こんな僕、そんな君[ノーリグレットチョイス番外編]

寺音

「君と僕とでこれからも」

 いいわけ、か。

『てめぇ、なんでその髪切らねぇんだ? いい加減、鬱陶しいだろ』

『えーほら、散髪代がもったいないじゃない? 頻繁に行くのも面倒だしさ』


 昔ヒダカに、ヘタな言い訳をしたこともあったかな。

 タイクウは、ふとそんなことを思い出した。



 運び屋になろうと決意し、二人が天空都市「彩雲」へ戻ってしばらく経った頃の出来事である。

 一時はそれで誤魔化したものの、数ヶ月後に再び問い詰められた。さすがに肩まで伸びた髪を放置しているのは、おかしいと思われたのだろう。


『願掛け、だよ』

 もう、良い言い訳を思いつくこともなく、タイクウは髪を伸ばしていたのが願掛けのためであったと白状した。

 するとヒダカは顔を曇らせ、何も言わずに口をつぐんだ。

 願掛けが、タイクウの体質に関わることだと悟ったのだろう。


『元の体に戻れますように』

『異形と化したこの体に、意味を見出せますように』

 タイクウの願いは、確かにそれだ。


 でもヒダカはその願いの成就が、だと言うことに気づいているだろうか。

 戻れないならそれでも良い。この異形の体に、意味などなくても良い。

 けれどヒダカが『自分のせいでタイクウを異形に変えてしまった』と、後悔しているから。

 彼にそんな重荷を背負わせたくないから、タイクウは願ったのだ。


 ヒダカが後悔していないなら、そもそも髪は伸ばしていなかったし、彼が『これで良かった』と満足してくれたなら、今すぐこの髪を切ったって良い。

 全ては、ヒダカの心次第。

 未だに彼は満足してくれそうにないから、髪はもうしばらく伸ばすことになりそうだ。


 まぁ、そもそもヒダカがだったからこそ、タイクウは彼を助けたことを全く後悔していないのだけれど。





「おい、現実逃避もいい加減にしろ」

 ヒダカの声で、タイクウは我に返った。目の前ではヒダカが腕を組み、鬼の形相でこちらを睨んでいる。

「もう一度言う。この状況に対して、言い訳があるなら聞いてやる」

 そうだ。言い訳と聞いて昔を思い出し、現実逃避をしている場合ではない。


「ほら、今使ってるベッドの寝心地、イマイチよくないって話してたじゃない? 僕の体が大きいからかもしれないけど」

「あぁ」

「そんな時に町を散歩してたらさ、偶然、良いベッドを売ってるお店に出会ったんだよ」

 どうやらそれは、高級ホテルのベッドルームに備え付けられる予定だったものらしい。綺麗な上にサイズがとにかく大きく、タイクウでも広々と眠れる大きさだった。


「それで、現品限り半額セールのお買得品なんて言われちゃったらさ……買うよね」

「いや、買わねぇよ! てめぇが広々寝られるサイズって時点で、こうなることは想像できてただろうが!?」

 ヒダカの突っ込みに、タイクウは少し不満げに口を尖らせる。


「僕だって、ちゃんと部屋に入るかどうかは考えて買ったんだよ。——扉のサイズを考えてなかっただけで」

 そう、彼らの住む運び屋の事務所は、元プレハブ小屋。住めるほど広いとはいえ、扉は平均的なプレハブ小屋のそれだ。高級ベッドはくぐることができなかったのである。

 しかし、今日のタイクウはここでは終わらなかった。


「でも、そこで考えたんだよ。こんな大きなベッド、入る扉の方が少ないはずだってね。なら、どうやって持ち込んだら良いのか……。つまり、まずベッドを分解してから部屋に持ち込んで、また元通りに組み立てれば良いんだってね!」

「その結果――この残骸ができたって訳か?」

「……そういうことです」


 二人の目の前には、文字通りバラバラになったベッドの残骸が積み上げられていた。タイクウは正直、どこをどうやってこの状態になったのか覚えていない。

「説明書も何も見ず、素人が適当にバラすんじゃなかったね」


「アホか、てめぇは⁉︎ 余計なことしねぇでそのままにしときゃ、返品交渉できたかもしれねぇだろうが⁉︎」

 返品。

 考えつかなかった言葉に、タイクウは雷に打たれたような衝撃を覚えた。


「ああああっ⁉︎ そうか、その手があった⁉︎」

 タイクウの叫びとヒダカの怒号が、今日も藍銅鉱アズライトの事務所に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こんな僕、そんな君[ノーリグレットチョイス番外編] 寺音 @j-s-0730

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ