分の死体を鏡で見るようなものだ。

「つまり……おまえは、不要になったんだよ。離婚する前の保険だったわけだ。愛の記憶がまだ引き裂かれていない時点の、滑り止めとしてのコピーだ。ゲームで言えば、分岐点の前に残しておいたセーブデータだ。でも、もういらなくなった。万が一のために保存しておく意義がなくなった。おまえを活かす道は完全に潰れた。だから、おまえの存在理由は、もうないんだよ。オリジナルからしてみればな」

 惨たらしく残酷な事実を俺は語る。おまえには、生きる価値がないと、面と向かって理由づけるために。

「…………」

 目の前のクローンはなにも言わない。机を挟んで向かい合った俺たちは、同じ顔をしている。目鼻立ちも、輪郭も、肌の色合いも。同じ顔だからこそ、表情の違いは決定的だった。ひとりは死相が出ているはずだ。もうすぐ確実に死ぬのだから。ひとりは疲れて見えるはずだ。こころの底からうんざりしているから。

「……わかるよ。納得いかないんだろう。でもさ、そういうシステムなんだよ。俺にできることは、せいぜいおまえのために祈ることぐらいだ。最後に言い残すことがあるなら、それも聞こう。それが俺の役割だからな」

 役割。それが俺のすがる藁であり、身を守る盾であり、切り札であるいいわけだった。

 俺と同じ顔のクローンは、うつろな眼でこちらを見つめた。俺の眼にも、相手の眼にも、同じ顔が映っている。それでも、見えているものは違うはずだ。そこに見出だす意味はまるで違うはずだ。死を告げられた者と、死を見送るだけの者とでは。相互の理解が不可能なほどに。同じ顔でも、他者なのだ。渡れないほど深い川が、互いをかぎりなく隔てている。

「なあ」

 机を挟んで向こう岸にいるクローンが、不思議そうにぽつりと言った。

「なんで、生まれたんだろうな」

 恨むでもなく哀しむでもなく。純粋に疑問だという口調で、クローンはそう呟いた。

「……そんなことは、神に訊いてくれ」

「俺は、に訊いているんだよ」

 俺と同じ顔のクローンは、クローンと同じ顔の俺に問う。

「……わからないよ」

 俺は、そうとしか答えられなかった。

 それが最後のやり取りだった。クローンはもうなにも語ろうとせず、やがて執行の時が来て、後ろ手に手錠をかけられ、目隠しをされて、刑場へと連れていかれた。そのクローンを連れていく者たちも、俺と同じ顔をしている。連れていかれた先で、クローンは首に縄をかけられるだろう。そして、クローンが立っている床板を開くスイッチを、刑務官たちが押すことになるだろう。スイッチは三つ。一つは本物、二つはダミー。まるでスイッチまでもがクローンを必要とするかのように。罪の所在を曖昧にするためのシステム。そのスイッチを押す三人の刑務官も、俺と同じ顔をしているだろう。そしてクローンは落下して、頸椎が折れて、もしくは頸動脈が圧塞されて脳への血流が停止して、なんにせよ心臓が止まって、つつがなく死ぬだろう。床板の下で控えている、落ちてきたクローンの身体がぶらぶらと激しく揺れてしまわないようにキャッチするための役割の者も、俺と同じ顔をしているだろう。俺と同じ顔をしている立会人が、俺と同じ顔をしているクローンが死ぬまでの過程すべてを見届けているだろう。死ぬ者も殺す者も見届ける者も教誨を施す者も、すべての役割が同じ顔をしているだろう。オリジナルは、かげもかたちも現さないまま。

 クローンがあまりにも氾濫し、クローンの利用方法は多岐にわたり、クローンが生み出される理由は掃いて捨てるほどあり、クローンが処分される理由も腐るほどあった。倫理の底はとうに抜けて、おびただしいクローンが落下していった。

 俺が死ぬ番は、いつになるのだろう。

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