確定罪告

脳幹 まこと

期限内に罪告を


 今日は確定罪告かくていシンこくの日だ。

 タブレットを片手に審問人形しんもんひとがたの前に正座をする。


 罪告シンこく用のアプリ「Me-taxミータックス」の起動をすると、ケース越しに、人形が語りかけてきた。


「これより【トネガワリュウタ】様の確定罪告に入りたいと思います。これより質問をさせていただきますので、嘘偽りなく回答をお願い致します」


「……はい」


 この制度が始まってからもう五年目だが、相も変わらず緊張させられる。



 審問人形しんもんひとがたとは、有り体に言えば、国から支給されたフィギュアのようなものである。

 支給対象は二〇才以上の国民全員。配送一ヶ月前に種類の希望を聞かれる。

 審問人形には少年型・少女型・ロボット型など、それなりのレパートリーがある。(中には仏像型なんてものがあり、お年寄りは大体これを選ぶらしい)


 このデザインがまた……絶妙にかわいく(またはかっこよく)ないのだ。

 俺の持っている「少女型」は寸胴体型……全体的にもぽってりしていて、眉が太い。衣服も垢抜けておらず、形容するなら国語の教科書に出てくる童子である。または安っぽいゲーセンのプライズ品。

 赤・青・黄・緑の全四種類のバリエーションがあるのが、何ともお役所な感じだ。

 ちなみに仏像型に関しては、画像だけ見たがC-3POに腕を何本か生やしたみたいだった。

 国の体制が変わってからは、色々な物が支給されたりするのだが、全部しっくりこない。これは「センスがあるものを国民に与えるな」という国の裏施策か何かなのだろうか。


 大体、罪告シンこくってなんだよ。「シン~」が流行ってたのって、もう二十年くらい前だろうが。センスが一世代分ずれているのだ。



 しかし、この気の抜けた見た目やネーミングからは想像出来ないほど、国からは重要視されている代物である。

 これを意図的に譲渡・廃棄・損壊させた場合は法律で15年以下の懲役、または2000万円以下の罰金に処される。この案件については如何なる弁護士も首を横に振るので、ほぼ確実に人生が破滅する。

 

 これを悪用し、ある人物の審問人形を盗んで人生を壊そうとした輩もいるが、被害届を出した直後に国が全力で探索・解決にあたり、秒で潰された。

 逆に意図的に壊した動画を上げて「逃げたるわwww」とアピールした馬鹿が秒で潰されたこともあった。

 中学生四名が、いじめていた子の父親の審問人形を持参させて壊した結果、人生終了級の刑罰を与えられ、「冷血判決」の異名を受けたこともあった。


 事件事故問わず、こういった事件は枚挙に暇がない。

 そして、事件が起こるだけ誰かの人生が終わっているのだ……


 一応補足しておくと、この人形は頑丈な透明容器(ある時を除いては施錠されている)に入っている為、壊そうとする意志がない限り、審問人形には傷一つ付くことはないので安心だ。


 すなわち、どうあがいても、このプライズ品フィギュアと一生を共にする必要があるのだ。悲しいことに四年に一度は定期メンテナンスのため、これをわざわざ市役所に持っていかなくてはならない。

 フィギュアを外に持ち出しなんて、一人だけなら好奇や軽蔑の視線を送られること請け合いだが、多くの人物が持っている以上、どちらかといえば「ああ……お疲れ様です」みたいな、苦笑い、同情といった感覚に近くなっている。



 少女型の人形が続けた。


「【トネガワリュウタ】様の本年度起こした罪は、以下の通りとなっています――

 ・【赤信号の無視】:28回

 ・【仕事の手抜き】:26回

 ・【虚偽の発言】:21回

 ・【ゴミ分別誤り】:19回

 ・【オフィス内の走行】:14回

 ・【混雑時優先席占有】:10回

 ・【公的スペースへのゴミ放棄】:7回

 ・【約束の不履行】:3回」


 多い。これは面倒だ。


「まずは【赤信号の無視】に関する質問となります。【トネガワリュウタ】様の【1回目】の【赤信号の無視】については【昨年5月12日 23:12】に【A町三丁目2-1の交差点】で発生したものとなります。こちらについて、事実に相違ございませんでしょうか」


 憶えていない。まあ、したのだろう。


「ございません」


「理由について説明をお願い致します。理由が妥当であれば減罪げんざいの対象となります」


 これである。

 理由? そりゃ決まってる。夜も遅いし、あの交差点はそもそも殆ど交通量がない。

 周りに何もなかったのだからOKだと思ったのだろう。車で無視したならまだしも、歩行時なんだから。


 その通りの言葉を伝えると、こんなことを返される。


「それは適切な理由とは判断しかねます。【言い訳】と見なしてよろしいでしょうか」


 勝手にしてくれ、と了承する。


「続きまして、【トネガワリュウタ】様の【2回目】の【赤信号の無視】については【昨年5月18日 8:23】に【A町三丁目1-3の交差点】で発生したものとなります。こちらについて、事実に相違ございませんでしょうか」


 ないよ。


「理由について説明をお願い致します」


「通勤電車に乗り遅れそうで、急いでたから」


「それは、少し早めに出勤なさればよいと判断されます。【言い訳】と見なしてよろしいでしょうか」


 どうぞ。


「続きまして、【トネガワリュウタ】様の【3回目】の【赤信号の無視】について……」


 とまあ、ねちねちと突っ込まれる。


 この問答が28回繰り返されると、【赤信号の無視】についての質問は終わる。


 その次は何が起こるかって?

 もちろん、【仕事の手抜き】に関する26回の審問である。


【仕事の手抜き】なんて傍目から見て解るのかよ、と思うだろう。

 脳波とか血圧とかで見てるらしいのだが、どうやら品質とか作業速度というより、頑張ったか(根詰めたか)どうからしいのだ。

 実にこの国らしい判断基準じゃないか。

 

 その次が【虚偽の発言】の21回。

 虚偽とはなかなかご大層な書き方だが、要するに「とっさについた嘘」である。

 見栄だったり、落ち込んでいる友人を慰める為の善意の嘘すらカウントされる。

 これもまた【言い訳】にあたるらしい。


 そのまた次が【ゴミ分別誤り】の19回。

 燃えるゴミにちょっとプラスチック包装が入っていただけでカウントされる。

 燃えないゴミも同様。最近では可燃性のプラスチックも入ってきて、訳が分からなくなってきた。

 紛らわしくとも【言い訳】になるらしい。


【オフィス内の走行】も【混雑時優先席占有】も【公的スペースへのゴミ放棄】も、上記と同じくらいの細かさ、厳しさで見られる。


 どんな事情も鑑みられることはない。

 そりゃそうだ。「急病人の看護のため」ですら、ルールを守らないと【言い訳】扱いなんだから。この世にある星の数ほどの理由のうち、どれだけがお眼鏡に適うというのか。

 国のお偉いさんの命を助けたときくらい?


【約束の不履行】の3回に至っては、こっちが破られた側なんだけどとも思った。


 その時の返答は「約束が履行されるように、親交を深める、または契約書を書かせるなどして深く約束するようにしてください」とのことだった。



 すべての質問が終わった。審問人形は少し間を置いてから、メガネケースのように縦に二つに割れた。

 中には太い上に長い針が一本収められている。


「これが本年度分の【税】です。説明後、五分以内に摂取ください。摂取されない場合は脱税行為と見なし……」


 一通りの説明が終わると同時に透明容器が解錠された。

 五分間のタイマーが起動する。


 ふう、今回はこんなに呑まないといけないのか。


 一年に一度の理不尽な清算。これが確定罪告である……

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