いいわけ祭りはしめやかに

沢田和早

いいわけ祭りはしめやかに

 暮れ始めた山道を急ぐ男がいた。五段重ねのやなぎ行李ごうりを背中で揺らしながら足早に歩いていく。日が暮れれば追いはぎが出る、それだけは何としても避けねばならない。

 やがて遠くに小さな灯りが見えた。男は安堵してその村に向かった。


「おや、旅のお方とは珍しい。どうなされた」


 村に入ると老婆が出迎えてくれた。男は額の汗を拭きながら答えた。


「私は売薬の行商をしながら全国を旅しております。近道をしようと街道を逸れ脇道に入ったのですが道に迷ってしまいまして、微かな灯りを頼りにようやくここへたどり着いたのです」

「それは難儀なことでしたなあ」

「今夜はこの村で御厄介になろうと思います。宿を教えていただけませんか」

「宿などありゃせん。村長のところに泊めてもらうがええ。付いてきなされ」


 薬売りは老婆に連れられて村長の屋敷へ行った。出迎えてくれた村長はあまり良い顔をしなかった。


「一晩泊めるのは構わぬが今夜は騒がしくなる。満足に眠れぬかもしれぬ。それでもよいか」

「獣や追いはぎを恐れて野宿するよりはよっぽどマシです。なにとぞお助けください」

「わかった」


 こうして薬売りはその村で一夜の宿を借りることになった。温かい夕食を有難くいただき、商売道具の入った柳行李を手入れしていると大勢の声が聞こえてきた。庭を隔てた離れに集まっているようだ。


「あれが騒がしさの理由か」


 人々の声は次第に大きくなっていく。しばらくすると手拍子や太鼓や笛の音まで聞こえ始めた。


「確かにこれだけうるさいと眠れない」


 薬売りは外に出た。庭を横切り離れに近付き、縁側の下から中の様子をうかがっているといきなり障子が開いた。


「おう、そんな所で何をしとる。さあ入れ、祭りに加われ」

「え、でもわたしは……」

「いいからいいから」


 男は腕を掴んで離そうとしない。薬売りは言われるまま中へ入った。


「おや、旅のお方」


 そこには村長がいた。機嫌の悪い顔を薬売りに向けている。男たちが口々に囃し立て始めた。


「なんじゃ、村の者じゃないんか」

「一目見りゃわかるやろ。初めて見る顔じゃ」

「ああ、あんたが薬売りか。酒に酔わぬ薬をくれ」


 村長以外はみんな酔っているようだった。薬売りは恐縮した。


「あの、お邪魔なようなので母屋に戻ります。ご迷惑をお掛けしました」

「いや、これも何かの縁だ。お客人、よければご一緒にどうかね」


 村長の言葉を聞いて男たちは歓声を上げた。


「よおし、そうと決まれば飯分いいわけじゃ。強飯こわいい姫飯ひめいい、どっちにする」

「えっ? では姫飯で」

「ほい、ならばこっちの組じゃ。番になるまで待ってな。おい、続きを始めるぞ」


 男たちは手拍子を始めた。見れば村長を挟んで二つの集団に分かれている。何の説明もされないので薬売りは当惑気味だ。


「さりとて、強飯のほうが歯ごたえがあるじゃろ」

「さりとて、姫飯のほうが腹に優しかろう」


 互いに言い合ったところで太鼓が打ち鳴らされた。村長の判定が下される。


「今の勝負、強飯の勝ち!」


 笛の音が鳴り響く。そしてまた次の代表者が同じことを繰り返す。強飯派と姫飯派に分かれて言い合いをしているのだ。やがて薬売りの番が回ってきた。要領が飲み込めた薬売りは堂々と言い放つ。


「姫飯は食べやすいので良い!」


 座敷がしんと静まり返った。薬売りの目の前にどんぶり飯が置かれた。


「罰じゃ。食え」

「あ、はい。いただきます」


 素直に食べる薬売り。男たちのひそひそ声が聞こえる。


「ほれみい。よそ者なんか加えるからじゃ」

「いや、きちんと話しておかなかったからじゃ」

「わしらの言葉を聞いていてわからんかのう。頭の悪い客じゃ」

「これ、そのようなことを言うものではない」


 男たちの言葉をさえぎって村長が説明を始めた。この村では米の収穫が終わると飯分いいわけ祭りが行われる。強飯派と姫飯派に分かれて、どちらの飯が優れているか言い合うのだ。いいけて言い合う祭りなので飯分祭りと呼ばれている。

 言い合う言葉は自由だが決まりがある。言葉の最初に必ず「さりとて」を付けなくてはならないのだ。「言い訳がましく理由を述べること」と決められているからだ。掟に反した者は罰として強飯と姫飯を混ぜた強姫飯を丼一杯食わされることになっている。


「さようでしたか。失礼いたしました」

「いや、誘っておいてきちんと説明しなかったこちらも悪い。これから気をつけてもらえばよい」


 祭りは元の賑やかさに戻った。そして団体戦が姫飯派の勝利に終わった後は個人戦が始まった。これは属する派に関係なく言い合いをして勝ち抜いていくもので、最優秀飯分論者に選ばれた者には村の秘宝を鑑賞できるという名誉が与えられる。


「おう、薬屋が絶好調じゃ」

「舌が回る薬でも飲んでおるのではないか」

「いえいえ、そんな薬はありませんよ、ははは」


 薬売りの口調は軽かった。勧められるままに酒を飲んでいたのですっかり良い気分になっていた。

 薬売りは順調に勝ち上がりついに決勝へ駒を進めた。相手は同じ姫飯派の若者、ヨワシだ。


「それでは両者、始め!」


 まずは薬売り。

「さりとて姫飯は簡単にできるであろう。釜さえあれば炊けるのだから。やはり強飯より姫飯だ」


 続いてヨワシ。

「さりとて強飯は道具の多さがいかん。釜の他に蒸篭せいろも要るからのう。やはり強飯より姫飯じゃ」

「よしっ、勝った!」


 ヨワシの言い訳がましい理由を聞いた薬売りは勝利を確信したのか拳を握り締めた。村長が尋ねる。


「ほう、なぜ己が勝ったと思うのか」

「姫飯派なのに強飯の弱点を述べたからです。理由付けできるのは称賛の言葉のみ。敵対する派の飯を貶めて理由にするのは禁止されているはず、うぐっ……」


 薬売りは最後まで言えなかった。右胸に短刀を刺されたからだ。


「やはり間者かんじゃか。思った通りだ」

「な、なぜ、わかった」

「己が白状したではないか。飯分祭りもさりとての掟も知らぬのに、どうして称賛限定の掟を知っているのだ。その掟は誰もおまえには教えておらぬはず」

「ふ、不覚」

「この里を調べ尽くしたことが仇になったな。無知な薬売りを装っても我ら狸の里の忍びの目はごまかせぬ」

「くっ、こんなところで命を落とすとは、無念だ」

「案ずるな。急所は外してある。さあ吐け。おまえは何者だ。誰の差し金でここへ来た。目的は何だ」

「ぐふっ!」


 薬売りの体が畳に崩れ落ちた。すでに息をしていない。


「口に毒を仕込んでいたか。敵ながら天晴れ」


 ここ狸の里は戦国時代から続く忍びの里だ。今でも優秀な隠密狸を世に送り出している。当然多くの間者が潜入してくる。その対策として様々な風説をまき散らしている。この飯分祭りもそのひとつだ。

 怪しい人物が村に現れると、それを見破るためにすぐさま祭りを開催するのである。春には春の祭り、夏には夏の祭り、そして秋にはこの飯分祭りを開き、曲者くせものをあぶり出すのだ。


 やがて薬売りの術が解け、その体は一匹の狐に戻った。


「狐の里の忍びであったか。奴らともいずれは決着をつけねばなるまいな」


 村長も村人も表情は暗い。賑やかなまま終わった祭りはこれまでただの一度もなかった。このような偽りの祭りではなく心から楽しめる賑やかな祭りがしたい、息絶えた狐を見下ろしながら誰もが心の中でそう思った。


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