出会ってしまったふたり
今回も突発的に行こうと思い立ったから、宿は確保できずに、日帰りかネカフェ泊まりかでリアイベに行った。
雨も降っているというのに。
艦娘のパネルは制覇したし、ここには既に何度か来ているから、今回はあまり知られていない駆逐艦ゆかりの地へ足を伸ばす。
艦これイベントとバッティングした一般の観光客のひとたちがこっちに来てるみたいで、食事処は案外混んでいて、最初四人掛けの席に案内されたけれど、すぐに店の人が「ご相席よろしいでしょうか」と言ってきた。
ここで断れないのがぼくの気の弱いところ。
話しかけられたりしないといいなあと思いながら、さっき撮ってきた写真をSNSにアップする準備を始めた。
§§§ ☆ §§§
行ったはいいがイベント参加店はとんでもない行列ができていたりして、そんな時はホテルの人に聞いておいたお勧めのお店に行ってみる。
推し艦や物品にはあまり思い入れがないのだ、私は。
コラボ店以外にも美味しい店はあるし、なんならむしろ普通の休日に行くより空いていたりもするし、特に旧海軍とは関係ない名所が逆に空いていたりする。
そんなちょっと山の方に入った観光地の食事処だったが、折悪しく雨だったせいか案外混んでいて相席でもいいかと尋ねられた。
斜め向かいになるのは男性なのだとか。
ごねるのも待つのも好きではないし、せっかくホテルの人が教えてくれた美味しいお店、違うところに行ってがっかりするより、ここで相席の方がいいだろう。
向かいには「気のいいオタク」みたいな若い男性が座っていた。
ちょっと顔を上げてシャイそうな笑顔で会釈して、スマホに視線をまた落とす。
不潔感はなくて小綺麗にはしている、少し痩せ気味の男性。
学生時代のゼミにもこういうタイプがいた。趣味や興味あることに全振りしていて、一度スイッチが入ると、文字通り寝食忘れてのめり込んでしまうタイプ。実家暮らしでないと文字通り死んでしまうような。
スマホがピロンと鳴った。
あの人の新規投稿があったらしい。
とりあえずマナーモードにしてSNSを開く。
向かいの男性に食事が運ばれてきた。
「シャッター音すみません」と声をかけて彼は写真を撮った。
少し不自然な腕の角度は、光の加減と私が映り込まない配慮なのだろう。
§§§ ☆ §§§
母に食事の写真を送るのはSNSへのアップに変えた。母にもそれを見てもらうようにしている。
二度手間なのもあるけれど、フォロワーがついて、いいねをたくさん押してもらえているのを見せるのが、僕にできる数少ない親孝行だからという理由もある。
24時間投稿がないと電話がかかってくるのは相変わらずだけど、いきなり直接押しかけられるよりは少し信用度が増したと思いたい。
郷土料理のランチセットが運ばれてきた。
光の加減を意識しつつ、向かいの女性に迷惑にならないよう気をつけて、「シャッター音すみません」のひと言も忘れずに——あらかじめシミュレーションできれば、僕だって人に話しかけることくらいはできるんだ——でも、意識しすぎてなんか自分が変な姿勢になってることはわかる。
『郷土料理のランチセットいただきます
意外に混んでて相席になっちゃって、
向かいには美人さんが座っています
お見せできないのが残念なくらいのきれいな人
まあ、他人ですけどね』
投稿した途端に向かいの女性のスマホが、今度はマナーモードで鳴動した。
そして彼女がこちらを見て目を見開いた。
fin.
艦隊これくしょん——艦これをやっている @kuronekoya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます