#4 整頓/乱雑

 ひんやりとした床にいつまでも寝転がっていたい気持ちを抑え、私は立ち上がった。思い悩んだとて、わからないものはわからない。それがこの世界のルールであり、沈まないためのコツだ。


 事務所を出たときからつけっぱなしのワイヤレスイヤホンをスマホに接続し、練習用のプレイリストをタップした。ダンススタジオの防音性能を疑っているわけではないが、万が一スピーカーで大音量の音楽を流して出禁になったら困る。リーダーから紹介された手前、きちんと利用しないと彼女にも迷惑がかかるし。


 最近流行りの明るいポップなイントロが流れ、私は軽く数回、両足で跳ぶ。着地するたびにダンっと音が鳴り、靴を通してスタジオの床を感じる。曲にノリながらサビを待ち、姿勢や表情を鏡で確認。練習生時代から幾度いくどとなく繰り返してきたルーティンは今日も変わりない。誰かから「踊ってほしい」と要望があるのは、最近流行りの曲か名曲の2択。逆にそれさえ押さえておけば、他の曲なんか聴かなくてもいい。どうせ、誰も知らないのだから。


「……ふっ!」


 強く息を吐き出すと同時に、パワーを意識しながら手足を動かす。男性グループの曲には、とにかくパワーが求められる。しなやかでありながら重みのある動き、重心を意識しながら振り付けをこなし、鏡の中の自分の完成度をチェックする。そろそろ録画して、投稿してもいい頃かもしれない。帰ったらリーダーに見てもらおう。


 帰ったら、か。リーダーに今日の天白の件について報告すべきか、私はまだ判断を下せずにいる。音楽に合わせて無意識に踊る体とは裏腹に、心はいつになく思考ばかりが先行していた。天白の表情、天白の言葉、小さく書かれた「すき」の2文字。「神になりたい」なんて突拍子もないことを言いだしたかと思えば、その方法は「私と恋人になってくれない?」で、挙句に「変な話してごめんなさい」……。


「ああ、イライラする!」


 思わず、叫んでしまった。すぐに後悔が私の胸に押し寄せてきて、ドアの向こうの気配をうかがった。幸いにも誰かが「うるせえ!」と押し入ってくることはなく、安堵した私は再び床に寝転がる。今度はうつ伏せに。


 たしかに、天白の言っていることは正しい。1から10まで、間違いなく正しい方法だ。杜撰ずさんなレポートを書いて提出し、教授に怒られてどうにか単位をもらっていた天白にしては論理的で、賢い方法。それが机上の空論であることを除けば。


 アイドルの嘘は、高確率でバレる。多少事実を盛った程度の嘘ならバレることはほぼないと言えるが、それも時間の問題でしかない。宿舎で眠る様子からミュージックビデオの撮影裏、休日の過ごし方までカメラに囲まれている私たちは、いつか必ずボロを出してしまう。アイドルが人間である以上、嘘をつき続けることは不可能だ。


「……だから、付き合うなんて言ったのか」


 休む間もなく音楽が流れるワイヤレスイヤホンを耳からはずし、全身の力を抜いた。時間が経てば経つほど、机上の空論とはいえ天白の正論が魅力的に思えてくる。私たちはグループ内で唯一の同級生コンビだし、仲良くすることで得られる恩恵が大きいのも十分理解できる。最終的に天白と仲違なかたがいしたとしても、1度仲良くしている姿を見せれば「倦怠期」だの「大人になった」だの言い訳をつけて不仲説を一蹴できるし、思い当たるデメリットがない。これは、案外うまくいくのでは?


「なんて、都合よすぎな……」


 我ながら楽観的な考えに、ため息が出た。


 ダンススタジオを出る頃には、既に私の答えは決まっていた。

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