我もっぱら知らず

芦原瑞祥

有間皇子

「言い訳を聞こうか、有間」


 皇太子・中大兄皇子なかのおおえのみこが段上から言う。

 縛られた上に地面に跪かされた有間皇子ありまのみこは、何をしらじらしいことを、と中大兄を見上げた。この従兄には、語り尽くせない因縁がある。


「有間、謀反だなんて嘘でしょう? 我らが紀の湯へ行幸している間に、都を征しようとしたなど……やさしいあなたがそんなことをするはずないわ」

 伯母である天皇すめらみことが、涙混じりに声をかける。まだ十九歳の甥、有間皇子へ。


(いいえ、伯母上。私は謀反を起こしたのです。けれどもそれは、天皇である貴女への反逆ではなく、宿敵・中大兄を廃するため)


 有間は先の天皇(孝德)の一人息子だった。天皇といっても、実権は皇太子である中大兄が握っていた。それが明らかになったのは、難波なにわに都を構えたにもかかわらず、中大兄が「飛鳥に都を遷す」と言ったときだ。

 上皇をはじめとした皇族、大臣、百官の人々すべてが中大兄に付き従って飛鳥へ遷った。しかも、皇后おおきさきである中大兄の妹までが、夫を置いて兄についていったのだ。噂では、中大兄は自分の情人であった妹を天皇に差し出し、情報を聞き出させていたのだという。


 難波宮には天皇だけが残された。天皇は失意のあまり病気になり、そのまま崩御されてしまった。


(お前や皇后を恨み、血を吐いて倒れた父の姿を、私は決して忘れないぞ、中大兄)


 復讐の機会を窺う有間皇子にとって、天皇の紀の湯行幸はまさに好機だった。

 急いで計画を立てる有間の前に、都の留守を守る役の蘇我赤兄そがのあかえが近づいてきた。今の失政を何とかしなければと熱っぽく語る赤兄あかえに気を許した有間は、つい計画のことを話してしまう。


 その夜、蘇我赤兄が邸を取り囲み、謀反の罪で有間皇子を捕らえた。赤兄は、中大兄からの密命を受け、有間をそそのかして謀反を起こすよう仕向けたのだった。


(もともと、中大兄の仕組んだことだったのだ。言い訳など何の意味があろう)


 有間は中大兄を睨み、よく通る声で言った。

「天と赤兄と知る。我もっぱら知らず」


 弁明しない有間皇子に天皇も救いの手を差し出すことができず、彼の有罪が決まった。情状酌量はなく、死罪であった。


 二日後、有間皇子は藤白坂ふじしろざかにおいて絞首刑となった。


 皇族の者の体を傷つけるわけにはいかないから、木にかけられた白布で自ら首を吊るよう、有間は強要された。

 最後まで付き従ってくれた側近たちが泣いている。彼らは皆、有間の死後に斬られることになる。ずっと仕えてくれた者たちを守れないふがいなさに、有間は胸が潰れる思いだった。憤死した父もきっと、こんな気持ちだったのだろう。


 台に乗り、有間は輪状になった布に首を通した。

(ああ、私にもっと力があったなら。せめて赤兄の罠に気づけるだけの冷静さと賢明さがあれば)


 すべてはもう遅い。せめて中大兄に関わる者の手にはかからぬと、有間は自らの足で踏み台を蹴り倒した。


 首に衝撃が走り、一瞬で目の前が真っ暗になる。


 気がつくと、有間は白い空間にいた。


『力が、欲しいか』


 どこからともなく声が響く。有間は虚空に向かって叫んだ。

「ああ、欲しい! 自分の周りの者たちを守れるように。理不尽な権力に屈しないために。力が、欲しいとも!」


 有間の体がまばゆい光に包まれ始める。そしてまた声が聞こえた。

『よかろう、受け取るがいい。これよりアリマと名乗り、聖剣を操る騎士となれ。そして腐敗した政治家を取り除き、圧政に苦しむ民を救え』


*******


「という感じのオープニングで、異世界ファンタジーに突入する話を考えた。これの女性版を『賢いヒロイン中編コンテスト』に出そうと考えているんだが、どう思う?」


 私の質問に、相方は難しい顔をした。

「めっさ微妙やな……。なんでわざわざ古代史とリンクさせるん? 歴史警察が来るよ。この時代に○○はない、言葉遣いが現代で興ざめ、もっと勉強してから出直してこいボケカス、とか言われるんやで」


「古代史はただの趣味だ。でも、歴史警察は怖いな。かといって完璧に書けるよう勉強ばっかりしてたら、いつまで経っても書けないし」


「それ以前に、KACのお題がこんなグダグダなメタでええんか?」


「いいわけない」


 おあとがよろしいようで。

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我もっぱら知らず 芦原瑞祥 @zuishou

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