#3 承諾/拒絶
「神って……そりゃ、理論としては間違ってないけど」
栗色の髪をもつ天使は、ようやく見慣れた微笑をその顔に浮かべた。「そうでしょう」と言いたげな表情を前に、私は必死に考えを巡らせる。アイドルになりたい、アイドル=神、神になりたい。なるほど、その内容に目をつぶりさえすれば立派な三段論法もどきの完成だ。偶像崇拝から得たと思われる発想にも、独自性を感じられる。
いやいや、そんなことよりもっと気にすべきことがあるだろ、私。冷静に天白の不思議三段論法を評価してる場合か。
「それで、私と付き合うのと神になるのが、どう関係してくる?」
天白は近くにあったパイプ椅子をふたつ、適当に立てると私に座るよう勧めた。こうして向かい合って座るとまるで二者面談のようで、どこか背筋を伸ばさなきゃと思う自分がいる。かたや上下ジャージで、かたやTシャツに短パンというおかしな格好だけど。私に続き天白が腰を下ろす頃には、とうに今後の予定は諦めていた。
彼女は危険だ。私の直感が、そう告げている。
「ふぉめうで私たちだけが売れてないの、わかるよね」
それは自分が何より知っていた事実だったが、誰かの口を通して聞かされると予想よりも傷ついた。さっきの私の発言で天白が胸倉をつかむのも理解できるが、謝るつもりはない。天白の笑みを見ていれば、やり返す意図でわざわざ言ったのだろうということくらい、私にはわかった。こういう奴は、練習生時代にもいた。
「ミミは恋愛リアリティショーで、リーダーは交友関係が広いから」
「そう。だからって、今から注目してもらうためにキャラを作るのは遅い」
キャラ作りか、と無意識のうちにつぶやいていた。アイドルが売れるために真っ先に考えるのが歌とダンスだとすれば、その次にキャラ付けが挙がるだろう。無論、それは私たちも例外ではなく、リーダーは酒飲み苦労人お姉さん、私は無口系キレキレダンサー、天白は真面目清純天使、ミミはおバカ系あざとい妹というキャラ設定が一応ある。デビュー前からバラエティに出演経験のあるミミとリーダーはともかく、私と天白はそこまでキャラにこだわれと言われたことはない。
天白はジャージの胸ポケットから小さな紙を取り出すと、四つ折りにされていたそれを広げ私に渡してきた。かわいらしいお顔から想像する丸文字からはほど遠く、ヒエログリフのような独特の文字が書き連ねられている。文字なのか、絵なのか……。
「それで、私は考えたの。私たちふたりが売れるには、百合営業しかない」
その言葉は、なんとなく知っていた。私たちのいる界隈だと、「ケミ売り」という言葉があったはずだ。要するに、メンバーとメンバーが仲良くして、それを楽しむファンを引き寄せる売り方……おおむね、そんな感じだったと思う。仲良きことは美しきことかな、ってことだろうか。あまり、私にはわからない感覚。
「だけど……それって、キャラ付けと変わりないだろ」
「今の時代は、グループに仲の良さを求めるファンが多いの。それを利用する」
「利用するって……」
戦略としては大したものかもしれないが、なにぶん人の心がない。それを口に出すのはさすがに自重して、私は渡された紙に視線を落とした。文字が文字だけに何が書いてあるのか詳しくは読めないけど、見たところだと「仲良くする」の下に「手をつなぐ」やら「買い物に行く」やら、そんなことが書かれているふうに見える。
「そもそも、仲の良さは演じるものじゃないし、既に私たちは仲いいと思うけど……天白は違う?」
「……違わないけど、私は」
その続きを促すのもためらわれて、私は黙ってヒエログリフが書き綴られた紙を見つめた。絵文字だか顔文字だかイラストだかが混ざり合う隅に、ぽつんと小さく書かれた汚い2文字を、私は見てしまった。それは私の見間違いでなければ、「すき」という平仮名に読めて。
もしかして、天白はもっと私と仲良くなりたかったのだろうか。
「……変な話して、ごめんなさい。また明日」
天白はそう告げると、出て行くようドアのほうを指し示す。その表情は、私たちのデビューシングルの売上を見たときと同じで。絶望、失望、そして私たちの上に並ぶ数々の名前への、羨望。
ダンススタジオに向かう間も、その表情は私の脳裏にしっかりと焼き付いていた。
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