夏を彩る大きな夜空の華、花火。
それを水面から眺める小さな光があった——。
本作はその昔、海蛍であったというひとつの妖の視点で語られる、鮮やかであり儚くも優しい物語。
波間に漂う仄かな海蛍、それは今の世の中じゃ花火よりも珍しくなってしまった光景かもしれない。その群青に光る景色に思いを馳せながら読んでいくと、主人公である妖は遠く打ち上がる大輪の花火と人々の照らされた顔に思いを馳せていた。
その海蛍は何を思い、その身を輝かせたのか。
彼女であっただろうか、それとも彼であったのだろうか。
どちらにせよ、その夜人々が目にした光景は、この世で最も美しく輝いた希望と優しさの光であったことだろう。
この手があったか! 思わずそう手を打って感心してしまいましたよ。
伝統というものは何も昨日今日に始まったものではありません。
私達のご先祖さま、祖父や祖母もまた同じ日本で生きていたのです。
それならば、その伝統行事を題材にして読者を過去にタイムスリップすることも十分に可能だということ――。このアイディアだけでも大したものですが、この作者様は更にもうひと工夫を加えて「主人公こと語り手」を海ボタルにしているのです。
孤独で寂しい夜の海を漂う海ボタルと夜空に咲く大輪の花火。両者の対比が、光と闇をより際立たせているのは言うまでもないことでしょう。
掌編でありながらここには読者を楽しませようという工夫が感じられました。
主人公の行動動機ともなった、さりげなく時代を伝えると共に、やるせなさを訴えかける台詞の数々。そして日本人にとって花火がどれほどの意味を持つか、その精神性までもしっかりと描き切っているのですから、この作品こそが入賞であることに疑問の余地はないでしょう。